『心覚』

 十五年前 ───



 辺境にあるとある孤児院。

 そこではシスター・ナザレのもと、親を持たない子供たちが集められ、日々を過ごしていた。

 ここにいる子供たちは主に、戦争や日常またはダンジョンでの不慮の事故などで親を失った子供たちが大半を占め、年齢は一歳に満たない乳飲み子から、上は16歳前後の少年少女が在籍している。

 子供たちは17歳頃までに養子としてここを出るか、ここで孤児の世話役や農夫として働く事が通例となっていた。


 夜の帳が下りて辺りがすっかり暗くなり夕食の時間になると子供たちは広間に集められ、食事の為の準備を各々手伝う。そこは、ダイニング兼子供たちの生活の場所でもある。

 

 

「ねぇ、ミリは大きくなったら何になりたい?」_


「う〜ん。お嫁さん・・・?」


「誰のお嫁さんになるの?」


「わかんない・・・」



 一緒に食事の準備をする10歳程の少女2人が、テーブルに食器を並べながら話している。

 赤毛のショートカットに薄く青いアクアマリンのような瞳が印象的な片方の少女が将来の話をすると、ミリと呼ばれた少女は漠然とした自分の未来を話す。よくある少女同士の会話だった。



「リズは何になるの?」


「わたしはねぇ、宝物をいっぱい探したい!」


「宝物?」


「そう。自分だけの、キラキラしてて、すごいのっ!!」


 

 黄色味がかった銀色の長髪を揺らしてミリが言うと、リズと呼ばれた少女は目を輝かせ得意げに話してみせる。

 この時のリズが言う宝物は宝石などの類ではなく、子供ながらに自分だけの大切な何かという漠然としたものであった。

 このように二人はいつも行動を共にし孤児院の中でも特に仲がよく、このような話を暇があればしていた。



「リズ、ミリ、手がお留守になってるわよ。

 準備が出来たなら早く座りなさい。」


「はーい。」


「リズ、こっちで一緒に座ろっ。」



 世話役の女性に叱られ返事をしながら持っていた皿を急いで置くリズの袖口を、ミリが引っ張り仲良く隣同士で座る。



「さぁ、皆さん席に着きましたね。

 それでは、祈りを・・・」



 シスター・ナザレは子供たち含めその場にいる全員が席を着いた事を確認すると、胸の前で手を組み祈りを捧げる。

 その場にいる全員が一斉に祈りをはじめると先ほどまで、賑やかに飛び交っていた子供たちの話し声がピタリと止んだ。

 広間にはしばらく厳かな祈りの言葉だけが響く。

 そして祈りが終わると一斉にあがる子供たちの声で、再び辺りが騒がしくなった。



「ねぇ、リズ明日は何をして遊ぶ?

 湖の方に行って、ピクニックごっこしない?」


「それもいいけど、キレイな物を探したいなぁ。」


「湖の近くにもキレイな物あるかもよ?

 うん。うん。きっとあるよ。」


「そうかなぁ・・・」

 


 祈りが終わった途端、隣のリズに向かってミリが明日の予定について話し出した。

 リズの主張をミリは半ば強引に自分の主張に塗り替える。

 敷地内にある湖がミリのお気に入りスポットで、特に食べ物を持って行くスタイルを好んだ。

 ミリは大好きなリズと一緒に、好きな場所に行けると考えただけでワクワクしていた。


 夕食が終わりしばらくすると、子供たちは各々就寝のために部屋へと戻っていく。

 13歳以上の子供たちは、同性二人で一部屋が与えられていたが、それ以下の子供たちは乳飲み子を除いて大部屋が与えられていた。ちなみに乳飲み子は、各世話役がワンツーマンで世話をした。

 リズ、ミリも例外なく二段ベッドが6つ並ぶ大部屋の二段ベッドで寝起きをしている。もちろん同じ二段ベッドの上下に陣取っていた。



「リズ、明日は湖だからね。約束だよ。」


「わかったよ。しょうがないなぁ。」


「皆さん、そろそろ就寝時間ですよ。

 はいはい・・・静かにして。あかりを消しますよ。」



 消灯時間が近づき布団に入りながら、二段ベッド上段のリズに向かって下段のミリが言う。

 リズたちの話が終わるとほぼ同時に世話役の女性が部屋の扉を開け、まだ遊び足りない子供たちを嗜める。女性は言い終わると素早く部屋の明かりを消して、扉を閉めた。



「リズ、おやすみ・・・」


「おやすみ。ミリ・・・」



 暗くなった部屋の中お互いささやくように就寝の挨拶を交わすと二人はすぐに眠りに落ちるのだった。



「よいしょっと・・・ん〜っ!」


 

 翌朝。部屋の中で一番に目覚めたミリは、ベッドから出て思いっきり背伸びをする。

 次に射し込む朝日で眩しそうにしながら、窓の向こうの景色に向かって言う。



「今日は、いいことがありそうっ。」



 しばらくすると、続々と子供たちが目を覚ましはじめた。

 いつも目覚めの早いリズが今日は起きてくるのが遅いと感じたミリは、ベッドの下から自分の枕をリズの寝る上段に放り投げてみる。



「んぎゅっ・・・」



 変な音がしたかと思うとしばらくして、リズが枕を顔に当てたまま、上半身を起こしてミリ見下ろすようにして振り向いた。



「あたりぃ〜!」



 それを見るなりミリがイタズラっぽく言うと、リズは顔の枕を大きく振りかぶって投げるような仕草をしてみせた。

 間髪入れずミリはリズの背後にある部屋の扉を無言で指差す。

 リズは何かの気配を感じながら、恐る恐るゆっくりと扉のほうへと首を回した。



「何してるのっ!!

