『捜索』

「どうした、何があった!?」



 ダレスは、異常を感じて残りの階段を駆け降りながら声を掛ける。

 そこには、血を流した男の他に二人の男がいた。

 一人は負傷した男を支え、もう一人は怪我の手当てをしている様だった。

 男三人の身なりを見る限り、探索者と思われた。



「こ、コボルトだ!

 この先でコボルトのパーティーが出た!」



 負傷した男を支える男が、駆け寄るダレス達を見て注意を促すように言う。

 

 コボルト───

 犬というよりは狼の様な頭と尾を生やした、首から下はほとんど人間に近い姿をしたモンスター。

 人間と同じ様に手先は器用で、武器や道具を扱い防具まで装備している個体も珍しくなかった。

 コボルトは二、三体で行動し探索者同様出没する階層を選ばず、比較的知能の高い種でありその特筆すべき点は肉食という事である。いわゆる人喰いだ。

 また複数で行動するコボルトをパーティーと称する事が、探索者の間では一般的となっていた。



「チッ・・・コボルトも潜ってるの?ここ・・・面倒ね。」


「この先で三階層へ戻ってきている途中の連中が襲われてたんだ。

 加勢したんだが一人が負傷しちまって、ここまで退避してきた!」



 舌打ちを打ちつつ言うリズに、さき程の男が事情を説明する。

 側では手当をしている男が時折こちらを確認しながら、無言で止血作業をしていた。

 リズが通路の先の方を窺うと微かに、戦闘と思われる物音や声が聞こえてくる。



「コボルトの数は?」


「三体だ。」


「ダレス、この人たちを見ててあげて!

 ラスティ!私たちは彼らを加勢に行くわよっ!」


「ラスティ、ザックは置いていけ。」



 言ってリズは通路の奥へと駆け出す。ダレスにザックを託したラスティもそれに続いた。

 二人は音のする方へ薄暗い通路を駆け抜ける。

 途中、2つの十字路を抜け間もなくすると、奥の方でぼんやりと揺れる光が目に入った。

 二人が明かりの漏れる角を曲がるとそこでは、二人の男の探索者がコボルト2体と交戦している。



 グルルゥゥゥゥ・・・

 

「くそっ、こいつらやるぞっ・・・」


「早く、こいつらをどうにかしないとっ!」


「しまっ・・・がっ!!」



 口から覗く牙からよだれを垂らし、唸り威嚇するコボルト。

 2体の手にはロングソードが握られている。片方は盾を装備した個体だった。

 二人の探索者はその攻撃を、持ったレイピアでどうにか捌いている。

 その後方には老年の男性と若い女性が一人。女性は小さな子供を抱いていて、寄り添う様に壁際に身をかがめているのが視界に入った。

 すると一人が攻撃を剣で受け止めた次の瞬間、コボルトの追撃で強烈なケリを喰らい背後へと飛ばされる。


 ガキィンッ!


「っ!!・・・ほぉぉ・・・」


 蹴り飛ばされた男が体制を立て直すより早くコボルトが追撃を仕掛けた刹那、素早くラスティがあいだに入り腰のショートソードを抜いてコボルトの追撃を受け止めた。

 予想もしていなかった目の前の光景にリズは息を呑むが、次の瞬間には安堵と感心の混じった声を上げる。



「うんっ!!」



 ラスティは受けた剣を力強く押し返すと、両手で構えたショートソードをコボルトの武器を持つ手を目掛け振り下ろすが、本人の予想を上回る刃のスピードにバランスを崩し狙いを外した。

 一瞬動揺するラスティだったが、すぐにこのショートソードの特別な加工の事を思い出す。

 大きく体制を崩したラスティの隙をついて、コボルトが追撃の為大きく振り上げたロングソードを振り下ろした。


 シュッ・・・キンッ!


「はっ!」


 グゥアァァァ・・・!!

