『奇策』
ガサガサガサガサ・・・
カルキノスは即席の討伐部隊が視界に入ったのか、更に加速する。
その赤い巨体はまるで、兵士を轢き殺そうとする装甲車だった。
キチキチキチキチキチ・・・・・・
興奮したのか鳴き声の様な音を発しながらスピードに乗ったカルキノスは、ワイヤートラップの手前にある撒菱を物ともせずに巻き上げる。
そのままカルキノスは、速度を緩めずワイヤートラップへと飛び込んでいく。
バチンッ!!
刹那。トラップのワイヤーが千切れ、その衝撃で壁に打ち込んだペグの幾つかが吹き飛んだ。
幾つもあるカルキノスの足のうち1つがワイヤーに絡んで千切れ、わずかにバランスを崩している様だった。
ドガンッ!!
『ぐっ!・・・』
すかさず先頭にいる若い聖騎士の二人は持った大楯に全体重を預け、カルキノスの巨体を受け止める。カルキノスと衝突した二人の聖騎士はうめき声の様な声と共に、30センチほど後ろへ押し戻されていた。
「オラッ!ガラ空きだぜ!」
バンッ!
そこへダレスが、カルキノスを必死に押さえる聖騎士のうち一人の肩を踏み台にし、バランスを崩しているカルキノスの頭部目掛けて飛び蹴りをお見舞いする。
ダレスの渾身の右の蹴りはカルキノスの側頭部にクリーンヒットしたが、鉄板をハンマーで叩きつけた様な音と共にダレスの足が弾かれた。
「かってえぇぇぇぇ!!!」
その反動で床に転げ落ちたダレスは素早く立ち上がると、体勢を立て直しながら叫ぶ。
カルキノスの体を覆う、甲殻類特有の外骨格はダレスの足技を以ってしても少し窪んだかどうかという程度のいわゆる、ほぼノーダメージだった。
「ダレス!大丈夫!?」
「流石が甲殻類ってところね・・・」
「どうすんだこれ!?
こいつに刃物じゃ歯が立たねぇぞっ!!」
目の前に落ちてきたダレスを心配したラスティが声をかける後ろで、リズはカルキノスの外骨格に感心した様子で腕を組みながら呟く。
若干怯んだ様子の若い聖騎士の一人は、自分たちの持つロングソードを見て言った。
ノーダメージかと思われた、カルキノスも流石に強烈な蹴りを頭に喰らい脳震盪を起こしている様子で、ふらりふらりと前後に揺れている。
「関節!関節だわ!!
甲殻類の節の繋ぎ目を狙うのよっ!!」
リズはフルプレートアーマーを装備した戦士を想像し、思いついた策をその場の全員に向かって叫ぶ。
理解した聖騎士の一人がカルキノスの勢いの戻らぬうちに、大きな鋏を支える人で言うところの手首との隙間を狙いロングソードで切り掛かる。
ガキッ!
「だめだっ!歯が通らん!!」
そのまま降り抜ける思っていた聖騎士は突如として、節の間に挟まれ止まったロングソードを素早く引き抜くと、大きくバックステップで距離を取りながら叫んだ。
リズの考える人が着たフルプレートアーマーの節の隙間は鎖帷子かダイレクトに皮膚なのだが甲殻類の場合、他の箇所と比べると確かに強度は低いが外骨格には違いなかった。
カルキノスは脳震盪から復活したか、巨体に似合わない素早い動きで大きな鋏を大きく振り上げると聖騎士の一人を横薙ぎにした。
「うがぁ!」
カルキノスの素早い動きにどうにか反応した聖騎士は、咄嗟に大楯でその攻撃を受け流そうとするが体勢が甘く、そのまま盾ごと横の壁に激突する。
壁にもたれる様にして動かない聖騎士を、もう一人の聖騎士が庇うように駆け寄り盾を構える。
カルキノスは二人の聖騎士をまとめて押し潰そうと鋏を振り上げる。
「全員、耳を塞いで目を閉じて!!!」
刹那リズの指示が飛ぶ。
叫びながらリズは、手に持った物をカルキノス目掛けて投げつけた。
キイィィィィィィィィィィィィィン・・・・・・
弧を描いてカルキノスの頭部にソレが当たった途端、辺りは強い光でホワイトアウトし、同時に超高音の大音響が支配した。
ソレは、フラッシュバンだった。
瞑った瞼の裏が強い光を受け赤から黒に変わるのを待ち、リズはゆっくりと目を開ける。
先ほどまでホワイトアウトしていた景色はいつものダンジョンの通路に戻っていたが、塞いでいたはずの耳は耳鳴りがやまなかった。
カルキノスはリズの狙い通り、強い光と音で鋏を振り上げた格好のままピタリと動きを止めている。
各々、目をゆっくりと開け辺りを窺う素振りをしているが、壁に激突した聖騎士は動かない。
「今のうちよっ!離れてっ!!」
「あ・・・ああ、すまん!助かった!」
リズの言葉で言いながら慌てて聖騎士は気を失っているもう一人の聖騎士を引きずり、リズの後ろ最後尾へと下がる。
しばらくするとカルキノスが正気に戻って興奮しているのか、未だ目が眩んだままかは定かではないが、あたり構わず両の鋏を振り回し暴れ出した。
「参ったわね・・・」
「ねぇさん。なんか策ないっすか?」
「あの外骨格を破壊出来るような武器があれば、話は別だけど・・・
私たちには持ち合わせがないし・・・」
リズは先の思いやられる展開にポツリと言うと、ダレスが何か考えろと言わんばかりにリズに声をかける。
堅い外骨格を破壊出来る武器としては鋼鉄製のハンマーが代表的だが、完全適正武器だけあって、誰でも扱える武器ではなかった。
「さっきのフラッシュバンだろ!?
