『出発』
「ほら、あんた達もいい加減に起きなさいよ。」
リズは身支度を整えながら、まだベッドで寝ている二人に声を掛ける。
昨晩は、あの後決起会と称してリズとダレスの二人はここぞとばかりに酒を飲んでいた。
「今・・・何時っすか・・・?」
「もうそろそろ、昼になるところよ。早いとこ体を起こして動く!」
ベッドに寝そべったまま、二日酔いの頭を抑えながら寝ぼけた声で聞くダレスにリズが、ハッパをかける。
二人のやりとりに目が覚めるラスティ。
何かに気づき、頬に手をやると濡れているのが分かった。泣いていたようだ。
思い返すと、ぼんやりと夢に父親が出てきていたのが思い出される。
父親の死を聞くも実感が湧かずにいたラスティだったが、昨晩の一件でこれまでの不安や焦りなどが解消され気が緩んでいた。
ダレスとラスティの二人も、支度を整えると昨晩の予定通り2手に分かれる。
それぞれ買い物が終わると、三人は昨晩の酒場で昼食を取る事にした。
「ラスティ、なかなか様になってるじゃないそれ。」
「でしょ?俺のチョイス、なかなかのもんでしょ?ねぇさん!」
スープを口に運びながらリズが言うと、ダレスは間髪入れず自慢げに話し出す。
言われたラスティ本人は、自分が誉められたのか、防具が誉められたのか分からなかったが、恥ずかしそうに俯いている。
ラスティの新しい装備は、全身布製の服をベースに肩と各関節を守るように金属で加工された、とても動きやすい格好だった。
しかし、武器は新調しなかった。
というのも、リズは当面の間ラスティには荷物持ちをさせる腹積りでいたからだ。
「食べ終わったら、早速四階層に潜るわよ。」
「だ、大丈夫かな僕・・・」
「心配するな、もしもの時は俺が守ってやるからよっ!大船に乗ったつもりでお前は胸張ってろ!」
「その大船、泥船じゃないといいけど・・・」
「それ、お約束と分かっちゃいるけど、言われるとショックっすよね・・・」
不安からか弱気になるラスティを二人は掛け合いでその場を和ませる。
しかし、ダレスは本気で傷ついている様子だった。
食事を終えた三人は、四階層へと抜ける関所前に来ると順番待ちの列の最後尾に並ぶ。
並んだ列の先を見ると英雄に献花をする人が多いせいか、結構な人が並んでいる。
ラスティは、いつものルーティンの様に振る舞っている二人の姿を見ながら、不安と期待の入り混じっるワクワクとした高揚感を感じていた。
順番を待ちながらリズは背負っているザックを、下ろしながらラスティに声をかける。
「ほら、ラスティこれを持って。あなたには、荷物持ちを任命するわっ。
これは、私たちの生命線よ。とても重要な役目だから、しっかりね。」
「ラスティ、任せたぜ!」
「うん、がんばるよ。」
リズはラスティに言い聞かせるように言うと、持ったザックをラスティに差し出した。
ザックを受け取ったラスティは背中に背負った父親の形見の剣を下ろして受け取ったザックを背負い、背負っていた剣をザックの側面に縛り付ける。
その姿はまるで、ピッケルを装備した登山家の様だった。
しばらくして、順番が来ると三人は守衛の前へ歩みを進める。
「その子供は?お前達の子供か?」
守衛はラスティを見て簡潔にリズに向かって聞いてきた。
「見ての通り、わたしたちの荷物持ちよ。
わたしたちは夫婦でも無いし、この子とも血の繋がりはないわ。」
「四階層へ献花か?」
「いいえ、目的は献花じゃないわ。」
「そうか。
知ってるとは思うが、この先の四階層で大型のミノタウロスが確認されている。現在何が起こるか分からん。心して行かれよ。」
「ええ、気をつけるわ。ありがと。」
リズも最低限の言葉で、衛兵とやりとりを交わす。
衛兵の言うミノタウロスとは、英雄と共に発見された個体だった。
リズもダレスから話を聞いて、こんな低層になぜ居たのかと疑問に思っていたので理解するのが早かった。
衛兵にいちべつした三人は、関所を抜けて薄暗い四階層へと続く階段をゆっくりと降りていく。
しばらく進むと例の献花台のある大広間にさしかかった。
「結構、立派な献花台ね。ラスティ、わたしたちも手を合わせてから先に進もうか。」
「うん・・・」
リズはそういうと献花目的の列に並び、順番を待つ。
献花台はダレスが来た時よりも、華やかな装飾や花飾りが追加され見違えていた。
ラスティは肉親の献花台に祈りを捧げながら、これからの道のりの安全を父親に願った。
故人への哀悼を終えた二人はダレスと共にダンジョンの奥へと歩みを進める。
献花台のある大広間を過ぎてしばらくすると、辺りが徐々に暗闇に飲み込まれていく。
三人の目が闇に慣れないうちに、ダレスがランタンに火を灯すとランタンは三人を暖かい光で包み込み、薄暗いダンジョンの奥をぼんやりと照らしだした。
「さ、いきましょうか。」
リズが改めて号令を掛けると、ランタンを持つダレスを先頭に再び歩き出す三人。
ラスティをダレスと自分の間に置く様に最後尾を歩きつつ、リズは緊張気味にしているラスティに声を掛ける。
「例の件があるから、用心する事に越したことはないけど、通常であればこの辺りはまだそれほど危険じゃないから安心して。」
「う、うん。」
「そういえば、ラスティのお父さんは、わたしたちの同業者なのかしら・・・」
「・・・同業者・・・?」
ラスティはリズの言葉に、よく分からないといった表情で聞き返すと同時に素朴な疑問を口にする。
「二人はなんで、ダンジョン探索をしてるの?」
「俺はなぁハートランドみたいに、英雄譚で語られる男になるためだなっ。
ダンジョンの最下層を解放できれば、そりゃぁもう英雄と言っても過言じゃないだろ?」
「そうねぇ、わたしはまだ見ぬお宝を手に入れて、楽して生きていく為かしらね。」
ラスティの問いに二人は思い思い答えた。
ダレスは正直で大真面目に答えていたが、リズの方は少し冗談まじりに話ている様子だった。
「ラスティ知ってる?ダンジョンってね、ほとんどがその昔に地下牢として使われていたの。
それがいつしか使われなくなって放置されたのが、今のダンジョンなんだよ。結果、人が寄り付かなくなってモンスターが住み着いちゃったってわけ。
人の手のついていない最下層付近ともなれば、モンスターが持ち込んで隠している、お宝があっても何にもおかしくないのよ。実際、歴史的価値のある品物が見つかったっていう報告も耳にするし。」
ラスティは初めて聞く話に興味津々といった感じでリズの話に耳を傾けていた。
「リズは物知りなんだね。」
「だろ?でもな、ねぇさんはそれだけじゃないんだぜ?
