第3話 新たな出会いと戸惑い

今日のミツルは、リモートワークではなく丸の内のオフィスに出勤していた。

海外担当者とウェブ上でのミーティングが終わると、経理担当との前回の企画で使用した経費精算の打ち合わせが終わり、フリースペースで部長から頼まれていた資料の作成を進めていた。

そこに見慣れたツーブロックのスーツ姿の人影が近き席に座るとともに話しかけてきた。

「ういっす」

「なにか用でも」

隣に座る同期のセイジが話しかけてきても、キーボードのタイプをやめるわけでもなく黙々と続けている。

「つれねーなー。聞いたぞ離婚したんだってな」

「あれ。言ってなかったか」

「いや俺は聞いてない」

同期とは言えども仕事上のパートナー。プライベートまでは話す義務はないとミツルは考えていた。

「まぁ、一ヵ月も内緒にしていたことは許してやるからさ、今度合コンに行こうや」

「それだからお前には話さなかったんだ」

「やっぱつれねーな。離婚したんだから、パっと羽を伸ばそうぜ」

合コン好きなセイジには知られたくなかったが、社内でも耳が早いセイジにはいずれ伝わると覚悟をしていたが、物の数日で伝わるとは、彼の耳の速さを油断していた。

「もう誰かと一緒に生活する気ないし」

「わいは別に結婚前提なんて話してないし。古いぜ、遊びの一環だってば」

「俺には関係のない話だ」

「そうでもねーよ。わしだって心配してんだ」

「俺が離婚したことと、お前の合コン好きには何の因果関係もない」

「プレジデントオンライン見たか?男は離婚後の自殺率が高くなるって報告が上がっているんだぞ」

実はミツルも通勤の途中でこの記事を見てはいた。だが自殺をするほどメンタルは弱くないと自負している。

少し疲れてきたし、タイプの手を休めセイジの話に乗ることにした。

「知ってるよ。俺も見たよその記事。だけどな──」

「さすが同期の友、話が早いな。早速セッティングしょか」

「だぁー、話を最後まで聞けよ。今はそんな気になれないんだ」

リョーカとのキス事件の後、一度もあっていない。引っ越しにはリョーカの友人であるツバサが仕切りに来た。離婚したとはいえこんな別れは想定していなかった。できることならば最後まで彼女の笑顔を見てから別れは言いたかった。

「安心しろ。お前に進めるのは真面目な合コンだからな」

「なんだ?その真面目な合コンってなのは」

合コンと言えば、その場で出会いお互いよかったらお持ち帰りもありな会だと思っているが、真面目な合コンなんて存在するのか。

「そうや、婚活前提の真面目な会だ。さすがに俺だって初心者のお前に一〇〇%遊びの合コンは誘わないさ」

半信半疑ではあったが、セイジの登録している婚活アプリを見せてもらったが、確かに遊びではなく真剣に結婚を考えているメンバーしかいない集まりに見えた。

最初の三ヵ月間は、ほぼ無料といってもいい金額でスタートしていて、しかも初心者だけには、初めての方向け専用の合コンに参加できる様だ。もちろんセイジのようなベテランは、弾かれそうな内容だ。

セイジはこうも言った「一生一人で生きて、最後はゴミ溜めの部屋で人知れず死んでいくのか」って。ゴミ溜めの部屋はともかく、人知れず死んでいく恐怖は確かにあった。

晩飯をおごってもらう条件に、セイジの案内のもとにアプリに登録することとなった。さらにあれよあれよとプロフィール入力をさせられて、初心者向けの合コンに参加させられることに。いきなり合コンとか困るのだがな。

この合コンは本当に初心者けれで、当日のお持ち帰り不可、連絡先もアプリを通じてのみ交換可能とかなり限定されている。ふしだらな行為が無い点はよしとするか。

数日後、ミツルは離婚後初めての合コン当日を迎えた。会場は新宿で数店舗展開している個室系居酒屋。店員さんが忍者風なのは置いておこう。

「では皆さん今回の会を司会進行兼、参加者のアズミで~す」

「いぇーい、アズミン今日もかわいいよ!」

常連なのか合の手を入れる人がいた。アズミは両手が隠れるほど裾の長いパーカーっぽい衣装を着ており、髪は大きなお団子を二つ結っている不思議系女子。ユーチューバーにいそうなタイプだ。

