『疑惑』

 意識を取り戻した少年は静かに目を開け身動きひとつせずに周りの様子を窺う。

 少しづつ意識がはっきりとしてくると、見覚えの無い部屋のベッドに寝かされているのを理解した。

 最初に耳へ入ってきた音は、すぐ近くで誰かが会話をしている声だった。

 

 ハートランド ───


 少年はハッと息を呑んだ。

 その会話に出てきた名前、それは少年の父親の名前でしかもその内容は肉親が死んだ訃報。

 なぜ父親の名前が?なぜ死んだのか?突然の事にしばらく少年の頭の中は、真っ白で思考回路が停止していた。

 思考停止状態を振り払い焦るように、少年は最後の記憶をだどる。

 すると父親とのダンジョン内での記憶が、途切れている事に気づく少年。

 ミノタウロスと遭遇した後応戦する父親に声を掛けられたところまでは覚えているが、その先がどうしても思い出せない。

 会話の聞こえる方へ寝返りを打つと目を覚ましたのを悟られない様、薄めを開けて部屋の中を確認する少年。

 そこにはテーブルに向かい合って座る、見知らぬ男女の姿があった。

 次にその脇の壁に立て掛けられた、父親の剣に気付く。

 

 父親とダンジョンに入ってミノタウロスと遭遇し気がつくと知らない部屋のベッドの中、二人の会話で父親の死を知り父親の剣が側にある。

 少年はこの情報過多の速い展開に少々精神衰弱気味ではあったが、しばらくは様子見に専念すると決め、ベッドの中で身を潜める様に二人の動向を見守る。



「ねぇさん、俺その献花台に行きます・・・

 一番に行って花を手向けたいですから・・・」



 どれほどの時間が経ったのか分からないが、最初に沈黙を破ったのはダレスだった。

 その声は、決して全て吹っ切れたといったものではなかったが、自身の中である程度消化出来たような感じの声色だと女に伝わる。



「うん、そうするといいよ・・・

 あんた、散々名前呼んで慕ってたしね・・・

 英雄様も嬉しいんじゃない?

 私はこの子を、見てるから。」



 女はそういうと、少年を寝かしたベッドに目配せをした。

 ハートランドの事を聞いた時にはどうなる事かと思ってはいたが、問題なさそうだと感じた女は少しホッとして母親のような表情を見せる。

 ダレスは一呼吸置き、意を決した様に頷き立ち上がると静かに部屋を後にした。



「目が覚めたかしら・・・?」



 女はダレスを見送ると、少年のベッドの方に向かって言う。

 少年はビクッと身を震わせると、ゆっくりと目を開けてみせた。



「うん、熱はなさそうね。

 具合はどう?どこか痛いところはない?」



 女はベットのへりに腰を掛け寝たままの少年の額、頬を手のひらで包み込むようにしながら努めて優しい声で話しかける。



「うん、大丈夫・・・」


「少し前から、起きてたんでしょ?」


「・・・・・・」



 返答に女は軽く頷いて見せ、頬を手で2・3度軽く叩きながら少し意地悪に言うと、少年はばつの悪そうな表情を見せた。


 

「まぁ、いいわ。

 それより自己紹介しましょうよ。」



 女はそう言いながら、立ち上がって椅子をベッドサイドまで持って来て座った。



「私はリズよ。さっきまでいたのが、ダレス。

 えぇっと、ダンジョン探索中にあなたを見つけて、ここまで保護して来たってわけ。

 それで、ここは三階層にある拠点の宿。私たちの部屋よ。

 で、きみの名前は?」


「ら、ラスティ・・・」



 つらつらと言葉を重ねるリズに対して、対照的なラスティは上半身を起こしながら、ボソリと一言だけ返答する。


「ラスティ、ね。よろしく。

 で、ラスティは、ダンジョンで何をしてたの?

 見つけた時は血だらけだったのよ、きみ。覚えてる?」


「・・・・・・」



 ラスティは無言で顔をゆっくりと左右に振ってみせた。

 父親の死、父親の剣が側にある事を考えると直感的にあまり多くを話さない方が良いと判断したラスティは慎重に返答の仕方を選ぶ。

 


「そう、覚えて無いか・・・

 とりあえず拠点に連れて来ちゃったけど・・・

 何か覚えている事はない?」


「・・・・・・」


「完全な記憶喪失ってところね・・・

 何か思い出す事があったら、その時は私に言うのよ。」


「・・・うん・・・」



 リズは正直聞きたい事が山ほどあったが、ラスティの反応を見る限り自分に対する警戒心と性格的な壁を感じ、この場はあれこれ詮索しない事にした。



「ラスティ、お腹空いてなぁい?」


「・・・・・・」


「お腹空いてちゃ、元気も出ないってもんよ?

