『覚醒』


─── 五階層入口付近 ───


 

 ダレス、ラスティの二人はあのあと、少女の亡骸とリズを五階層の入口近くで待機していた探索者達の元へ運び、全員で休憩を取っていた。

 近くでは白い布で覆われた少女の亡骸を強く抱き声を殺して、母親の女性が泣いている。

 老齢の男性がもう一人のまだ小さいその女性の子供を抱いて、心配そうに見つめていた。

 リズはザックを枕にして、ダレスとラスティの見守る前で横たわる。まだ意識は戻らない。


 

「そんな事があったんだ・・・」


「だからねぇさんあの時、相当参っていたんだと思う。」


 

 ラスティはダレスから、リズの過去の話を聞いていた。

 その話を聞いて、あれからずっと握った手を解こうとしないリズの右手に視線をやるラスティ。

 その手には、柄の部分に幾何学模様の施されたナイフが握られていた。

 ナイフの血は完全には拭き取られていなかった。


 

「そんな昔のナイフなのに、すごく綺麗だよねリズのナイフ。」


「あぁ、いつも綺麗に手入れしてるからな・・・

 ねぇさんに取っちゃお守り・・・というか、形見と一緒なんだろうよ。」


「そっか、リズの宝物なんだね。」



 小一時間程経った頃、探索者一行が一度三階層の拠点に引き返そうと話をしていた。

 話がまとまったのか一人の探索者が、ダレスに声を掛ける。



「こっちは全員で一旦、三階層へ戻る事にしたんだが、あんたらも一緒に来るかい?」


「気遣いありがとさん。俺たちはしばらくここにいるよ。」


 

 言いながらダレスは、リズの顔色を確認した。



「そうか・・・今回は助かった。

 気をつけてな。」



 探索者の男が、後ろで子供を抱いたまま依然として涙する女性を気遣う様にダレスの耳元で、声を抑え別れの挨拶をする。

 

 探索者一行は準備が整うと、傍にある四階層へと階段をゆっくりと登っていくのであった。

 先ほどまで人がいたおかげで空気も暖かく感じられたダンジョン内に、再び冷たい空気が流れ始める。



「さてと、これからどうするかだな。」


「リズが気が付いたら、僕らも三階層まで戻る?」


「いや、それはないだろうな・・・

 ねぇさんの事だから、低層を一気に通過する考えだと思うしよ。」


「大丈夫なのリズ・・・」


「心配ないさ。ねぇさん女だけど、色々修羅場を潜ってきた一流の探索者だしなっ。」



 ダレスが仕切り直すように言うと、ラスティは少し弱腰気味に言う。

 ダレスの話を聞きながらラスティはリズの事が心配だった。

 もし自分だったらと考えると、この状況下で先に進む事など到底出来なかった。


 

「・・・んっ・・・」


 

 しばらくするとリズはゆっくりと目を開け、ダンジョンの天井見つめる。



「ねぇさん、気づきました?

 気分はどうっすか?」


 

 それに気づいたダレスは顔を覗き込むようにして話し掛けた。

 なんとなく落ち着かないラスティは近くを行ったり来たりしていたが、ダレスの声を聞くとすぐに二人に駆け寄る。



「リズ、大丈夫?」


「アンタ、汚い顔近づけないで・・・」


「え、あっ!」



 ラスティが心配そうにそういうと、リズはいつもの調子で顔を近づけるダレスに悪態をついた。

 ダレスは慌てて顔を離す。するとリズはゆっくりと上半身を起こし、自分の右手に握られたナイフへと視線を落とした。



「ダレス。迷惑かけたわね・・・」


「いや、なんてことなかったっす。」



 リズは気を失う前の記憶が一気に戻った様子で、小さく一言ダレスに言った。



「二人でここまで、運んでくれたの・・・?」


「リズはダレスがここまで運んでくれたんだよ。僕は・・・っ」

 

 

 周囲を確認する様に見回したリズがそう言うと、ラスティはリズが気がついて少しテンションが上がっていたせいか、余計な事を言おうとしていた言葉を飲み込む。



「そう、ありがとう。他の探索者は?」


「他の連中は三階層へ一旦帰るって、少し前に四階層へ上がって行ったっす。」


「そっか・・・何の役にも立てなかったわね・・・」



 リズは上向きに顔を上げて、遠くを見るようにポツリと言う。

 ラスティにはリズが流れる涙を堪えているように見えると同時にダレスの話に出てきた、あの子を思い出しているようにも見えた。



「さぁ、これからどうします?ねぇさん。」


「そうね・・・まずは低層階を突破しないとね。」



 ダレスはなんとも言えない雰囲気に堪らず話題を変えようと、促すとリズは己に活を入れる様に声のトーンを努めて高くして答える。


 各々準備をしているとリズが、ナイフの血の汚れを丁寧に拭きながら口を開いた。


 

「それにしても、随分と時間を食っちゃったわね。」


「まぁ、低層でも何が起きるか分からないってことっすよ。油断は禁物っす。」


「ねぇ、低層突破って、そこまでが低層なの?」


「この前、十階層毎に拠点があるって教えたの覚えてる?

