第2話 別居と動き出す二人の歯車

とりあえず家を出たけど、行く先なんて考えてなかった。

ただ、あそこから逃げ出したかっただけで、服も化粧道具さえも簡易的なものしか入っていないバッグを片手にマンションのエントランスを抜け出した。

振り返るが追ってくる様子はない。離婚したんだから当然か。何を期待しているのかとまどうリョーカ。

とりあえず今夜の寝床だけど、何も考えずに出たはいいが、行く先が全くない。

安く済ませるならネットカフェとか。結婚してからはほとんど出入りしてないなぁ。

だが一人でネットカフェに行く気力がわかない。それに今起きている現状を誰かに話したい。

とりあえずスマホを取り出し、アドレス帳をクスロールして片っ端から連絡が付きそうな友達を探した。

みんな家庭を持っていたり、キャリアを積み上げて忙しそうな人たちばかりだった。

自分は何だろう。ぽっかりと穴が開いているのに気付いた。今はなにもなくなってしまった気分。

離婚したときは気づかなかったけど、いざ家を出て一人になると押し寄せる不安感でいっぱい。

そんな時励ましてくれそうな友人の名前が出てきた。ツバサ。

彼女は結婚前の大学時代にルームシェアをしていた友人だ。しかも超の付くほどご近所。

早速スマホのメッセージアプリで連絡を取ることにした。

『今、何してる?』

既読はすぐにならなかった。

路上に一人で居るのも怖かったから、近くのコンビニへ行くことにした。

コンビニのイートインコーナーで、コーヒーの飲みながら待つこと数分。既読になりメッセージが届いた。

『ごめんごめん。お風呂に入ってたわ』

『リョーカと違って一人暮らしなもんで暇だよーん』

ツバサは私達が離婚したことをまだ知らない。

『よかったら、これから行ってもいい?むしろ行きたい!』

今夜の寝床にも困っているリョーカにとってはツバサは唯一の拠り所だ。

『どうしようかなぁ……彼氏来てるし……』

『ごめん。また今度にしようね……』

そうだよね。もう彼氏とか居てるよね。

『うそうそ、いいよん。おいでおいで』

ツバサらしいプチ嘘は健在だった。ありがとう。本当にありがとうツバサ。

すぐ行くことをメッセージして、早速コンビニを飛び出そうとも思ったが、手ぶらで行くのも悪いし、お酒やらつまみになるスナック類を買っていくことにした。

元来た道を戻りツバサのマンションに着くと、リョーカを暖かく迎えてくれた。

「突然押しかけちゃってごめんね」

「気にしない気にしない。ここだって元々二人で住んでいた部屋だったんだしさ」

ツバサは、リョーカと住んでいた部屋を今でも借りている。

リョーカが住んでいた部屋は半分物置状態になっているものの、きれいに整理されツバサの几帳面さが目立っていた。

ツバサはナチュラルボブと昔から髪の毛は短め、モコモコの半そで短パン姿の部屋着を着ており、外見も何もかも学生時代と変わらずかわいい系の服装が好きらしい。

「突然ごめんね」

「いいのいいの人妻のリョーカさんから、誘ってもらえる機会少ないもん。うちもうれしかった」

「そういってくれると助かるわ。あとこれ差し入れね」

エコバックに詰め込まれたお酒類とスナック菓子、肩から下げた大きめのバックを見たツバサは、中身から察したのかリョーカが来た理由をすぐには聞いてこなかった。

「いいね!いいね!!飲もう飲もう。明日は休みだ!」

そんなツバサの対応がよりうれしかった。大切な友人だ。

「ツバサと飲めるの久々だからいっぱい買っちゃった」

ビールに酎ハイ、梅酒ロックを飲んだところで、ツバサは頃合いを見て訪ねてきた。

「なにかあった」

「…………」

リョーカは無言のまま、グラスに入った大きめの氷をクルクル指で回して答えられなかった。

「今でも友人だしご近所なんだしさ、とりあえず飲もうか、明日は休みだし久々に朝までろう」