「今日の会は、男性五人の女性はアズミを入れて六人と女性陣が多くなっていま~す」

「おぉ─」

男性陣の喜びとも思える雄たけびが響いた。

「あれアズミン、だけど男性陣一人足りないぞ」

「一名ですが同じ店舗名の別の店に行ってしまったようで、ちょっと遅れて到着しま~す。もう来ていいころ合いですね」

忍者風店員の案内で、合コンの行われている部屋へ通される「ニンニン、失礼するでござる」と、部屋に入る挨拶も特徴的だった。

「すみません、お店を間違えてしまい遅れてしまいました」

「女性陣の皆様お待たせしました。男性陣最後の一人、ミツル君の到着で~す。初心者なのでみなさん優しくね」

「えっ、ミツル?なぜここにいるの?」

「それはこっちもだ。リョーカこそどうしてここに?」

「あーれ?お二人はお知り合いか何か~で?」

アズミの一言で、部屋中の注目を浴びてしまうミツルとリョーカの二人。

その後もアズミからのねほりんぱほりんは続き、二人の関係を隠し通せなくなり、簡単な顛末を話した。さすがに元夫婦が参加しているとなるとミツルもリョーカも追い出されるかと思っていたが、アズミは違っていた。

「すご~い偶然。でもすでに離婚しているわけだし、新たなパートナーを一緒に探しましょ。それでいいよね」

斬新というか、場の空気を悪くしないためなのか、進行役のアズミの采配により、合コンは恙なく進められた。

お決まりの席替えタイムで、アズミがミツルの隣にやってきた。

「やっぽ~い、ミツル君飲んでる?飲んじゃってる?」

ミツルが苦手とする女性のタイプだ。「もちろん」と流してしまいたかったが、アズミのねほりんぱほりんは続いた。

「始まってからずっとリョーカのことをチラチラ見ているけど、元妻がどんな男を選ぶのか気になる?」

「えぇ!?見てないですし、リョーカがだれを選ぶのかは彼女次第ですから」

ミツルはソルティ・ドッグの入ったグラスをいっきに飲み干す。

「いい飲みっぷりだね。日本酒もいける口だよね、はい追加の飲み物だよ。アズミの持ち込んだ獺祭だっさいを一緒に飲もう。アズミあんたを気に入った。後でアプリから連絡しもいいよね?答えは聞いてない!にゃはははは」

顔をあからさまに近づけるアズミに困惑しながらも承諾するミツル。

その時リョーカもハヤトかすらアタックを受けていた。

「リョーカさんと出会えてよかった。話していて楽しいし」

「そうですか、私は合コンとかあまり行かなかったから」

ハヤトは色黒で派手なシャツを着た遊び人風な男。軽い男だと思いリョーカは警戒しつつ、いざとなった時にアズミへ連絡できるようにスマホにすぐ手を伸ばせるようにしていた。

女性陣は男性陣よりも先に到着しており、進行役のアズミから非常の際はこっそりアズミに連絡するような手はずになっていた。

猛アタックされるのかと思っていたリョーカではあったが、ハヤトは連絡先の交換どころか当たり障りのない会話ばかりを続けている。飲んで酔っていくうちに理由が判明した。

「実は俺、ぜんぜんダメ男なんですよね。見た目はチャラいですけど、女性の前だとうまく話せなくて」

お酒の力によってハヤトの暴露は続き、リョーカはなだめるように話に付き合った。

この初心者の会は、男女ともに何らかのしがらみのあるメンバーが多いように気づく。ほどなくして会は終了となった。

ミツルもリョーカも複数人からアプリを通して連絡了承していた。

帰り道、家が近所であるミツルとリョーカは、同じ電車に乗っていた。

車内では会話する暇などないぐらい、今日参加したメンバーからのメッセージがあふれていたため、必死で返信に追われてしまった。

下車駅に着いた頃はメッセージラッシュは落ち着き、家までは夜道を歩いて帰ることになった。こうして二人が並ぶのは久々。

「元気そうで何より」

「そっちこそ、アズミさんとだぶお近づきだったじゃない。付き合うの?」

「今日であったばかりだぞ。いきなり付き合うことはないだろ」

「そっちこそどうなんだ、チャラい系が好みだとは知らなかった」

「ハヤトさんのこと?見た目はチャラいだけで、中身は女性と話すのが苦手なほど繊細な人だったよ」

「そっか、そっちこそハヤトと親密そうだったが、付き合うのか?」

「さぁ、わからない。真面目なところはミツルにも似てるかもね」

「俺はあんなにチャラくて女性不信ではないぞ」

二人は笑った。そのあとはわだかまりが少し溶けたように、今日の合コン反省会となった。あの子は「あり」「なし」など品評会をしていると二人が両隣に住むマンションへと到着した。お互い「それじゃ」と、いうとミツルは去っていく。リョーカもそれを見届けるとツバサの待つ部屋へと入っていった。

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