 そうだ、ダレスが帰ってきたら、外へ食事に行きましょ!

 わたし今日なかなかいい店を見つけたんだよ。

 ダレスにもきみの事を紹介しないとね。

 そうしよ、そうしよ。」


 

 リズは今までの空気を振り払うようにあえて和やかな雰囲気で人間、動物関わらず興味を引く『食』の話を出してラスティの警戒心を解こうと話を進める。

 一方でこのままラスティを保護し続けるのか、それとも公安に引き渡した方がいいのか考えを巡らすリズであった。

 

 ─── 三階層 四階層方面関所付近 ───


「もう、結構人が集まってるな・・・

 流石に一番乗りは無理だよな・・・」


 ダレスはそう言うと来る途中で買った小さな花束に目をやりながら、関所に向けてゆっくりと歩みを進める。

 関所前に到着すると大勢の人が関所の解放を待っていた。

 見える全ての人がハートランドへの献花を目的としているかのように、それぞれ花束や酒を手に持っている。

 ハートランドの死が急に現実味を帯びたような、そんな気配をダレスは感じた。



「さすが、英雄ハートランドといったところか・・・」



 しばらく故人を偲んでダレスが物思いに耽っていると辺りがざわつきはじめる。

 見ると守衛達が封鎖していた関所の門を開放しようと作業していた。

 なんとも言えない緊張感がダレスの身を強ばらせる。

 頭では分かっていてもどこかで認めたくない、というより見るのを拒否している自分にダレスは気づく。

 まもなく関所の門が解放され、守衛達の誘導が始まった。


 関所を向けて四階層へと続く階段を下ると、ダンジョン内にはランタンを持った何人もの守衛が所々に配置されていた。

 英雄ともなれば、見知った人以外の人の献花も十分考慮されていなければならない。

 よって、探索者ではないダンジョンに不慣れな人も安全に献花台まで到着出来るようにとの公安の配慮らしい。

 そのおかげでいつもとは違いランタンなしでも、視界は良好だった。

 数時間前、リズと二人で通った通路をダレスは前の人に続きゆっくりと進む。

 問題の角を曲がり、しばらく進むと大きな広間に出た。

 そこは四隅に大型の焚き火のような光源が置かれ、一辺の壁の前には横長の白いテーブルクロスが敷かれた献花台が設置されている。

 少年と遭遇した場所からそう離れていない事に、ダレスは少し驚く。

 

 ハートランド 献花台 ───

 

 献花台のある壁には、簡素な文字でそう書かれていた。



「・・・っ」



 広間の中央へと進むに連れて生臭いような、何とも形容し難い匂いが鼻を突く。

 辺りはすっかり片付き整えられてはいるが、何があったのか詳しく知らなくても、その匂いが全てを物語っているようだった。

 程なくしてダレスの番が来ると、花を献花台に静かに手向け、両の手を合わせ目を瞑り故人に哀悼の意を表す。

 献花を済ませ、何気なく辺りをしばらく見渡していると、近くで守衛の二人が話しているのが耳に入ってきた。



「こんな低層階でミノタウロスみたいな凶暴なモンスターがなぜって感じだな・・・

 しっかし、それにしてもひどい有様だったよなぁ。

 あんな馬鹿でかいミノタウロスもそうだが、それが真っ2つだなんて初めて拝んだわ・・・」


「ありゃぁ、酷かった・・・

 その体の搬送もそうだったが、辺りのミノタウロスの血の処理は何度も吐きそうになったぞ俺。

 なんせ、ここら一帯が血の海だったんだからな・・・」


「あぁ、そういや英雄様、武器を持っていなかったらしいぞ。」


「なんでまた・・・

 それにしても武器も持たずダンジョンに入るなんて、一体何をしていたんだ?

 っていうよりもその前に、関所を通るときに誰か止めなかったのか?」


「詳しいところは分からんが、現場から武器が見つかっていないらしい。」



 話をしている衛兵二人は、その話ぶりから現場の処理にあたった衛兵らしい事が分かる。



「ミノタウロスと遭遇して武器を持たずに応戦、その結果相打ちだとすると、何で殺ったってんだ?

 いくら英雄ハートランドと言えど素手でミノタウロス・・・しかも馬鹿でかいときてる。

 それを真っ2つになんて出来るのか?いや、考えられないよな・・・。」


 

 話の内容からダレスは頭の中で繰り返しシミュレーションをしてみるが、どうも腑に落ちない。

 それはあたかも、ダレスの持つ断片的な情報では、ピースが足りていないようだった。


 そんな事を頭の中で何度も繰り返しながら、ダレスはリズの待つ宿へと向かっていた。

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