 基本的にどこのダンジョンでも、拠点を境にして低層、中層、深層って感じで分かれてるの。

 でも、最深部は例外だけどね。」


「最深部は例外?」


「そうよ。最深部と呼ばれる深層のその先のは、未開の地と言ったところかしら。」


「誰も行った事がないって事?」


「0ではないにしても、それと同じね。最深部がどうなっているのか、殆ど何も分かってないって話だから。」


「じゃぁ、まずは十階層を目指さないとだね。」


「ビンゴ。そう言う事。」



 リズはラスティの質問に知っている事を噛み砕くように教えてやると、それが嬉しかったのか次の目的の階層を意気揚々とリズに答えてみせる。


 

「さてとっ、お二人さんそろそろ行きましょうか?」

 

 

 そんな会話をしていると皆の準備が終わったのを確認したダレスが、ランタンを持って立ち上がりながら二人に声を掛けた。

 ダレスの先を譲るかのように通路の奥へ伸ばす掌を上にしたその仕草を見て、リズは手で虫でも追い払うかのような仕草をして早く先に進めと促がす。

 ラスティはザックを背負いながら、それを見て苦笑いするほかなかった。


 三人は十階層の拠点を目指し、改めて通路を進み始めた。

 五階層ではあれだけ、大騒ぎしていたにも関わらず他のモンスターとの遭遇はなかった。

 同じく六、七階層も数回モンスターと遭遇したが、ゴブリンやら得体の知れない虫の様な有象無象ばかりだった。


 八階層に降りてしばらく通路を進んでいると、リズがダレスに向かって口を開いた。


 

「そういえば、ダレス。

 なんで、英雄様は武器を持ってなかったんだろうね・・・」


「ああ、それっすか?

 俺1つ考えてたんですけど俺と同じく拳で殴る様な武器だったって事は・・・

 だとすれば、防具だと勘違いされてもおかしくないっすよね?」


「ダレス。確認したのは、公安の聖騎士様よ?

 そんな間違いしてたら、務まらないわよ・・・」



 ダレスの的外れな考えに、大きくため息をつくリズ。

 リズが話すとラスティは少し驚いたように、ビクッと反応した後二人を注意深く窺っていた。

 リズは不可解なハートランドの行動を頭の中であれこれ考え始めると、一人でブツブツと呪文のような独り言を口にする。



 「何で武器を持っていなかったの・・・?

 いや、現場で見つかっていないだけだとしたら・・・

 持ち去られたと考えるのが自然よね・・・

 ん?うん、そうね。そうなると、現場には三人目がいるって事に・・・誰?

 もしそうでないとすると、やはり持っていなかった・・・?

 ダレスの話してた衛兵の話・・・武器を持たない人間を普通、関所を通す?

 英雄だから?ありそうな話ではあるけど・・・通した衛兵は誰か特定されていない・・・

 それにしても、武器を持たない合理的な理由がどう考えたって・・・そんなのあるはずが・・・」



「ねぇさん!!あぶなっ・・・」


「え?・・・ひゃっ!!!」



 ダレスが突然声を上げた瞬間、リズの体は一瞬中に浮いた直後落下しようとしていた。

 二人の間を進むラスティが、それに気づいて慌ててリズの体を下から支える。

 リズは下りの階段に差し掛かったが、気づかず転げ落ちる寸前だった。



「ひえぇっ!」


「ちょっとリズ!何してるのっ!?」



 リズを支えるラスティが言うと、支えられる事で体制を崩したままでも落ちないリズは、焦って体制を立て直す。



「ねぇさん!足元気をつけて下さいよっ!

 ねぇさんが落ちたら、俺たち二人とも巻き添え確定なんっすから!」


「はは・・・ごめん・・・」



 珍しくダレスに叱責されたリズは、今の一瞬で身体中から汗が吹き出した様で、背中が濡れているのを感じていた。

 リズの悪い癖だった、気になる事が難解であればあるほど、考えに耽ってしまい周りも見えなくなるのだった。


 その後、これといった難関もなく十階層へと降りる階段まで辿り着いた三人。



「意外と早くここまで来たっすね・・・」


「まだ低層だし、こんなもんじゃない?

 あのモンスターの大群が異常だったのよ・・・」


「まずは、拠点を探さないとだよね?」


「そうね。でもすぐに見つかるとは思うけど・・・」



 ダレスが腕組みしながらそういうと、リズがさも当たり前といった風に言う。

 ラスティはここにきて自分の中の捉えようのない不安が、いつしか好奇心へと変わりつつあった。

 

 三人は静かに口を開ける、十階層への階段を下っていく。

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