『決着』

「もしやとは思ったけど・・・やっぱり、アラクネね・・・」



 リズは天井に張り付いているモンスターを睨みつけながら、口を開いた。


 アラクネ ───

 人間の女性の胸部から生える6本の蜘蛛の足と、両腕の2本を合わせた8本の手足のある蜘蛛の姿をしたモンスターである。

 胸部より上は人の女性の姿だが、腹部は蜘蛛そのもので一般的な蜘蛛と同じように、腹部の先から強靭な糸を出して獲物を絡め取り動きを封じる。

 更に毒を持っており、場合によってはその毒を空気中に放出し幻覚作用を広範囲に及ぼす事もあるのだった。

 名前の由来は、神話の中で機織りの名手である女性が蜘蛛に変えられてしまう話から来ており、その姿を連想させる事からその女性の名をとってアラクネと呼ばれるようになった。


 ボトッ・・・・・・


 キイイィィィィィィィ!!

 

 ラスティが子蜘蛛を大量に踏み潰したのが効いたか、アラクネは天井から落ちるように床へと着地すると二人を威嚇するように鳴き声を上げる。



「子供を踏み潰されて、怒ってるみたいね・・・

 用心してラスティ、くるわよっ」


「分かってる・・・」



 リズがラスティへ目配せをして言うと、すでにその場にザックを下ろしショートソードを構えた臨戦態勢のラスティが応えた。

 

 バッ!


 次の瞬間アラクネ特有の跳躍力を推進力に変え、地面スレスレの所を飛ぶようしてラスティ目掛けて突っ込んできた。

 ラスティは撃ち落とす要領で迫るアラクネにタイミングを合わせて、ショートソードを振り下ろした。


 ビュッ!

 

 フィンッ・・・・・・


 アラクネから音が発せられたと思うと振り下ろされたショートソードは、風を切ったような高い音を上げながら空を切る。

 ジャストタイミングのラスティの斬撃をアラクネは、糸を横の壁に伸ばして急旋回し、すんでのところで回避していた。

 ラスティは大きく空振りをしたがなんとか態勢を整え、アラクネが避けた方に向き直ると視界の先にはリズの姿が見える。



「リズ!」


「はっ!」


 ボコォッ!


 ラスティが注意を促すように声をかけたその瞬間、リズは強く息を吐くと急旋回して突っ込んでくるアラクネの頭部に蹴りを放った。

 リズの強烈な蹴りはカウンターとなり、アラクネは床に叩きつけられる。

 リズも反動で背後に飛ばされるが、すぐに態勢を整え再び構えた。アラクネも大したダメージではなかった様子ですぐに体を起こす。



「なっ、なにが起こってんだ・・・

 ねぇさん。どうしたんですかっ!」


「なんでもないわっ!あんたは黙ってて!」



 未だ幻覚に囚われているダレスが二人の動きを見て、ただ事ではないと感じ声を上げるがリズがそれを一喝した。

 ダレスの目にどう写っているのかは定かではなかったが、大方の想像は出来ており、ダレスの幻覚を治すより二人でアラクネを対処する方が早いとリズは判断する。

 ダレスにはアラクネはおろか子蜘蛛も見えておらず、二人が花畑の中で大立ち回りしている異常な光景を目の当たりにしていた。



「これでどうだっ!」


 ガキッ・・・


 ラスティはリズの方を向くアラクネの隙を狙うように黒い蜘蛛の足をショートソードで横なぎにするが、想像以上の硬度で足の組織を少し削り取るだけに終わる。

 その衝撃に気づいてアラクネはバックステップで距離を取るラスティの方へ向き直る事なく、腹部の先端から糸をラスティへ向けて放つ。

 飛び退いた着地地点を狙われたラスティは、不意を突かれた格好で不十分な態勢のまま飛んでくる糸をショートソードで払い落とす。



「あ゛っ!」



 次の瞬間にはラスティの目の前にアラクネの姿が映り、直後ラスティは数メートル吹き飛ばされ床に叩きつけられた。

 アラクネは糸を放つと同時に、ラスティ目掛けて突進していたのであった。


 キキッ!

 

 突然の衝撃と何が起きたのか分からないまま半パニック状態で上半身を起こしたラスティに、アラクネが短い鳴き声を上げて追撃をかける。

 アラクネがラスティの身体を地面に押し付けるように覆いかぶさると逆さの女の口が大きく開き、ぬらりと光る毒牙が顔を出す。



「離しなさいよっ!」


 ギイイィィィィィィ!!



