私たち三十歳ちょいちょい手前で離婚しましたが何か?──×があっても今時、焦るもんじゃないし、再婚目指てるんでよろしく──
水瀬真奈美
第1話 離婚
「意外とあっけなかったな」
「そうかな、結婚のときと大して変わらなくない。いっぱい書いたし」
この二人はたった今、正式に離婚をした。
雑然とする役所での夕方のことであった。五年の結婚生活を経て、離婚を決意した。元夫ミツルと元妻リョーカは互いの結婚指輪を外し、何気なくポケットにしまう。
リョーカは外した指輪をもう一度出すと、不思議そうに眺めていた。
結婚も離婚も紙切れ一枚なのである。これが夫婦である公式な証であると考えると薄い絆なのかもしれない。儚いからこそ守るの難しいのかもしれない。
「さてと、いったん家に戻るか」
「そうだね」
行きは重い道のりではあったが、帰り道の足取りは思いのほかに軽かった。
手足に絡まった赤い糸はすでに解け、夫婦と言う名の錠前が外れたからだろうか。
「結婚中のルールでは、今日の夕食当番はミツルだったけど、どうする?」
「そうだな住居が別れるまでは、今までの家事ルールに則り継続で構わないけど」
リョーカは家を出なくてはならない。契約の名義人がミツルなのと、家賃のほとんどを彼が払っていたというのもある。まぁ、賃貸マンションだから離婚後の財産分与には関係なく、後腐れなくてちょうどよかったかも。
家に着くとミツルは料理、リョウカは風呂場へと向かった。
互いにいつも通り、金曜日のルーティーンをしているに過ぎない。
リョーカが風呂から出て、ドライヤーで髪を乾かし、残りの湿気分をバスタオルで拭きつつリビングへと向かう。
テーブルにはすでに豪勢な食事が並んでいた。
メインはミツルが得意とするローストビーフだ。コーンスープにサラダ、私の好きないぶりがっこまである。そして歪な形のロールパン。形はともかくパン作りに関しては、ミツルのほうがリョーカよりも腕前が上になってしまった。ホームベーカリーは置いていくかな。
「ミツルの手料理は、後何回食べれるのかな」
「家が見つかるまでは、何ヵ月でも居ていいんだぞ」
「わかってるってば、でも離婚した以上、そう長くはお世話になれないし」
ポン。ワインのコルクが開く乾いた音が響いた。
「リョーカだって仕事忙しいだろ、部屋探しで無理してほしくないしさ」
「相変わらず、元妻になっても優しいんだから」
「では何に乾杯する?」
「──お互いの門出に、乾杯!」
グラスを掲げで離婚記念?の食事がスタートした。
ワインボトルを二本開けた二人は、酔いも回り離婚後のことを話した。どうするのかとか。再婚するのかとか。最近はすれ違い気味だった二人ではあったが、なぜか今日はいっぱい話をした。喉が枯れる寸前まで話した。そして別々の寝室に向かい床に就く。ミツルもリョーカもほんの数日前の結婚生活時よりも、今夜のほうが楽しかったと思いながら目を閉じた。
離婚してから数日が経った。
リョーカはまだミツルと同居している。今日は二人ともリモートワーク。リビングで仕事をしているが、お互いの存在に気まずい感じがするわけでもなく、カタカタとキーボードの音とBGMとして流していたカフェミュージックだけが、流れる空間。
時頼ホームベーカリのうねる様な音がする。今日の食事当番はミツルだ。
将来脱サラでもしてパン屋を開くのかってぐらい、ホームベーカリーにのめり込んでいる。まずいパンな訳でもないし、いいかと思うリョーカ。
しかし、離婚後の幸せで波風立たない生活は、唐突に終わりを告げるのであった。
「ちょっちょっとまって……よくこの雰囲気でキスしようとしたよね」
夕食後のまったりとしたタイミング。お酒も入りいい気分の中で、ソファに座りお笑い番組で錦鯉のネタを見ていた時のことだった。
ミツルが突然キスをしようとしてきたのだ。
「いや……なんというか……いつももの乗りで、すまん」
「私達はもうそういう関係じゃないんだよ。離婚したんだよ」
「わかってるってば、言い出したのは俺だし」
そう、この離婚を切り出したのはミツルからである。それはニンニクがよく効いたペペロンチーノを食べながらのことであったのをリョーカは覚えている。
「だったらなんでキスしようとしたのよ。信じられない!」
「だから、悪かったってば、謝るから許してくれよ」
「無理無理無理、むり、ムリ────絶対に無理。しかも錦鯉のネタの最中とかムードないし微妙……とりあえず家を出るわ」
「チョコレートプラネットだったらよかった?」
「えっ?そこ?全然そういう問題じゃないけど」
「おい、夜遅いからやめておけよ。せめて明日まで待てないか」
「はぁ?だってキスしようとした人といっしょになんて居られないでしょ、普通」
「謝るから、この通り」
両手を合わせて平謝りのミツルではあったが、怒り心頭のリョーカは収まらない。
「とりあえず距離を置こう。離婚したんだし、本来ならばもっと早く
「ちょっと、待てよ……」
キムタクには遠く及ばないセリフ。例えキムタクであってもリョーカは許せないのではないか。
荷物をまとめるべく寝室へと向かう。
明日は休みだから仕事道具はノートパソコンだけでもいいか。服を数着と、貴重品だけを旅行用のバックに詰め込むと、玄関に急いだ。
玄関にはミツルが待ち構えている。
「なぁ、考え直せって、俺が悪かった。なんか急にリョーカの笑顔を見ていると……つい」
「ついでにキスしたかったとか言われても、離婚した後だし。完全に体目的だよね」
「────!」
ミツルがしたことは体目的以外何物でもない行為であり、軽率であったことは間違いない。言い訳できることもできず。目の前をリョーカが去っていく。
「それから、残りの荷物は後日取りに行くから」
そう言い残してリョーカはミツルのものを去っていった。
そんな二人の心境とは別に、リビングからはテレビの笑い声だけが玄関まで届いていた。
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