『幻覚』
「二人とも下手に動かないで。」
リズは目の前に広がる説明不能な光景を前にして、二人に指示を出す。
リズはダンジョン内に花畑があるとは、露程も想像していなかった・・・その前にコレはあまりにも不自然だった。
「ちょっと、ダレスごめんっ!」
バシィィィィィィンッ・・・・・・
ダレスがその声にリズの方を向いたその瞬間、ダレスの頬に衝撃が走る。
リズが横に立つダレスの頬に、ビンタをお見舞いしたのだった。
「いっ!いきなり、何すんっすか!?」
「ダレス痛い?」
「当たり前じゃないっすかぁ・・・」
「わたしも手が痛いわ・・・」
いきなりの事で驚き半分、恐怖半分のダレスが叫ぶように言う。
頬を痛そうに手で抑えながら話すダレスを他所に、リズは落ち着いた口調で考えを巡らしながら、最低限の単語でポツリポツリと応える。
リズは少し赤みの帯びた自分の掌をじっと見つめていた。
「どうやら、夢じゃ無いようね・・・」
「夢!?そんなわけないじゃないっすか!」
「でもリズの言う通り、コレって変だよね?
ほら、この花地面に生えてないよ?」
「地面に生えてない・・・?」
リズの言葉に何を突然突拍子も無い事を言っているんだとばかりに、ダレスは大袈裟な手振りをつけて否定する。
続いてラスティが咲いている花をかき分け、根元を二人に見せるように言う。
リズはラスティの言っている事が一瞬理解出来ないでいたが、ラスティの手元を見て全てを理解した。
ラスティが花をかき分けた奥に見えるのは、土ではなく見慣れた石畳だった。
よくある石畳の隙間から植物が生えている訳ではなく、見る限り石畳の上に花が直接生えていた。
「これって・・・まさか・・・
二人とも、注意して!これ、幻覚かもしれないっ!」
「幻覚って、見えないものが見えるっていう・・・アレっすか?」
「ダレス違うよ。実際には無いものが見えるんだよ。」
「とにかく、周りを警戒をして!」
通常では考えられない生え方をした花を見てリズは、今考えられる中で一番高い可能性を二人に伝え警戒を促す。
そんな中リズの突然の言葉で混乱するダレスの言葉を、ラスティが訂正していた。
緊張で体が強張る三人の立つ部屋の中は、静かで辺りには見渡す限りの花以外には何もなかった。
サクッ・・・
「うわっ!なんだこれ!!」
緊張に耐えきれずダレスは一歩踏み出し、床に生えた花を踏みつける音がした瞬間。ダレスの足に植物の蔓が次々に巻きつき始めた。
ダレスは次々と巻きつく蔓を手で引きちぎるが、巻きつく勢いは止まらない。
抵抗するダレスだったが、蔓は足から腰、胸元から腕へと見る見るうちにダレスの体を覆っていく。
「うぐ・・・ぐ・・・
ねぇさん・・・面目ねぇ。動けないっす・・・」
ダレスの体は顔だけを残し、完全に蔓に覆われ身動きが取れなくなっていた。
「ラスティ・・・」
「うん・・・」
動けなくなったダレスを見てリズは腰の後ろからナイフを素早く抜き構えると、ラスティに目配せをしながら言う。それに反応したラスティも言いながら腰のショートソードを抜く。
しばらく、静寂が辺りを支配する。
リズ何かに気づきダレスの足元を見ると、蔓に巻きつかれた拍子で落としたランタンが転がっていた。
何気なくそのランタンを見ていると、妙な事に周りの花が熱で焦げる様子がない。
リズはそれを見て自分の中の疑念が確信へと変わったのを感じた。
「これは幻覚よ。間違いない!」
「リズ、本当にこれが幻覚なの!?」
「まじっすか!?おれ、実際に動けねぇけど・・・」
目の前で起こっている光景の全てが幻覚だと確信したリズは言うと、何かを感じ取るかのように目を瞑る。
ラスティはキョロキョロと辺りを見回しながら信じられないというような表情をしている。ダレスに至っては自分の状況からして全く信じていない様子だった。
リズは目を瞑りながら、周りの状況に全神経を集中する。
『これが本当に幻覚だとすると・・・思い込みを利用しているって事よね・・・まずは、感覚を整理しないと・・・
えっと・・・目の前には花畑・・・匂いは・・・確かにする。
視覚と臭覚は感じる。となると残るのは・・・』
頭の中で感覚的な周りの情報を整理分析するリズは、おもむろに目を瞑ったまま大きく足を上げそのまま地面へと勢いよく踏み下ろした。
ザッ!