 ラスティが毒牙にかかろうとしたその時、リズが声を上げながらアラクネの腹部を逆手に持ったナイフで切り裂いた。

 アラクネは叫び声のような鳴き声と共に、天井に近い壁へと距離を取るように飛びつき張り付く。

 壁に張り付きこちらをじっと睨み付けるアラクネの腹部からは、体液が床へしたたり落ちている。

 アラクネがラスティへと距離を詰めると同時に、リズもその後を追っていたのだった。



「ちっ、致命傷とまでは行かないか・・・

 怪我はない?ほら、立ちなさい。」


「あ、ありがと・・・大丈夫。」



 アラクネが距離を置いたのを確認すると、近くによってきた子蜘蛛を一匹踏み潰しながら舌打ちし、ラスティに手を伸ばしながら言うリズ。

 差し出された手を取り、立ち上がるラスティ。しかし先ほどのアラクネの体当たりが効いているらしく、どこかぼうっとしている様子。



「ほら、しっかりするっ!」



 心ここにあらずといった感じのラスティの背中を1つ軽く叩きリズが言うと、その瞬間ラスティの燻った闘志に再び火が入ったようだった。



「上に逃げられちゃ、手の出しようがないわね・・・」


「あの動きなんとかならないかな?」


「なんとかなれば、ラスティが仕留めてくれるのかしら?」



 リズは壁に張り付くアラクネを捕らえながら、少し焦りが混じった表情で言う。致命傷まではいかなかったが、負傷しているうちに勝負を決めたいとリズは思っていた。

 ラスティはアラクネの素早い動きがどうにか出来れば、なんとかなると言わんばかりという風に冷静を装い言って見せる。ラスティの言葉にすぐにリズが意地悪く返した。



「ちょっと試してみたい事があるから・・・

 ラスティ。ちょっとあいつの気を引いて置いてくれない?」



 言うとリズはラスティが床に置いたザックの方に踵を返しダッシュする。

 ラスティは言われるがまま、アラクネの気を引くように手を大きく挙げながら足元の子蜘蛛を踏み潰し続ける。


 キイイィィィィィィ!!!


 そんなラスティに腹を立てたのか、アラクネは鳴き声を上げて壁からラスティめがけて跳躍した。

 アラクネが動いたと同時に、ラスティも迎撃態勢を取る。

 人の2本の手を伸ばしたアラクネは、ラスティを再び取り押さえようと飛びかかってくる。

 アラクネとラスティが衝突しようとしたすんでのところで、ラスティが体を横へスライドさせるようにしてアラクネを交わす。


 フィンッ・・・・・・


 刹那、音と共に風を切る銀色の軌跡が体をスライドさせたラスティの後を追うように尾を引いたかと思うと、アラクネの片方の人の腕が肘の関節付近から切断され床に落ちた。

 風を掻き分け加速するリズお気に入りのショートソードをラスティは、見事にコントロールしていた。リズの先の見立てが証明された瞬間でもあった。

 同時にこの時ラスティは、黒い蜘蛛の足以外は思ったほど硬くないというより生身の動物並みだということに気づく。

 ラスティと交わるようにして地面に着地したアラクネは、しばらく自分の腕が切り落とされた事に気づいていないようだった。


 ギギギイイィィィィィィ!!!


 感覚的な違和感を覚えたのか、アラクネは既に切り落とされ欠損している腕を見るなり怒りで震えたような金切り声を上げた。



 「よくやったわ!ラスティ!」



 次の瞬間、アラクネの背後からリズの声が聞こえてきたかと思うと、リズはアラクネの身体に飛びつき頭部へ手に持つ何かを力一杯叩きつける。

 叩きつけられたそれは、キラキラとしたしぶきをあげながらアラクネの頭部で弾けた。


 ギヤギャギャギャッッッ!!!!!


「ラスティ!今よっ!」


 

 アラクネは今まで聞いた事のないデタラメな鳴き声を上げ、苦しそうに片方が肘までしかない2本の人の手で逆さの頭部を掻きむしり我を失っている。

 リズは言うと、アラクネを蹴って飛び降りた。

 ラスティは、それを見て反射的に床とアラクネの腹部の間をスライディングして抜けていく。その手には銀色に光るショートソードがしっかりと握られていた。


 ラスティがアラクネの下を抜けると、アラクネの胸部から腹の先まで一文字に体液が床に吹き出す。鳴き疲れたのかアラクネは何も発せず絶命した。

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