 

 

 コボルトの動きを読んだリズは、投げナイフでロングソードの刀身を狙う。

 刀身にナイフが命中し瞬間的にバランスを崩すコボルト。

 ラスティは強く息を吐くと狙いを外した剣をそのまま切り返す様にして、コボルトの腹部を狙って横薙ぎにした。

 一閃、加速するショートソードの刃が銀色の軌跡を残しながら振り抜かれる。

 次の瞬間その軌跡をなぞるように腹部から血が噴き出し、コボルトは声をあげながらその場に崩れ落ちた。

 ラスティは無我夢中だった。初めての実践で動けた事に驚いた。

 無心のまましばらく倒れたコボルトを見つめるラスティ。

 リズは一部始終を見てラスティの振るう剣が、想像していた以上で興奮していた。

 ラスティの父親はおそらく相当の腕の持ち主ではないかと感じたリズは、ラスティに再びスイッチを入れてやるように声をかける。



「ラスティ!次よ!」



 声に反応したラスティはもう1体と交戦している探索者に視線を移すと、探索者と盾を持ったコボルトが鍔迫り合いをしているところだった。

 すかさずラスティは、探索者と睨み合うコボルトの首を後ろから薙ぎ払う。

 コボルトは首から吹き出す大量の血で意識を失ったのか、声を発する事なく倒れた。



「すまなかった、加勢感謝する。」


「助かったよ・・・」



 応戦していた探索者の一人が律儀に謝辞を述べると、もう一人が胸を撫で下ろし思わず口にした。



「あなたたちも大丈夫?」


「あぁ、大丈夫じゃ。」


「や、やだ・・・子供が、私の子が・・・」



 リズがそばで身をかがめている三人に近づき声を掛けると老年の男が返答するやいなや、子供を抱いた女が涙を流しながら、訴えかける様にしてリズに掴みかかってくる。

 女性は我が子を奪われ、気が動転しているようだった。

 ラスティはそれを見ながら、刀身に付いた血を振り払うように何度も、振っていた。



「その女性の子供がコボルトに拐われたんだ・・・」


「まずいわね・・・

 ラスティ!!」


「うん。」

 

「大丈夫、子供はわたし達に任せて。

 あなたはこの子を、守ってあげて・・・」



 謝辞を言った男が間髪を入れずリズに向かって言う。

 リズの体の中でドクンと、一度大きく心臓が脈を打つ。

 五階層入口付近の探索者はコボルト三体だと言ってた。ここにいたのは二体。

 緊急事態と察したリズが声をかけると、ラスティも事態を理解し即答する。

 リズは腕を掴まれた女性の手をもう片方の手でギュッと握り返して言うと、少し落ち着きを取り戻した女性は静かに涙を流したまま頷いた。



「ラスティ!急ぐわよ!!」


 

 そっと女性の手を解いて素早く立ち上がり言うと、リズはラスティを連れ通路の奥へと駆け出す。

 リズは内心あの老年の男性とあの女性が少々気にかかったが、あの場には探索者二人がいる。

 最悪の場合でも、ダレスが後を追ってくるはずと余計な心配を振り払って走り続けた。

 

 先ほどの場所を離れるほど、光源から遠のき視界がどんどん悪くなっていく。

 しばらく走った後、T字路が二人の目の前に迫る。



「落ち着け、落ち着け・・・

 ラスティは左に行って!」



 リズは脇目も振らず子供を連れ去ったコボルトを追うが、どこにいるのかすらわからない現状に苛立ちながら気のはやる自分を冷静になるようにと言い聞かせていた。

 コボルトは肉食、人を喰う。その事がリズの頭の中を支配していた。

 二人は止まる事なく通路を二手に分かれる。

 走りながら迷う事のないようリズは分かれ道ごと進む通路に持っていた撒菱を1つ落としながら進む。

 自分さえ迷わなければたとえラスティが迷ったとしても、なんとか探し出せるという根拠のない自信があった。



「どこ、どこ、いない・・・なんで。

 一体どこにいるの・・・?」



 リズはランタンもない薄暗い中、通路沿いにある部屋などもくまなく確認しながら、子供を連れ去ったコボルトを探す。

 前のめりになり、瞬きひとつぜずあたりを見回す。焦っているのかひどく動悸を感じていた。

 リズがダンジョン内を探しまわるその姿は、はたから見ると常軌を逸していた。


 

 五階層入口付近───


 「向こうも、片付いた頃かなっと・・・

 俺は向こうの様子を見てくるから、ちょっと待っててくれ。」

 ダレスは、スッと立ち上がり探索者三人にそう告げると、ランタン片手に通路をゆっくり奥へと進んだ。

 探索者の三人は壁を背にして、ぐったりとしていた。皆疲れているような顔をしている。

 先ほどまで血を流していた男の手当は粗方終わっていた。

 

 ダレスが通路を進んでいると、程なくしてぼんやり明かりが見えてきた。

 その明かりは揺れている。何者かがこちらへ向かって来ているようだった。

 それを確認すると、ダレスは立ち止まる。

 まず見えてきたのは、一人の男が老年の男に肩を貸して歩いてくる。少し遅れてその後ろには、子供を抱いた女性を、もう一人の男が肩を抱くようにして歩いてくるのが確認できた。

 ダレスは持ったランタンを少し掲げながら、歩いてくる探索者と思われる一行に声を掛ける。


 

「おーいっ!大丈夫かぁ?

