『晩餐』

「どう?少しは落ち着いた?」 


「はい・・・」

 


 ダレスが宿の部屋に戻るとリズが静かに声を掛ける。

 ダレスも静かに一言返事をする。



「それじゃ、ラスティ紹介するわ。

 この図体だけデカいのがダレスよ。

 で、この子はラスティ。

 ラスティ、この大男があんたをここまで担いで来たんだよ。

 さぁ、二人とも仲良くするんだよっ!」



 先ほどとは打って変わり明るく朗らかな声で、リズは人差し指、親指の順番で二人を指しながらお互いを紹介した。



「おぉ、気がついてたのか・・・

 体調はどうだ?」


「うん、なんともないよ。」



 ダレスは、横目で今気づきましたと言わんばかりに声を掛ける。

 ラスティは少し歯に噛んだ表情で、ダレスを見て答えた。

 


「さ、揃った事だし早速行くよ!」


「ちょっ、ねぇさん!ど、どこ行くんすかっ!?」



 言いながらリズはラスティの手を取り、ダレスを部屋から追い出すように背中を力一杯押す。

 

 宿を出ると通りは昼間より行き交う人数がまばらになっていた。

 といっても、ダンジョン内なので風景的な時間の感覚はなく、指し示す時計の針だけが無機質に今がいつかを示している。



「なんだ、飯ですか・・・」


「昼間いいとこ、見つけたんだよ。」


「でも、大丈夫なんです?

 子供もいるんっすよ?

 どうせねぇさんが行くところだから、酒しかないんじゃ・・・」

 

「心配はご無用よっ!

 そこ、食事も充実してる感じだったから!」



 心配そうな表情でいうダレスに、歩きながら自信満々に両手を腰に当て威張った様な仕草を見せるリズ。

 他愛もないやりとりをしている内に、昼間の酒場に到着した。

 酒が飲めると意気揚々歩くリズを先頭に三人は店内へと入っていく。


 チリーン、チリンチリン・・・


 例のごとく、店内にベルの音が鳴り響く・・・と思ったが、響かない。

 夕食時の時間もあり店内は人でごった返していたため、ベルの音はかき消された。

 パッと見て店内は満席かと思ったが、ちょうどテーブル席に座っていた五人組みが食事を終え席を立つところだった。



「あそこにしましょっ!」



 二人を先導するようにリズは一目散に、店員が食器を片付けている途中のテーブルに腰を下ろすと、二人を促すようにテーブルを叩く。

 片付けをしている店員に一通り注文をすると、飲み物と食事が片付けの終わりと同時に運ばれてくる。



「ダレスは、赤でいいわよね?

 ラスティは、とりあえず葡萄ジュースね。」



 そういうと、ダレスのグラスにワインを注ぎながらラスティの前へ、テーブル越しに飲み物を差し出す。

 ラスティはそんなリズの動きを見て、圧倒されている様子だった。



「これが、いつものねぇさんだから、気にすんな・・・

 これがなきゃ、いい女なんだけどなねぇさんも・・・」


「・・・・・・」



 ダレスはそんなラスティを見て、リズに聞こえないよう声のトーンを少し落として隣に座るラスティを気遣う様に話しかける。

 ラスティは返答に困り視線をテーブルに落としたまま、ダレスの話を黙って聞いていた。

 それぞれが飲み物を手に一口喉を潤したタイミングで、リズが口火を切る様に話し出す。



「さてと・・・

 とりあえずこれからどうするか・・・」


「ラスティをどうするかっすよね、まずは・・・」


「・・・・・・」



 指で摘んだナッツを、こねるようにしてそれを眺めているリズ。

 ダレスは、体型に似合わずナイフとホークで器用に厚切りの肉を切って口に運びながら答えた。

 ラスティは、自分の事を話そうとしている二人を、緊張した面持ちで黙って見つめている。

 一方でリズは話すダレスがいつもの調子に戻ったように見えて内心ホッとしていた。



「このまま保護したままっていうのも、よろしくないじゃない?

