悪役令嬢に転生したけれど、推しの王子様を幸せにするためスベリ芸でドン引きさせてみることにした

節トキ

悪役令嬢イゼルダ・コメリアンはこうして夢を叶えた


「あ、頭が……っ! うっ……こ、これは……!?」

「イゼルダ様!? どうされました!? 大丈夫ですか!?」


 パーティーに向かう途中の馬車で、私は突然、凄まじい頭痛に見舞われた。


 思わず押さえた頭の中に、様々な記憶が奔流する。


 侍女が心配して声をかけてきたけれど、それどころじゃないわ! 思い出してしまったのよ……前世の記憶を!



 前世の私は、どこにでもいる普通の会社員だった。


 人とちょっとだけ違ったのは、学生時代から乙女ゲームにハマっていたという点。そのせいもあって夢見がちな性格で、現実では運命の人だと決めた相手には猪突猛進し、とことんまで尽くしてしまう厄介なタイプだった。

 当時付き合っていた彼氏はお笑い芸人を目指すフリーターだったのだけれど、夢を追う姿が格好良い! 素敵抱いて! と恋愛脳フルスロットルで貢ぎ倒していた。


 しかしその彼氏――タクヤの浮気現場を目撃して、泣きながら走っている最中、車に撥ねられたところで記憶は途切れている。どうやら私は、あのまま死んでしまったらしい。


 そこは悔やんでも仕方ないからさておき、よ。


 現在の私は、イゼルダ・コメリアン公爵令嬢。来年から聖ローレンス学園に通うことになっている、花の十五歳。社交デビューしてまだ間もないものの、家柄だけでなく美しさでも注目を集める、令嬢界のスーパースターだ。


 いや、自慢してるんじゃないのよ?

 この名前、この顔、この肩書には嫌というほど覚えがある。今の今まで毎日見てきたんだから当たり前なんだけど、そうじゃなくて前世から知っていたの!


 イゼルダは、私が初めてプレイした乙女ゲーム『恋してレディ、夢みてフォーチュン』の登場人物。聖ローレンス学園を舞台に、様々な攻略対象達とキュンキュンするシチュエーションを経て結ばれるヒロイン……なら嬉しかったんだけど、私のキャラはその真逆。ヒロインをいじめて国外追放という断罪を受ける、悪役令嬢なのよ!


 これは非常にまずい事態だわ。だってもう取り返しがつかないもの。


 この馬車の行き先は王宮。そこで私と、このウィルゴ国の王太子でいらっしゃるクリス様との婚約披露パーティーが開催される予定なの。クリス様も、来年から聖ローレンス学園を舞台に始まるゲームの攻略対象の一人なのよ!


 アカンがなですわ! このままじゃ王太子の婚約者っていう死の肩書きが付いて、悪役令嬢確定からの断罪ルートまっしぐらになってしまうやんけですわ!



「お、お嬢様、大丈夫ですか? 少し横になられますか?」


「大丈夫よ。問題ないわ」



 恐る恐るといった感じで問いかけてきた侍女に、私は短く告げた。


 だって、そう答えるしかないじゃないの。

 多少具合が悪くたって、主役なんだから欠席するわけにはいかない。それに横になったら、せっかく綺麗にセットした髪が崩れるもの……って、そんなこと気にしなくてもいいわね。むしろボサボサ頭で行けば、クリス様がドン引きして婚約をなかったことにしてもらえるかも。


 と、ここで私は閃いた。


 そうよ、これはラストチャンスじゃない。今夜のパーティーでクリス様をこれでもかと幻滅させて、婚約発表を中止に持ち込めばいいんだわ!


 俄然やる気が湧いてきた。


 クリス様は、私にとって初めての彼氏より思い入れのある、初めての乙女ゲームの最推しキャラ。私の永遠の王子様。だから断罪の未来を回避する以上に、彼にはこれから好きになる人と何の障害もなく結ばれてほしい。


 待っててね、クリス様。

 このイゼルダ、家が勝手に決めた望まぬ婚約をぶち壊し、華麗に身を引いて差し上げますわ!




