『狂乱』
「クソっ・・・」
「ちょ、ダレス、待ってよ・・・」
異常とも言える女の叫び声を聞いてダレスの頭に最悪の事態がよぎる。考えるより早くダレスは声のする方へと猛ダッシュする。慌ててラスティもその後を追う。
ラスティの声は小刻みに震えていた。
ダレスは颯の如く通路を駆け抜ける。やがてリズとラスティが別れたT字路へと差し掛かると、退避していた探索者の男性二人が、先ほどの声で非常事態を感じてこちらへ向かってきていた。
「おいっ!どうした!?何かあったのか!!」
「いや、まだ、わからねぇ!
俺たちが向かうから、あんたらは戻っていてくれ!」
こちらへ駆け寄りながら男の一人が、こちらへ向かって叫ぶ。
ダレスは、先を急ぐように一度止まって吐き捨てるように言うと、急いでリズが向かったであろう通路へ入っていく。
ダレスと、ラスティは撒菱を頼りに通路を直走る。
幾つかの分かれ道を過ぎたところで、奥から微かに人の声が聞こえてきた。
「・・・そ・・・く・・・そっ・・・」
途切れ、途切れに聞こえてくる声を辿り通路を進むと、ダレスはぴたりと足を止める。
ダレスの視線の先には通路の右側の部屋に入る入り口があった。
その部屋から確かに声が聞こえてくる。
ダレスはランタンを掲げ、ゆっくりとその部屋の入り口から中の様子を窺った。
ラスティも恐る恐るダレスの後ろから、部屋の中を覗く。
ドスッドスッドスッ・・・・・・
部屋からは何かを叩くような鈍い音が何度も聞こえる。
ダレスは薄暗い部屋の中に黒い塊のような影を確認すると、音を発するその影をランタンで照らす。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
ランタンの光は、血まみれの両手でナイフを握り馬乗りになっている物体に取り憑かれた様に何度もナイフを突き刺すリズの後ろ姿をあらわにした。
─── 20分程前 ───
「どこ?どこなの・・・どうしよう・・・
どこに・・・クソっ!一体どこなのよっ!!!」
ラスティと別れたリズは通路沿いの部屋を、焦りから独り言を言いながら1つ1つ見て廻った。
最初はブツブツと言っていた独り言は、次第に耐えられなくなり怒鳴り声となる。
リズは追い詰められていた。その理由を本人も自覚している。
「あの時はダメだった・・・
・・・絶対にさせないっ・・・」
過去に経験した光景が頭から離れないようだった。
それはリズの中で単なる記憶から、トラウマという魔物に変貌していた。
いくつ通りを曲ったか、幾つの部屋を確認したか定かではないが、リズは突然何かに反応する。
同時に足を止め、辺りを窺うようにして耳を澄ませる。近くから微かではあるが、物音が聞こえてきていた。
音がする方向へ聞こえてくる物音を逃さなぬように、忍足で音の発生源を探るリズ。
注意深く耳を澄ませ通路を進んで間も無く、音の発生源であると思われる部屋が特定できた。
確信を得たリズは警戒するのも忘れ、その部屋へと飛び込んだ。
部屋の中、黒くうずくまるように潜んでいる影が確認できた。
コボルト ───
そう直感的に感じたリズは背面からナイフを抜き取り、影めがけて間合いを詰める。
直後、飛び込んできた光景を目の当たりにして、突然足を止めたリズ。
「い゛や゛あぁぁぁぁぁ・・・・・!!!!!」
叫んだリズの瞳孔は開き、心臓の鼓動を感じる程に気持ちが昂りその表情は、まさに鬼の形相となっていた。
うずくまるその影はリズの直感どおり、コボルトだった。
それは潜んでいた訳ではなく、何かを貪るように喰っている。子供だ。
コボルトはその小さな体の腹部を鋭い牙で食い破り、内臓を喰っていた。
「だぁめえぇぇぇぇぇぇっ!!!」
リズは半狂乱の叫びをあげながら、子供を喰っているコボルトに飛びつくように体当たりをお見舞いした。
食事中の無防備なコボルトは抵抗する間もなく、部屋の奥の壁にリズ共々激突する。
そのままリズは抵抗出来ないように、コボルトの両腕を足で踏みつけて馬乗りになった。
「くそおぉぉ!くそっ!くそっ!!くそっ!!!」
リズは持ったナイフを両手で握り、叫びながらコボルトの頭部と胸を何度も何度も滅多刺しにする。
コボルトは痙攣し、やがて絶命するがリズの手は止まらない。
それはコボルトだと分からないほどに崩れ、大量の出血でまるで水分の多い挽肉の塊のようになっており、頭蓋骨の一部が露出していた。
リズは過去の自分の恨みを晴らすかのように、無心でナイフを突き刺し続ける。
部屋には湿った沼地を踏みつけたようなピチャピチャという音が響き、ナイフを刺す鈍い振動が何度も周囲に伝わっていく。
それは永遠に続くかと思われた。
そこへ部屋へと走る、2つの足音が近づいてくる。
しばらくすると、部屋の入り口に立つダレスが掲げ照らすランタンの光がリズの姿を明らかにした。
「・・・っ!」
ダレスは素早く駆け寄ると背後からリズのナイフを握る血まみれになった両手首を振り上げられたところで力一杯握り、やめさせようとする。
リズはダレスの手を振り払う様にしばらく抵抗するが、次第にその力が弱まり動きを止めた。
ラスティも後を追うようにしてリズの元に駆け寄る。
馬乗りにしている物体がダレスの視界に入ると、そのひどい有様は男といえど目を背けたくなるほどであった。
顔はめちゃくちゃで判断が付かなかったが、人の物ではない手の形状から探していたコボルトだと判断できた。
「な、なんなんだよこれ!?
リズ、大丈夫なの?」
「・・・・・・」
その光景を見て言うラスティは、気が動転している様だった。
ダレスへ確認するラスティに、ダレスは無言でリズをコボルトから引き離すと、頭と肩を片腕で支える様にして体を横にした。リズは気を失っている。
リズの容体を確認したダレスは、近くを見渡す。
少し離れたところに、子供と思われる影が床に横たわっているのが見えた。
それを見て、異変に気づいたダレスはラスティに声を掛ける。
「ラスティ、ちょっとねぇさんの頭支えてやっててくれないか?」
「うん。わかった・・・」
ダレスはラスティと変わると、ランタンを子供の影に照らしながら歩み寄る。
「ダメだったか・・・」
ダレスはそう呟くと、リズの方を見て複雑そうな表情をする。
ダレスは静かに子供の亡骸を優しく抱き上げた。その子供は10歳前後の少女だった。
「ねぇさんも、辛かっただろうに・・・」
ダレスは少女に向かって、軽く黙祷を捧げるとポツリと呟く。
「ダレス・・・?」
「・・・・・・」
少女を抱え二人の方へと歩くダレスを見て、ラスティが言うとダレスは無言で首を一度振って答える。
「ラスティこの子は、お前に頼んでいいか?」
「うん・・・」
そういうとダレスは、そっとリズを床に寝かせて立ち上がるラスティの腕に少女を託した。
ラスティは腕の中で抱いた少女に、黙祷を捧げる。
「ラスティ、皆のところに戻るか。」
「そうだね・・・この子を早くお母さんのところへ連れて行かなきゃ。
・・・もう少し我慢してね。」
そう言うとラスティは、少女を見ながら軽く微笑む。
ダレスはリズを背中に背負うとここへと向かう時とは一変して、落ち着いた足取りで部屋を出た。
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