 あの二人は、どうした?」



 先頭を歩く老年の男を支える男が事情を察したか、軽く手を上げてダレスに応答する。

 次第に彼らが近づいてくるとダレスに向かって老年の男が口を開いた。



「その娘の子供がコボルトに拐われてのぉ、それを追って奥へと・・・」


「そうか・・・

 あんたらはここをまっすぐ行って、四層へ続く階段付近に三人の探索者がいるはずだからそっちと合流してくれ。」



 ダレスは事情を聞き進んで来た背面方向を親指で指して言うと、一行が来た道を二人を追って走る。

 しばらく走るとダレスはT字路に差し掛かった。



「分かれ道・・・」



 ダレスはそう呟くと、2つの通路を見比べるようにして左右に首を振る。

 ランタンを掲げるように交互に2つの通路の奥を照らして奥の様子を窺うと、片方の通路の先の床にきらりと何かが光るのが見えた。

 それがなんなのか確かめるために光ったところまで、注意深く歩いていく。



「こりゃ、姉さんの撒菱か・・・?」



 ダレスは床に落ちている光の正体を屈んで確認するとポツリと一言呟いた。

 屈んだままふと顔を上げると、そこは十字路になっている。



「目印・・・だよな。

 じゃ、こっちにねぇさんが・・・

 ラスティも一緒なのか・・・?」



 ダレスはそのまま撒菱が落ちていた通路を小走りで進むが、すぐにふと1つの考えが頭をよぎり突然足を止めた。



「いや、あの撒菱は俺に当てた印じゃない・・・自分が迷わないため?

 あのT字路でラスティと別々に進んだとしたら・・・

 戻ったラスティに、自分の位置を知らせるためなのかっ!?」



 ダレスはブツブツ言いながら自分の頭の中が1つの考えにまとまると、リズの心配は無用。ラスティの方へ加勢に行った方が得策だと感じすぐさまT字路まで戻る。

 ダレスは生まれ持って何かを感じる事には長けてはいたが、今回ばかりはリズの真意とは食い違っていた。

 しかし、ダレスの判断材料としては全く問題がなかった。


 T字路まで戻ったダレスは、ラスティが進んだと思われるもう一方の通路に入り、ロスした時間を取り戻すかのように走り出した。


 しばらく走ると、走る足音かランタンの光が届いたのかどこからか微かに声が聞こえてくる。



「ダレス・・・?ダレスなの!?」



 ラスティの声だ。



「ラスティ!!どこだっ!どこにいるっ!?」



 大声を上げて、ラスティを呼ぶダレス。

 いつもリズにダンジョンで大声を出すなと言われてきたが、本人は毎回仕方なく大声を出しているのであった。

 実際今回もこれでモンスターが寄ってきた場合、『返り討ちにすればいいだけだ』と思っていた。

 大声を出しながらラスティの声のする方へ、たどるように通路を進むダレス。



「ダレス!ここだよっ!」


 

 進むうち十字路に差し掛かったその時、左側の通路からラスティの声が聞こえてくる。

 ダレスはすぐさま声のする方へと体を向け、ランタンで通路の奥を照した。

 奥から走る足音が近づいてくる。薄暗い通路の奥からランタンの光に照らされラスティが姿を見せる。

 ダレスの元へ走り寄りラスティは、息を切らしながら少し慌てた様子で口を開いた。



「リズとコボルトを追ってきたんだけど、途中で道が分かれてて・・・

 一人で探してたんだけど、全然見つからなくて・・・」


「あぁ、わかった。その分かれ道で、ねぇさんとは分かれたんだな?」


「う、うん。でもよかった、ダレスが来てくれて・・・」



 ダレスは、息を切らしながら話すラスティを落ち着かせるように話しかける。

 息が整いホットした表情のラスティの頭に、ダレスは力強く手を置く。

 同時にラスティの顔がパッと晴れる。



『い゛や゛あぁぁぁぁぁ・・・・・!!!!!』



 なんの前触れもなく突然、ダンジョン内に女の悲痛な叫び声がこだました。

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