「イゼルダ、お待ちしておりました。今夜もお美しい。さあ、参りましょう」



 煌めく黄金の髪に深く澄んだ青い瞳の美貌が、私を出迎える。しかし浮かべた淡い笑みには、一切の隙がない。これは相手が誰であろうと平等に振る舞われる、仮面の笑顔。


 そうとわかっていても、麗しさに目か眩んで倒れそうになった。ああ、記憶が戻ったせいで、萌えが止まらない!


 ここで五体投地して萌えを力の限りに叫んでみせても良かったけれど、その程度では恐らくドン引きレベルが足りない。

 やはり、会場となる大広間で勝負をかけねば。衆人環視の前で、こんな女と結婚するのは嫌だ、未来の王妃に相応しくないと言わせるのよ!


 ありがたやありがたやと心の中で感謝しながら平静を装ってクリス様の腕を取り、私は大広間に入った。



 さあ、いよいよ本番よ!



「レディース、アーンド、ジェントルメーン!」



 挨拶回りに向かいかけたクリス様が、驚いた表情で振り向く。



「これよりイゼルダ・コメリアンが、芸を披露いたします! まず最初は……そうね、この発泡酒を一気に飲み干してゲップを出さずに自作のポエムを暗唱しますわ!」



 そう宣言すると、私は掴んだ発泡酒の瓶をラッパ飲みした。


 サイズとしては、およそ750ml程度。このくらいなら余裕だ。前世じゃタクヤの芸の練習に付き合わされて、1.5リットルのペットボトルの炭酸飲料を一気飲みしていたもの。


 飲み干した瓶を逆さにして空になったことを示し、私は口を開いた。



「アタシはユラユラ、メラメラしてる。揺れて燃えて、まっしろだったアタシ、今は透明な灰色。ぜんぶぜんぶ、アナタのせい。アナタがアタシ、汚したの。アタシのココロ、怪我したの。アナタに恋して、アタシは天から堕ちちゃった。でも、後悔なんてしてないの。星のシズクの一つになって、アナタに届け、このヲモイ……えぐっ!」



 ゲップは出なかったけど、耐え切れなくて思わず舌を噛んでしまった。


 何も思い付かなかったからといって、前世の黒歴史ポエムなんか諳んじるんじゃなかった! 自傷行為も甚だしいわ!


 ちなみにタイトルは『ヱンジェル・スタァ・ラブシュート〜堕天使のュゥゥッ〜』……忘れたいのにしっかり覚えてるのがツラい。ツラすぎる。


 それこそココロを怪我しつつも様子を窺ってみると、クリス様は俯いて震えていた。

 しかしそれだけだ。

 こんなポエミー脳なメルヘン女は嫌だと言いたいのを、必死に我慢していらっしゃるのだろう。



 ならば、次だ!



「はーい、さらにご注目ー! 今度はテーブルの上のものを落とさずに、テーブルクロスだけを引いてみせまーす!」



 近くにあったテーブルに移動し、白いクロスを両手に握り締めて私は告げた。これもタクヤと一緒に練習した芸の一つだ。


 タクヤは、先輩芸人さんにコツを教わっても一度も成功させられなかった。

 でも、私は違うわよ! 十七回に一回は成功させていたんだからっ!



「ふんぬっ!」



 皆の目が集中したところで、私はテーブルクロスを引いた。これはいけた! と思ったのに。


 ガシャン、という音と共に、私は膝から崩れ落ちた。



「あぁ〜……あぁぁぁ、うわぁぁぁ……!」



 情けない声が出たのも無理はない。

 何と、端っこにあったグラスが一つ、落ちてしまったのだ! これは悔しい。だがリベンジを申し出るのは、プライドが許さない。


 って、芸の出来について反省している場合か!


 本来の目的を思い出した私は、クリス様を振り向いた。クリス様は変わらず、俯いて震えている。


 ちょっと、まだ耐えるの!?