 ラスティ、なんか思い出す事ない?」


「ねぇさんコイツ、何にも覚えてないんっすか?」


「気がついた直後は、記憶喪失みたいな印象だったかな・・・

 少し時間置いたから、何か思い出してないかって思ってさ。」



 リズの話を聞いて正直面倒臭いといった面持ちで、口に頬張る肉を噛みながら言うダレス。



「それよりあんた、食べながら話すのやめなさいよ。子供じゃないんだから・・・

 そうだ、ラスティのお父さん、お母さんは、今ダンジョンの外にいるの?」


「・・・分からない・・・」


「じゃぁ、ラスティはあそこで何をしていたの?思い出せない?」


「お、お父さんと一緒に・・・」



 リズの2つ目の質問にスプーンでスープを掬う手を途中で止めて、答える。

 ラスティは、あまり黙っているのもおかしいと思い、恐る恐る言葉を選びながら答えていた。

 その答えにリズは、思ってもいなかった吉報を聞いたかの様に、パッと顔に希望の光を灯しながら言葉を続ける。



「じゃぁ、そのお父さんの行方を追うのが先決ね。」


「それにしても、ふつう子供一人を置いて行くもんですかねぇ?」


「ま、なんにせよ手掛かりが1つでもあればやりようはあるわよ。」


 

 未だ見ぬその親へと難癖をつけるようないいぐさで言い放つダレスを嗜めるように、リズはラスティを案じて言う。



「じゃぁ、あの剣もお父さんの物って事だよね?」


「うん・・・」


「これで合点がいったわね。

 あんな剣、君のその体じゃ扱える訳ないって思ってたのよ。

 ほらぁ、これで2つも手掛かりが手に入ったわ。

 私の言うとおり、なんとかなるのよっ。」



 言いながらリズは気分良さそうに、持ったホークでダレスを指した。



「ねぇ、二人は兄弟なの・・・?」



 突然、思いもしなかったラスティからの言葉にリズとダレスは顔を見合わせ、次の瞬間二人とも大声を上げて笑い出す。



「だってダレスはリズの事、ねぇさんって呼んでるでしょ?」



 2人が笑う中、ラスティがその言葉を発した途端、笑い声は音量MAX最高潮を迎えるのだった。

 しばらくして、笑い疲れた二人は息を整えながら、ラスティに顔を向けリズが口を開く。



「こいつが、私の弟だってぇ?

 この顔が弟だったら、生きていけないわ、私!」


「ねぇさんは、俺の師匠みたいなもんなんだよ。

 血はつながってねぇよ。

 ねぇさんには戦闘技術、ダンジョン探索いろいろと教えてもらってんだ。」



 言うと自分の言葉に更に笑えてきた様子で、下を向き肩を上下させながら声を押し殺しているリズを横目に、ようやく息を整えたダレスがラスティに答える。



「ダレス、次はあなたの番よ。

 どうだったの、英雄様の方は・・・」


 

 一息ついて、息を整えたリズがグラスに入ったワインを飲み干し手酌をしながら、ダレスに話を振る。

 酒が進んできたのか気だるそうに、頬に片手を突いたまま全ての動作をするリズであった。

 リズの言葉を受けて、ダレスが献花台での事を話し始める。

 周りの様子やその雰囲気、守衛の話を立ち聞きした話を順を追って一通り二人に話す。

 リズは話を聞きながらワインの入ったグラスを、ゆっくりと中の液体を何度も回し、情報整理をしている様だった。

 ラスティは興味なしといった具合に、食事を摂りながら話を聞いていた。

 しかし、涼しい顔をする一方で内心は父親の死の真相を探るべくダレスの話を食い入るように聞いていたのであった。


 ダレスの話が一通り終わりしばらくして、ワインを口元に運んだリズの視界に店内のテーブルを避けながら、こちらへと向かってくる、一人の女が飛び込んできた。

 リズがその方向を見た時、偶然視界に入っただけだと思いその女から視線を外す。

 しかし程なく、その女は三人の座るテーブルの前で足を止め口を開いた。



「あなた達、なんかさっきから面白そうな話をしているわね・・・

 少し、ご一緒しません?」



 リズは突然声を掛けてきた女へと面倒臭そうに視線を戻すとダレス、ラスティの二人もつられるようにして視線を女へ向ける。

 三人はその姿に、まさしく三者三様の思いで釘付けになるのであった。

 

 三人の眼前には、とんでもない格好をした女が立っていた。

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