第3話 私の願い

彼は私の傍に来ると、椅子に腰かけた。

私に話しかける訳でも、

本を読む訳でもなく、

私を守るかの様に、ただ微笑みそこに居る。


拒絶するべきだ。


そう、一瞬思ったけれど

何故か、私は彼のその行動や笑顔に安心していた。

心が満たされ、温かくなるのを感じた。


時計の針が進んでいけばいくほど、

私は記憶がリセットされる恐怖に怯えた。


この温かさも、朝が来ればリセットされる。


もし明日、彼が再び現れたら

私はもう一度、

彼と初めましてを交わす事になる。


どうして、こんなにも悲しがっているのだろう。


彼が何者なのかも

どうして私を知っているのかも、分からない。

けれど、彼の中の私は

とてもとても、大切な人なんだろうと思った。


だから私は思った。

どうか私を忘れて欲しい。

どうか、私を記憶の端に置いて

いつか忘れて幸せになって欲しい。


何も知らない私だけど、

私はそんな願いを込めて、

今日と言う世界を閉じる。


「また、あした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る