『考察』

 穴を這い出た三人は再び先へと足を進める。

 会敵したであろう場所に近づくにつれて、転がる死骸の数が次第に増えていく。

 気がつくと通路には見渡す限りモンスターの死骸で埋め尽くされていた。

 

 

「なんだか、大惨事ねコレ・・・」


「公安の奴らになんか言われませんかね・・・」


「ま、その時はその時ね。」


 

 目の前のに広がる惨状を見てリズとダリスは、自分たちが撒いた種の結果に若干の焦りを感じているようだった。

 その横でラスティは無言でただただ通路の奥へ視線を向けている。

 拠点直下の階での轟音と振動、献花をしている人達にとどまらず、拠点にも間違いなく聞こえたし振動も伝わっている。



「ま、まぁ、命あっての物種ってことで・・・」


「そ、そうっすね・・・」


「あ、わかったわ。あなた達がさっき発動させた落とし穴。あれと連動してどこかの隠し部屋が解放されたのかも。

 長い事閉鎖された空間で、モンスターが大量に繁殖していたっておかしくないもの・・・

 きっとそうだわ、それならしょうがないわね・・・

 あ、もしかするとお手柄かもよコレ?献花してる人達を助けた事にもなるわけだしね・・・」


 

 現実から目をそらすかのように、リズは言い訳にしか聞こえない自分の仮説を披露すると先を急ぐように死骸を避け先に進み出した。


 しばらくすると、あたりはすっかり綺麗な先程の惨事の影響を受けていないところへと抜ける。



「止血剤全部無くなったのは痛いわね。早いうちに他の探索者か、行商にでも会えればいいんだけど・・・」



 先程の『粉塵爆発』の際、全ての止血剤を使い切っていたリズはボソリと呟いた。

 ダンジョン内には、拠点がいくつか存在しているが、ワンフロア全てが街のようになっているのは三階層だけだった。

 基本的には比較的開けた部屋を利用して駐屯地のようなものが、十階層ごとに設置されている。

 その駐屯地や拠点に物資などを運ぶ『運び屋』と呼ばれる探索者がいるのだが、その中には商いを生業とする行商人を連れている者もいる。人も運ぶのである。彼らも同じように、ダンジョン内を行き来していた。

 また低層階に限り、探索者を連れた行商人がダンジョン内で商売道具を広げる部屋もあるが、これに関しては定位置はなくゲリラ的な出店として扱われる。



「そんじゃ、こまめにあたりの部屋も気にしながら進まないといけないっすね。」


「わたしたち二人なら低層階でそんな痛手を負うような事にはならないと思うから最悪、十階層の拠点で仕入れれば済む話なんだけど・・・

 ラスティもいるし、あのミノタウロスの件もあるから、注意する事に越した事はないわよね。」


「備あればなんとやら、ってやつっすね。」


「そう、それそれ・・・」



 実際、ハートランドと一緒に見つかったミノタウロスがなぜ低層階に居たのか、未だに判明しておらずリズも皆目検討が付かなかった。

 しかし先程の、モンスターの群れの事を考えると何かが起きていてそれが要因になっているのかもしれないと、リズは漠然と考えていた。

 モンスターを爆殺した後はあれが嘘だったかのように、三人は四階層をスムーズに進んでいく。

 しばらくすると、あっけなく五階層へと続く階段がある部屋に到着する。

 途中、探索者や行商人とすれ違う事もなかったのでもちろん止血剤も、切れたままだった。

 それにしても道中モンスターに全く出会わなかったので、リズはアレでここのモンスターが全滅したのかもと軽く冗談っぽく考えていた。



「う〜ん、やっぱり考えてもどうにも腑に落ちないのよね・・・」


「何がっすか?」



 五階層へと続く長い階段を降りながらリズは頭を描きながら、なんの前触れも無く独り言のように言った。

 その独り言をすかさずダレスが拾う。



「ラスティのお父さんの事よ。どう考えてもわかんないのよ。

 なんでラスティを一緒にダンジョンへ連れてきたの?最下層に何かを探しに行くとしても、置いて探しに行った方が安全でしょ?

 ラスティに最下層を目指せって伝えてるって事と、そこに何かがあるとしたら、まずは一人で探してラスティに渡す事を考えるのが妥当じゃないかしら。」


「1度失敗してるとか?