リズの踏み下ろされた足は、足元の花を力強く踏みつけ音を出す。
「よしっ!ビンゴ!!」
探していた何かを見つけた時のような歓喜の声を上げるリズ。
リズは花を踏みつけた時の音の他に、もう1つの感覚にも注意を払っていた。
─── それは、触覚だった。
花を踏んだ音は確かに聞こえたが、それと同時に感じるはずの触覚は別だった。
花を踏んでいるはずの足の裏に伝わるその感触は、硬く冷たかった。ダンジョンの石畳のように。
「これじゃ足りないか・・・」
目を開けたリズは辺りの光景が変わっていないと見ると、言うなりその場に座り込み辺りの床を弄り始めた。
リズは弄りながら手に感じるはずの、花の感触がしない事から幻覚だと改めて確信する。
しかし、その幻覚から未だ逃れる事が出来ないでいた。
「リズ・・・どうしたの・・・?」
ラスティはいきなり座り込み花畑を一心不乱に弄るリズを見て、若干の恐怖を覚えていた。
側から見ればそれは、異様な光景だった。ラスティが恐怖を感じるのも無理はない。
「あった!」
大きく一言発したリズは何かを掴んだ手を自分の目の前に持ってくると、それが何であるか認識しようと凝視する。
リズには手に握られた何かが手の中でモゾモゾと微妙に動いているのが伝わってくるのを感じていた。
凝視した手をそのまま更に顔に近づけるリズ。どうやら手に握られた何かの匂いを嗅いでいるようだった。
リズは確かに何かを握っているのは分かっていたが、それが何であるかが認識出来ていなかった。見えないのではなく、認識出来ないという表現が本人にもしっくりときていた。
次第にリズの脳が握られた物を認識し始めたのか、徐々にそれが視覚化されていく。
初めはゆっくりとそれが何か頭に入ってくるような感覚だったが、その瞬間は突然訪れた。
「ゔっ!・・・ラスティ!受け取って!」
「えっ・・・なになに!?」
リズの手に握られていたのは、蜘蛛だった。
それは片手に握れる程度の、少し大きめの黒い饅頭に8本の足が生えたような蜘蛛であった。
突如として目の前に現れた蜘蛛のせいで、声にならない声を上げるリズだったが、次の瞬間にはそれをラスティへ投げつけていた。
ラスティはリズが投げた何かが体に当たったのを感じてとっさに片手で抱えるように受け止めたが、それがなんであるか分からない。
幻覚に囚われていた時のリズと同じくラスティの脳もまた、それが認識出来ていなかった。
「ラスティ。その腕でゾワゾワ動いてるの、蜘蛛よ?」
「え?
うっ、うわあぁぁ!!」
ラスティは自分を指差しリズが言うのを見て、自分の腕に抱えられたそれの方へと目をやると突然、腕の中に蠢く蜘蛛が現れる。
叫ぶラスティは、抱えた蜘蛛を投げ出すようにしてショートソードを手にしたまま情けなくその場へ尻餅をついた。
リズの脳は現実の触覚と臭覚によって、見せられていた幻覚から逃れる事に成功していた。ラスティの場合は触覚と合わせてリズの言葉により細かい触覚のイメージと固有名詞がすんなりと繋がり現実へと引き戻されたのだった。
「え・・・これって・・・・」
「現実へようこそ、ラスティ。」
尻餅をついたラスティは、我に帰ると周りの景色が一変している事に気がつく。
目を丸くして辺りを見ているラスティに、ウインクをして見せたリズは少し意地悪そうな口調で現実に戻った事を告げた。
リズとラスティ二人の視界には暖かな雰囲気の花園ではなく、いつもの通り冷たい石畳が敷き詰められた、仄暗いダンジョンが写っていた。
いつもと違う事といえば、床の上には何十匹もの先程の黒い蜘蛛が蠢いている事だった。
ひとまず状況を把握したリズはダレスの方を確認すると、幻覚の中では蔓に身体中を拘束されていたはずだが、現実世界では蜘蛛の糸でグルグル巻きにされていた。
すまきにされたダレス一人だけが、未だ幻覚の世界から抜け出せていなかった。
「なるほどね・・・
ラスティ。落ち着いて、床にいる蜘蛛は物の数に入らないわっ。
大物が近くにいるわよっ!」
すまき状のダレスを見て大方予想のついたリズは、大量の蜘蛛にあたふたとしているラスティを見るなり手近な蜘蛛を思い切り踏み潰して言った。
「リズ!上っ!」
ほどなくするとリズの真似をしてモグラ叩きの要領で近づく蜘蛛を次々踏み潰すラスティが、気配から何かを見つけたのか天井を指差し叫んだ。
ラスティが指し示す先には、仰向けになった人の女性の体から黒い昆虫の足を生やした、蜘蛛のような姿をしたモンスターが張り付きこちらを見下ろしていた。
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