だったら、爆薬は持ってないのかよ!?爆弾とか!」
「ちょっと!無茶言わないでよっ!」
若い聖騎士の『火薬があるなら爆弾も』という希望的観測はなはだしい一言に、何か手はないかと考えていたリズは怪訝そうな顔をして睨みを利かせる。
はたから見たら言うまでもなくこの戦闘は、接敵した時点で勝ち筋のない戦闘だった・・・
「ちょっと待って・・・・・・
爆弾か・・・・・・爆弾ねぇ。」
聖騎士を睨みつけたリズは次の瞬間、どこぞの推理作家よろしく灰色の脳細胞に閃く一筋の光を掴む。
勝ち筋はなかった・・・はずだった・・・今の今までは。
「ダレス!それ!!」
「えっ・・・?それって??」
「これよ・・・・・・バーン!」
未だ辺り構わず近くの壁を大きな鋏で叩き暴れているカルキノスをよそに、ダレスの左の腕を指差すリズ。
察しの悪いダレスを見るなり右手の親指と人差し指を立て、人差し指をダレスに向け銃を打つ仕草をするリズ。
「さすがねぇさん!冴えてるっすっ!!」
「これが弾よっ!」
ダレスが全て察したと判断したリズは、懐からフラッシュバンを1つ取り出しダレスに向かって投げて言った。
「またソレかよ?それどうするんだよっ!?」
「了解!行ってきまっす!!」
それを見ていた若い聖騎士が茶々を入れるが、お構いなしにダレスはフラッシュバンを受け取り暴れるカルキノスに向けて踵を返す。
「ふっ!」
ダレスは下っ腹に一度力を込めると、地面を思いっきり蹴りカルキノスに肉薄した。
それに気づいた様子のカルキノスは、聖騎士同様ダレスを払いのけるようにして、右腕の大きな鋏を横薙ぎに繰り出す。
左から自分を押し潰そうと迫る巨大な鋏を、ダレスは迎え撃つようにフラッシュバンの握られた右の拳でフックを見舞う。
巨大な鋏はダレスの力強いフックの衝撃で来た軌道をなぞる様にして押し戻され、そのまま壁に叩きつけられた。
「ねぇリズ・・・ほんとに大丈夫なの?」
「えぇ、全くもって問題ないわっ!
大丈夫、わたしたちに任せて。」
正直大丈夫なのかと心配したラスティは、自分の配置から後ずさるようにしてリズへと近づき、ダレスの動向を見ながらリズに言うと、リズもまた真っ直ぐダレスを見ながらラスティの肩に手をやり応える。
ダレスは振り抜いた右腕の反動をそのままターンするのに利用し、振り向きざまカルキノスの胸部辺りに左手のガントレットに開いた穴を押し付ける。ガントレットの穴には振り向く途中でフラッシュバンが仕込まれていた。
「ふっ・・・あばよっ!!!」
ダレスは1つ鼻で笑うと、左のガントレットを押しつけたまま、右手でガントレットについた引き手を力一杯手前にスライドさせた。
ドゴオッ!!!
その瞬間、カルキノスの体内から鈍く大きな音が振動と共に響く。
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