 それかラスティが一緒じゃなきゃ、ダメだったって事じゃないっすか?」



 リズは、ダレスにしてはいい答えを返してくると思いつつ、もう一度頭の中を整理していた。


 

「1度失敗・・・それはないわね。何度失敗しようが一人で行く事の効率の方がよほど良い。

 ラスティがいる事、それ自体が前提だった・・・

 だったとしたら・・・ラスティ自身が鍵?・・・何があるっていうの?」



 いくら考えても頭の中の点と点が一向につながらない事に苛立ちを覚えるリズ。

 そしてリズは考えるのをやめた。

 今の自分には情報が足りないと言い聞かせるようにして、自分自身を無理やり諦めさせた。



「はぁ、今考えても無駄ね。

 その為にダンジョンへ潜ったんだし・・・」



 言うとリズはさっきから大人しいラスティを気遣うように、適当な思いつきで話しかける。



「ラスティはさぁ、なんか武器とか扱えたりするの?」


「う、うん。

 剣の振り方はいつもお父さんから教えてもらってた。」


「お父様は、剣士様だったのかしら?」


「う〜ん・・・どうか分からないけど、物心ついた頃から教えてくれてた。

 男なら剣が振れないと、飯食えないぞって言って・・・」


「それはそれは・・・、じゃぁ剣の扱いはなれた物なのね。」


「実践はまだだけど・・・」



 リズの問いにラスティは、初めはいきなり話しかけられてドギマギしている様子だったが慣れてきたか言葉数が増えるも、最後には恥ずかしそうに俯いてしまう。

 リズはラスティがさっきの惨状を見て、トラウマになっているのではないかと心配していたが話ぶりを見て余計な心配だったと鼻で笑った。



「ちょっと待ってラスティ。

 これを渡しておくわね・・・」



 ラスティはその声で一旦足を止め、リズが階段を降りてくるのを待つ。

 リズは腰に挿していたショートソードをするりと鞘ごと引き抜き、横を歩くラスティに手渡した。

 ラスティはそれを受け取ると、柄と鞘を両手で掴み刃を確認するように少しだけ剣を抜く。

 鮮やかな銀色に輝く刀身が姿を見せる。 



「どう、綺麗でしょ?私のお気に入りよ。

 でもそれだけじゃないのよそれ。刃の加工が珍しくって、振ると風の抵抗を少なくして本来の重さより軽く感じるし、入れた力以上に早く振れるって代物よ!」


「これ・・・」


「そんな大きな剣じゃ、いざって時に使えないでしょ?

 だからしばらく、あなたに貸しておくわ。でも、使うときは遠慮せず思いっきりね。」



 申し訳なさそうに言うラスティを遮ると、リズはラスティの背負うザックに括られた父親の大きな剣を指差して言った。

 リズの言う通り刃には見た事もない加工が施されていた、その形状が空気の抵抗を減らす様だった。

 ラスティは刃をしまうと、リズから託されたショートソードを大事そうにそれでいて誇らしげな表情で腰に挿す。腰に挿されたショートソードはラスティが持つと普通サイズの剣に見えた。

 しかし実戦の経験がないラスティは内心不安だった。いざ戦闘になった時、自分が戦えるのかどうかと。



「お、ラスティやる気だなっ!

 今度戦闘になったら、俺も邪魔にならないよう気をつけないとなっ」


「ラスティ、邪魔してたらモンスターと一緒に切り払っていいからねっ。」


「ねぇさんが言うと冗談に聞こえないんだよなぁ。こないだだって・・・」


「はいはい、バカ言ってないで前を向く!先頭がよそ見しないっ!」



 愚痴ろうとしたダレスの尻を叩くようにして、悪態をつく様に言うリズ。

 それを見てラスティは、戦闘中とのギャップに未だ二人に対して接し方が定められないでいた。


 階段を降りながら場所に似つかわしくない和んだ雰囲気で話をしていると、眼下には長かった階段が終わり五階層への入り口が見える。


 

「・・・・・・・んっ?」



 先を見ながらダレスが何かを見つけたのか頭を軽く捻った後、後をついて来る二人の方を窺う。

 五階層への入り口の近くで何やら数人の探索者が、話ているのが聞こえてくる。


 階段を降り切る一歩手前、三人の目にはその中の一人が血を流しているのが見えた。

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