 テーブルクロス引きを失敗するような女と婚約するなんて、どう考えてもありえないでしょうが!



 こうなったら、最後の手段よ!



「えーと、ではお聞きください。ショートコント『悪役令嬢』」



 もちろん、これには自信がある。だって私もタクヤを手伝って、一緒にネタを書いていたもの。


 二人で完成させたコントの反応といったら……まるでチベットスナギツネの群れに放り出されたようだったわ!



「あたくしは高貴なる令嬢。趣味は、自分の婚約者に近寄る女をいじめて排除することよ。なーんて呑気に言うてたら、婚約破棄からポイ捨てされて自分が排除されもうたがなー! オイコラ、笑うなや。お前も一緒に断罪してやろうか!!」



 ドッカーン!!


 そんな爆発音が聞こえたように感じた。



 周囲を見渡せば、皆が大笑いしている。いつもお高くとまっている淑女も、常に厳しい顔をしている紳士も、皆が皆、礼儀もマナーも忘れてひたすら笑い転げている。


 え、何この国、笑いの沸点、低すぎない……?

 むしろ、笑いどころ、どこだったのって私が聞きたいんだけど……?



 その爆発的な大爆笑の中に、クリス様の笑顔もあった。仮面の外れた彼の本当の笑みは、画面越しで見るより美しく、生き生きと輝いていた。



「イゼルダ……全く、君は何て面白い人なんだ! 君にこんなにユーモアのセンスがあるだなんて、知らなかったよ。もっと早く知りたかったな」



 クリス様が放ったその言葉は、大きな光となって私の胸を満たした。



 私……面白いんだ。

 この国でなら、私は面白いことができるんだ。


 そうか、そうなのね!



「ありがとう、クリス様! おかげで、私にも夢ができました…………私、これからお笑い芸人になります!」



 そうと決めたら、こうしちゃいられない。


 私はクリス様に笑顔でさよならを告げると、急いでパーティーを抜けて帰った。


 そして一晩かけて、両親を説得。襲い来る睡魔で判断力がなくなったところを狙って了承をいただき、最小限の荷物とどうしても付いていくと言って聞かなかった有志だけを連れて家を出た。



 それから私のお笑い芸人としての人生は始まった。



 全国を巡業する旅は、想像以上に厳しかった。しかし地道に活動を続けていく内に仲間が増え、三年後にはお笑い一座『オモシロス』としてウィルゴ国では知らない人はいない存在となった。


 ええ、そうよ。聖ローレンス学園には行かなかったし、婚約も有耶無耶になったから、卒業式でクリス様から婚約破棄と国外追放を言い渡される断罪イベントも回避できたってわけ。芸を磨くのに無我夢中で、すっかり忘れていたけれどね。



 なのでもう安心だろうと、私は王宮からの招待を受け入れた。

 我らの一座に芸を披露してほしいと、何とあのクリス様が使者を寄越してきたのだ。



 ところがせっかく私が身を引いたというのに、クリス様ったら、ゲームヒロインとくっつかなかったみたいなのよ。いただいたお手紙によると、クリス様には心に決めた人がいらっしゃるそうで、その方にプロポーズなさるために私達の一座を呼んだんですって。



 フフッ、皇太子殿下の求婚の前座を飾らせていただけるとは、我らが『オモシロス』も随分と有名になったものね。



 ちなみにそのお相手の令嬢というのは、夢に向かってひたすら走るバイタリティの塊のような方らしいわ。だからクリス様は密かに、彼女が王妃となっても満足に活動できるよう、周りを説得したり環境を整えたりと準備していたそうよ。

 そして学校を卒業したら、必ず迎えに行くと決めていたんだとか。


 はあ、ロマンチックな話よね。クリス様にそんなにまで一途に想われるなんて、羨ましい限りだわ。



 でも、溜息をついている暇などない。


 クリス様の恋が叶うことを祈って、明日の王宮でのパフォーマンスは私も気合を入れて頑張らなくちゃね!





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