『接敵』

「えっ?なにこれ・・・」


「ねぇさん。これって、いったい・・・」



 一帯にいるほぼ全員の視線を受け、リズとダレスは唖然として言う。

 ラスティは訳がわからないという感じで、周りをキョロキョロと見渡していた。

 


「あの匂い・・・やられたわね・・・」



 リズは好奇の視線を浴びながら、何かを悟ったのか苦虫を潰したような表情で言葉を漏らす。

 そうこうしている内に、先ほどから声を上げていた聖騎士が三人の座るテーブルへと近づいてくる。

 大層な髭を蓄えた大柄な聖騎士はテーブルの前で仁王立ちに止まるや否や、野太い声を出し少々急ぎ気味の早いテンポで話し始めた。



「お前たちか?先ほど女が言っていた、中層を進む予定だという探索者は?」


「まぁ。それは間違いないんだけど・・・

 あぁ!もうっ!・・・いいわ。それでどんな状況なの外は?」



 リズはテーブルに座ったまま、聖騎士の言う事に不服そうな顔で肯定するが、次の瞬間には半ばヤケクソ気味で仁王立ちの聖騎士に現在の状況を聞く。



「偵察に出ていた者からの報告だと、ここからそう遠くない通路で対象は徘徊中との事だ。

 いつこちらに来てもおかしくない為、討伐をお願いしたいのだが。」

 

「そちらは、何人いるの?」

 

「若いのを二人出す。どうだ?問題はあるか?」


「わかったわ。で、報酬は?」


「ちょっ!ねぇさん!?」


「もちろん報酬は出す。金貨5枚でどうだ?」


「まぁ、妥当なところね。それと聖騎士様にお話を伺いたいんだけど?」

 

「情報か?まぁ、いいだろう。」


「それじゃ、交渉成立って事で・・・

 ダレス、ラスティ行くわよ!」



 話の途中で図々しく報酬の話を切り出すリズに慌ててダレスが言うと、聖騎士はダレスを制止するように手をかざして淡々と交渉に応じる。

 話が終わると同時にリズは両手でテーブルを勢いよく叩き、その勢いのまま立ち上がると二人に号令をかけた。



「あぁ、いるいる・・・

 初めて見るけど、結構デカイわね・・・」



 三人は若い聖騎士二人に案内され、拠点を出て間も無く進んだ通路で様子を窺っていた。

 リズの視界の先には、遠目で見る限り2メートルはある赤い巨体が薄暗い中をうろついているのが見えた。



「どう対応する気だ?」


「そちらは、何か考えが?」


「い、いや・・・」


「あの、カルキノスって足早いの?」


「あぁ、アイツの動きは結構早いぞ。」


 

 心配そうに聞く聖騎士にリズは促すように言うと、力無い声で若い聖騎士は答える。

 正直、リズは期待はしていなかったが、期待通り過ぎて呆れている様子だった。

 そんな中でも、知りたい情報はしっかりと仕入れるリズ。

 

 

「そうね・・・正直あの個体に詳しくないから・・・

 ここはそれほど狭くないし、開幕トラップから始めましょうか?」


「トラップって?今からか?大丈夫なのかよっ。」



 入念に辺りを見回しながら、リズは場の皆に策を提案した。

 即座に今度は期待通りだった聖騎士とは別の聖騎士が口を挟んでくる。



「ラスティ、ザックの中にテント用のペグとワイヤーの束が入ってるから出してくれない?」


「ぺ、ペグ?」


「根元が丸い輪になってる金属の杭よ。ペグは4本お願い。」


 口を挟んできた聖騎士を他所に、リズは通路の両側の壁を靴のつま先でコツコツと硬さを確かめる様に蹴りながらラスティに声をかけた。



「リズこれであってる?」


「えぇ。ありがとっ。」


「ダレス。ちょっと手伝ってくれない?」


「了解っ。」



 リズはラスティから受け取ると、ダレスが通路の両側の壁それぞれ縦に2つづつ、ペグをガントレットで殴る様にして打ち付けた。

 両側の壁に向かい合う格好で突き刺さった4つのペグは、人の膝と腰の辺りの高さに打ち付けられている。

 そこへリズが両側の2つのペグを繋ぐように、手際よく幾重にもワイヤーを張っていく。



「からの・・・おまけよっ!」


 

