第3話 プリン

「さあ。ついたわよ」


「うん!」

 

 幼稚園からの帰り道、瞳は家の近くのスーパーマーケットに寄った。車を降り、良太が降りたのを確認してからドアを施錠する。


 瞳は良太の手を取り、店内入り口へと向かい始めた。正面入り口の自動ドアが、音を立てながら素早く開く。瞳はショッピングカートの上にかごを乗せ、そのまま良太と中へ入っていった。


 入って一番に目に付いたのは、ゼリーやヨーグルト、プリンが陳列されている冷蔵ショーケースだった。瞳は良太の手を取ったまま、そのショーケースの方へ歩き始める。


 だが瞳は、途中で向かう足を止めた。瞳はプリンを買う余裕がないほど、生活が困窮していたからだ。正直晩御飯の総菜を買うのも苦しい状態だ。


 だが今日の良太は、かなり頑張って走っていた。それに吉子からの理不尽な要求にも応え、二回とも走りきった。瞳は良太に、ご褒美すらまともに買ってあげられない自分に、情けなさを覚えた。


「ママ。どうしたん?」


 良太が心配そうに瞳を見つめてくる。瞳は悟られないように、良太に笑顔を見せた。


「りょうた。きょうはよくがんばったわね。ごほうびに、さんこいりのプリンをかってあげるわ」


「やったー」


 良太が嬉しそうにショーケースの方へ向かう。そして三個入りのプリンを両手で持ち、そのまま瞳が押しているかごの中へ入れた。


「ママ。ありがとう」


「どういたしまして。かえったら、いっしょにたべようね」


「うん!」


 瞳は再び良太に笑顔を向け、そのまま手を繋いだ。そして先程のように、ショッピングカートを上手くもう片方の手で押す。そしてそのまま、総菜売り場の方へ歩いていった。


        *


「ただいま」 


 買い物を終え、瞳と良太は家に帰ってきた。良太が元気よく、誰もいない家に挨拶をする。


「さありょうた。プリンのよういをするから、てをあらってきなさい」


「うん。わかった。そのまえにトイレにいくね」


「いってらっしゃい」


 良太が元気よく返事をし、トイレへと向かい始める。瞳は買い物袋を持ち、そのまま台所へ入っていった。


 買い物袋をテーブルの上に置く。そして総菜の袋を弄り、一番奥に入っていたプリンを取り出した。


 瞳はプリンを取り出し、それをと見つめた。このプリンは、母親と二人の子どもが、おやつの時間に分け隔てなく食べられるようにするために、三個入りになっている。瞳はこのことを、以前放送されていた雑学の番組で知った。


 だが瞳は、本当の理由とはかけ離れた捉え方をしていた。この三つ入っているうちの一つは、夫、つまり良太の父親を意味しているように感じていた。だが当然、瞳はシングルマザーであるため、そのような人物は存在しない。


 本当にこのままで大丈夫だろうか。そして良太にとっての親は、自分だけで良いのか。瞳は三個入りのプリンを見るたびに、真剣に悩んでいた。


「ママ」


 プリンをと見つめていると、良太が戻ってきた。瞳はプリンをテーブルの上に置き、良太に笑顔を向ける。


「りょうた。いっしょにプリンたべようか」


「うん!」


 瞳は総菜の袋をテーブルの端に寄せ、プリンのフィルムを破った。そして中から、二つのプリンを取り出す。


 良太が嬉しそうに椅子に座る。瞳もキッチンの引き出しからスプーンを二つ出し、良太の隣に座った。


「はい。スプーンよ」


「ありがとう」


 瞳が良太にスプーンを渡すと、良太は嬉しそうにそれを受け取った。瞳も自分のスプーンを、プリンの前に置く。


「じゃあたべようか。せーの」


「いただきます」


 瞳と良太の声が、狭い台所に響き渡る。瞳は上の蓋をゆっくりと剥がした。隣を見ると、良太も一生懸命蓋を剥がしている。瞳はその姿を見て、何だか微笑ましくなった。


 良太が蓋を剥がし終えた。そしてプリンにスプーンを付ける。そしてそのままそれをすくい、口の中に入れた。


「おいしい!」


「おいしい? よかった!」


 良太がとても美味しそうにプリンを食べている。瞳はその姿を見て、自身もプリンをすくい、そのまま口に運んだ。


 口内に、プリンの香りが優しく広がっていく。瞳は何故か、思わず涙が出そうになった。


「りょうた。おいしいね」


「うん。おいしい! ママありがとう」


「どういたしまして」


 良太の笑顔を見て、瞳は思った。今のままでも良いのかもしれない。こうして一緒にいる時間が、何よりも幸せに感じる。


 幸せを感じながら、瞳はスプーンを再びプリンに付けた。そしてそのまま、二口目をそっと口に運んだ。


        *


 プリンを食べ終えた後、瞳はカップとスプーンを洗い始めた。スポンジに少しだけ洗剤を付け、軽く泡立たせる。


 奥の部屋の布団から、良太の寝息が聞こえてくる。疲れたのか、もう良太は寝てしまったようだ。


 晩御飯まではまだ少し時間がある。そのため瞳は、それまで良太を休ませてあげようと思った。


 二つのカップを水で洗い流し、プラスチックごみに入れる。スプーンは洗剤で丁寧に洗い、水で洗い流した。


 水で洗い流した後、水道を止め、しっかりと水切りを行った。そしてそのまま、それらを乾燥機の中に入れる。


 それから手を拭いた後、瞳は先程のように台所の椅子に腰を下ろした。そして今日撮影した写真を見るため、スマートフォンのアルバムを開く。


 アルバムを開くと、良太と進の走っている写真が、すぐに表示された。それは二人が、一回目走った時に撮影したものだった。


――私見たのよ! あの良太っていう子、をしていたわ!


 写真の隅の方に、吉子が小さく写っている。それを見た瞬間、彼女の発した言葉が脳裏を過った。


 正直、以前通わせていた幼稚園の方が穏やかだった。このような環境に、良太を置いておいて大丈夫だろうか。瞳は改めて心配になってきた。


 それに進は、良太の隣の席だ。進を通して、吉子がまた何かしてくる可能性もある。瞳はため息をついて、スマートフォンをテーブルの上に置いた。


 まだ入ったばかりであるため、転園させることはできない。そのため何かあったら、すぐに席を変えてもらおう。そして一人でも多く、気の合うママ友を見つけていこう。瞳は自分に言い聞かせるように、一人で小さく頷いた。

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