 リズ!馬鹿なことしてないで、早く身支度をなさいっ!!」



 開いた扉のその先には、顔を赤くした世話役の女性が手を腰に当て仁王立ちしていた。

 ミリは叱られるリズを見て、肩を震わせ笑いを堪えている。

 リズはミリとは対照的に、なんて寝覚めの悪い朝なんだと内心思うのであった。



「もう・・・ミリ、朝からひどいよ・・・」


「リズが起きないから悪いんだよ?」

 あ、今日は湖に行く約束だよ?覚えてるよね?」


「うん。覚えてる。」


「食べ終わったら、今日持っていくお菓子をシスターにお願いしてもらわないと。

 リズも、一緒に来るよね?」


「いいよ。一緒にいこっ。

 ・・・でも、宝物見つかるかな・・・」


「リズは心配屋さんだね。大丈夫だよ。絶対あるって!」



 二人は朝食をとりながら今日の予定の流れを確認するように話し合う。

 リズは昨日まで、あまり気が進まなかったが、今は気が早っていた。

 1つ気がかりがあるとすれば、身体が本調子ではないと感じていたが、さほど気には留めていなかった。


 リズとミリの二人は無事シスターから来客用のお菓子を分けてもらい、それを世話役から借りた植物で編まれたカゴに入れると敷地内の湖へと向かった。

 国の中央からかなり離れた辺境の地に土地を構えた孤児院だという事もあって、その土地はかなり広大だった。

 敷地内には、湖の他に敷地外から連なる森があるだけでなく敷地内では農業と酪農を営んでおり、自然と一体となった孤児院であった。

 湖へ向かう途中、敷地内で農作業をする孤児院の見知った農夫たちに声をかけられると無邪気に手を振って返す、二人。

 しばらくすると、目当ての湖に到着した二人はほとりに持ってきたテーブルクロスを広げ、その上にペタリと座る。



「ん〜。いい天気だね〜。

 ほら、リズ見なよキラキラしてキレイだよ!」


「ほんとだぁ。

 でも、宝物見当たらないよ・・・」


「あれだって、キラキラしてるよ?」


「してるけど、あれは違うよぉ」


 

 持ってきたクッキーを口に運びながら、ミリが湖にを指差し言う。

 リズは答えながら、自分の目当てのものが心配になってきた様子だった。

 目の前には穏やかに揺らめく水面が広がり、辺りは静かで小鳥たちの囀りと、敷地外から連なる森の木々のざわめきだけが聞こえる、どこか幻想的な雰囲気の場所であった。

 小一時間程、女子トークで盛り上る二人。


「お散歩しよっか?」


「うん。なんか見つかるかも。」



 しばらくして二人で持ってきたクッキーを全て平らげた頃、ミリが突然立ち上がるとリズに言った。

 リズも嬉しそうに、快く返事をする。

 広げたテーブルクロスをたたむのに少々苦戦する二人は、これからはじまるちょっとした冒険を前に胸が弾んでいた。

 

 

「ちょっとあっち行ってみようよ。」


「でも、大丈夫かな・・・」


「一人じゃないし、大丈夫だよ。」



 しばらく湖の周りを歩いていると、ミリは青々と生い茂る木々が密集する森を指差し言った。

 リズは少し怖気付いたような素振りを見せたが、ミリも一緒だし心配ないだろうという結論に至る。

 それはシスター・ナザレや世話役からいつも、森には一人で行かないようにと言われている事もあっての事だった。


 森に入った二人は、一定の距離を保つように二手に分かれて何かないかと探し始める。

 ダンジョンで探索者がするお宝探し気分そのものだった。



「リズ。なんか見つかった?」


「なんにもないよぉ・・・」


「リズ知ってる?ダンジョン?ってとこがあってね。そこに宝物がいっぱいあるんだって。

 リズも大きくなったら、そのダンジョン行くの?」


「へぇ、そんなのがあるんだ・・・

 いいなぁ、わたしも大きくなったら・・・」



 ミリはもっと幼い時に世話役から夜伽で聞いたことがある話を思い出して言う。

 リズは興味深そうに想いを馳せる。まだ見ぬ未来の自分を想像して。



 「あ・・・・・・

  あれ、なんだろ・・・」


 

 しばらく辺りを探す二人、ふとミリは視界に何かが光るのを捉えた。

 ミリの視界にはそこだけ木が生えていない木漏れ日が差す場所にキラリと光を反射する何かが目に入る。

 リズの言う『宝物』だと直感的に感じたミリはその光の元へと駆け寄ろうとした。



「ミリ、もう帰ろうよ・・・

 わたし、頭がイタイよ・・・」


 

 その時、背後でリズが苦しそうに振り絞るような声で言う。

 リズを置いてその光るものを取って来ようと考えたミリだが、リズの苦しそうな顔を見て明日また一緒に来れば良いと思い、リズの元へと駆け寄る。



「リズどうしたの大丈夫?

 頭痛いの?」



 ミリは心配そうに俯いたままのリズの手を取ると、今日はもう孤児院へ帰ることにした。

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