「うん、ありがとう」

ツバサはお気に入りのスコッチウイスキーバランタイン一二年物をロックで飲み始めた。

付いていたテレビは、海外のトラムを旅する番組に切り替わったことをきっかけに

「ところでさ、ミツル君ともしかして喧嘩でもした」

リョーカの悩みがあるのではと思いツバサの質問は続く。

「付き合い始めて、結婚して、もう七年になるのかな?悩みの一つや二つ出で来るころでしょ」

「喧嘩とか……そうじゃなくて」

「もしかして浮気されたとか。あんにゃろー」

「待って待て待て、そうじゃないの」

リョーカは事の顛末をツバサに話した。

「なに!?離婚した?いつ」

「……一週間ぐらい前」

「なにそれ聞いてないんですけどぉ。めちゃくちゃ電撃離婚じゃないの」

「原因は……やっぱりミツルの不倫とか?」

「それじゃなくて……なんて言ったらいいのかな、お互い愛がなくなったというか」

「はぁ?なにそれ、単なる倦怠期ってやつでは」

「もしかしたら、そうかもしれない……」

ミツルとの出会いは、大学のゼミが一緒だったのをきっかけに付き合いだした。特別かっこいいわけでもなく、がむしゃらに頑張る彼のことが好きだった……のかもしれない。今となってその感覚はわからない。

結婚を意識したのは、就活が落ち着いた四年生の暑い夏のことであった。

夏休みの旅行先でミツルにプロポーズされて承諾した。

その時は「これぞ運命」って感じではあったが、結婚五年目となるとあの時のトキメキとか情熱は思い出そうとしても思い出せないでいる。

「もしかしてリョーカ、住むところに困ってない?」

「えっ、やっぱりわかる。探してはいたんだけど見つからなくてさ」

「だったらここで昔みたいにルームシェアしない?懐かしくない」

思いがけないツバサからの提案に歓喜したリョーカ。

「いいの?私なんて×一だよ」

「いいよいいよ。あたいがお嫁さんに迎えてやるわ」

屈託のないツバサの笑みに救われたリョーカであった。

あの事件以降ツバサの家に住むことが決まり、元自宅から荷物の搬出はツバサがしてくれた。どうしても会うのが気まずくて任せてしまったのだ。

洗濯機や冷蔵庫などの白物家電はツバサの家のものを使うことになったので、ミツルが引っ越し費用を全額負担してくれた。

リョーカとツバサとの新生活が始まる。

私は週の半分はリモート勤務が主流だったが、ツバサは週五日出勤とブーブー文句を垂れていたが、金融機関勤務なので仕方ないとあきらめていた。

ある日の夕食後、ツバサは必至でスマホを打ちまくっていた。

「ふぅ、今日はこんなところかしら」

「なにかやっているの?」

「婚活アプリよ。あたいだって結婚に興味あるもん」

「最近の出会いってアプリでするんだ」

「今更だよ。会社で出会いなんてあるわけねぇ。でも結婚相談所なんて古い古い。出会いを求めるなら婚活アプリだよ」

「へぇーそーなんだ」

「なんか興味ある?」

「べっ、別につにもう結婚なんて……」

「まだ遅くないんじゃない。×なんて今時誰も気にしないよ。気にする奴はガキ好みのロリコン男ぐらいだし」

ツバサの微妙な偏見もあるけど、登録しているサイトを見せてもらったら、様々な人々が居た。老若男女、離婚経験者も当然いた。

「リョーカだってまだ二十代なんだし、もう一度チャレンジしてもいいんじゃない」

結婚といってもミツルとのことがありピンとこない。

でもツバサからこのまま朽ちていくのはもったいないと促されると、そうかもしれないと思うようになる。

「私もやってみようかな」

ツバサの指導の下、プロフィール作りやアップする写真の加工は深夜まで続いた。

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