 ワイヤーを貼り終えたリズは、ワイヤーで仕切られた通路の向こう側に向かって懐のポーチから無造作に撒菱を撒いた。

 

 

「ワイヤートラップか・・・」


「そうよ。中層のモンスター相手にまともに効くとは思ってないけど、隙が作れれば万々歳よ。」


「ダレス、すごいねっ。リズ!」


「ふふん・・・だろ?」



 若い聖騎士は設置されたワイヤートラップを見ながら言うと、リズの手際の良さに感心しているようであった。

 その一部始終を見てラスティは横のダレスに思わず声を掛けると、ダレスは自分の事のように鼻を鳴らして得意げに自慢をする。



「あ、言い忘れてたけど、トラップ突破されると仮定して・・・

 その時はあなた達二人が壁になるのよ?」


『なっ・・・!』


「持ってる盾は飾りな訳?・・・まさか、それはないわよねぇ・・・」


「あっ、当たり前だ!」


「それじゃ、よろしく頼むわよっ!」

 


 リズが思い出したようにs言うと聖騎士二人が同時に「嘘だろ?」と言いたげな表情で声にならない音を出す。

 聖騎士の反論する余地を与えずリズが二人の装備した大楯を指差し口を手で隠すような仕草で追い討ちをかけると、一人が快い返事をした途端、捨て台詞と共に踵を返しリズは後方へと下がって行った。


 

「さて、みんな覚悟は出来た?行くわよっ!」


 

 最後尾に陣取ったリズは正面に向き直ったと同時にその場の全員に活を入れる。

 同時に聖騎士二人は先頭で持った大楯を構え、その後ろにはダレスが配置に着いていた。

 リズの前に位置するラスティは、ザックを背負ったまま取り敢えずショートソードを構え、戦闘に備えて大きく深呼吸をした。

 

 

「ダレス!呼んで!」


「了解っす!」


 ピイイィィィィィィ・・・・・・



 リズの合図と共にダレスが大きく息を吸い、思いっきり指笛を吹いた。

 指笛の甲高い音が辺りの空気を震わせ、波紋のように通路の奥へと伝わっていった。


 ガサッ・・・・・・ガサガサガサガサ!

 

 甲高い音の余韻が消えるかどうかという時、息を呑むその場の全員の耳には奥から別の音がこちらへと近づいてくるのが聞こえてきていた。



「くるぞっ!」


「おうっ!!」



 ダレスが目の前で大楯を構える二人の聖騎士に準備はいいかと言わんばかりに声をかける。

 二人は顔を見合わせ互いに1つ頷くと、一人が威勢の良い声で応えた。

 ダレスは通路の奥に目をやると、角を曲がったのかモンスターと思われる姿は見当たらなかった。

 しかし確かに近づく足音と思われる音・・・そして突然それは姿を表した。

 

 

「何あれ?気持ちわるっ!」


 

 姿を表したカルキノスの姿を見て、リズは反射的に声を出す。

 リズの視界に飛び込んだそれは、その色合いから立って走る海老もしくは蟹を連想させる様な姿のモンスターだった。

 エビの尻尾の内側に幾つも生えた足でまるでゴキブリのように素早く走り、逆エビ反りに立ち上がった上半身には、エビとしては不釣り合いな程に大きな2つの蟹の様な鋏が付いていた。

 大きな鋏を振り上げて走るその顔は鼻と口を露出させ目が飛び出た蟹のマスクをした、人間の顔の様にも見える。



『ひっ!』


「ほらっ!覚悟を決めろよっ!」


 

 猛スピードで迫るモンスターを前に聖騎士の二人は怯むように同時に声を上げるが、背後にいるダレスが二人の背中へと両手で張り手をお見舞いして言う。

 二人の反応も無理はなかった。あの姿で初めに遠目で見た通り体調が2メートル程あるのだから、近づくだけで恐怖を感じさせる流石は中層以降のモンスターであった。

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