戦闘知識も相当なもんよっ。男の俺だって、ねぇさんの戦いっぷりには惚れ惚れするしよ。」
「ダレス、あんたは一言余計なんだよいつも・・・」
ダレスは自分の師匠を自慢げに話す弟子の様に、嬉しそうな表情でラスティに話す。
それを聞いて、最後尾で恥ずかしそうにするリズであった。
「ラスティの、お父さんはわたしと同じように最下層に何かを探しに行こうとしてたのかも。最下層にはそれこそ何があってもおかしくないもの。
でもラスティを一緒に連れて行こうとしてたのが、ちょっと引っかかるのよね。」
「何か・・・」
「なんか心当たり・・・っていうか、思い出した事はない?ラスティ。」
リズが話の流れで、それとなくラスティに確認をするが、ラスティはリズの言う父親が探していた『何か』に考えを巡らせながら、無言で首を横に振り返答する。
ラスティにはその『何か』が検討も付かない。
そういった話は全く父親からも聞いていなかった。
ラスティは父親が何の為に最下層を目指していたのか、そこに自分の中にある疑問の答えが全て詰まっているのではないかと確信する。
ラスティはそんな調子で、考え事をしながら歩いているうちに無意識にダレスを追い抜いていた。
「お、おいおいっラスティ!」
ダレスは思いもしなかったラスティの行動に慌てて声を掛けて駆け寄る。
ラスティは、先を歩いていたはずのダレスの声が背後から聞こえる事に、何が起きたのかと歩みを進めながら後ろを確認した。
ガコンッ!・・・
「ぅぐっ!!!」
音がした途端ラスティはフワッと浮くような無重力を体に感じたと思ったら次の瞬間、首が強烈に締められ声が漏れる。
「あっぶねぇ!!」
ダレスはラスティに追いつくや否や首の後ろ側、服の襟の部分を思いっきり掴んでいた。
ダレスに吊るされたラスティの足元には、石畳の床が抜けて底の見えない大きな穴が空いていた。
落とし穴だった。
「もう少しで、おさらばだったぞ!どうしたってんだよ!!」
「ゴホ、ゴホッ・・・」
掴んでいたラスティを安全な床の上に放り投げるとダレスは大声をあげるが、内心ホッと胸を撫で下ろしていた。
放り投げられたラスティは思い切り尻餅をつきながら、咳き込む。
リズはその光景を見ながら、大きく口を開けた大穴の手前の床に探索者のものだと分かる赤い十字が刻まれているのを確認した。
低層階で未起動の罠に疑問を感じていたが合わせて赤い十字の記し、リズは納得した。
その十字は罠や異常を知らせる、探索者同士の情報共有手段の1つだった。
「ご、ごめんなさいっ・・・」
「全くダレスはどうしてここでいつも大声出すんだか・・・
ラスティもボッーとしてたら、いつか死んじゃうんだからね。わかった?」
「はい・・・」
ラスティは反射的に二人に謝ると、リズは努めて穏やかな声で諭す様に話しかけた。
素直に返事をするラスティを見て、リズは座り込んで目線を合わせると頭に手を乗せて言う。
「わかったら、すぐ立つ!男でしょ?」
ラスティはそう言われると、ザックの重さに少しよろけながらスッと勢いよく立ち上がってみせる。
その直後、三人は地球の裏側まで続いているのではないかと思えるほど深い大穴を壁際を用心して歩き、通路の先へと進む。
しばらく同じ景色の続く通路を進んだところで、微かな物音が三人の耳に入ってきた。
少しずつその音は発生源が近づくにつれ大きくなり、ザワザワという人混み由来の騒音の様に聞こえる。
その音で判断がついた様子の最後尾を歩くリズが、二人に向かって声を張った。
「来るよっ!」
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