『衝撃』
「ランタンの油、値上がりしてるわね・・・
これでも、あたりの道具屋じゃ一番安いんだけどな・・・」
店内には無数の商品がうずたかく積まれ、まるで迷宮の様な道具屋から買い出しを終えた女が受け取った釣り銭を数えながら店を後にする。
道具屋から出るとそこは、生活用品から装備までこのダンジョンで生きていく為に必要なものは全て手に入ると言っても過言ではない商店街が広がっていて、通りを挟み両側にズラッと並ぶ店の眺めは壮観だった。
店の間を分入るように、ところどころ小さな通りが幾つも伸びている。
通りの入り口の1つに『BAR』と書かれた看板が出されていた。
歩きながら女は無意識にその看板を視線で追う。
「さすがにまだ戻るには早いわね・・・
ちょっとだけ、寄っていこうかなっと。」
そう呟くと女は急に方向転換をし、直角に通りへと滑り込んでいった。
狭く細い通りを進むとすぐに看板にあった、酒場が見えてくる。
「悪くないわね・・・」
店の前に着くと女は店構えを確認するしながら口角を緩めた表情でそう呟くと、店の扉を片手で勢いよく押し開ける。
チリーン、チリンチリン・・・
店内に小気味良いベルの音色が響き渡っていく。
女は一直線にカウンター席まで進むと、背負ったリュックを椅子の上に無造作に置きその横の席に座る。
「一杯いいかしら?
ミードを一杯おねがい。」
座るや否や、カウンター越しに立つ店主とおぼしき、髭面の恰幅の良い大男に注文を告げた。
女はとにかく酒に目がない。
最近ハマっているのは、ハチミツを醸造して作るミードのほんのりと甘い香りの虜になっていた。
「はいよ。」
注文を受けると素早く背後の棚から瓶を取り出し、大男からは想像出来ないほど繊細に背の低いグラスに注いでいく。
酒を待つ間、何気なく女は店内を見回すと早い時間にもかかわらず結構な客で賑わっている。
初めて入る店だがここはどうやら酒だけではなく、料理も充実しているみたいだった。
そうこうしていると大男は酒の注がれたグラスを、無愛想に女の前に差し出す。
「ありがとう。
・・・んっ」
女は礼をいうと、グラスを手にして一口で飲み干した。
しばらく目を閉じたまま宙を仰ぎ、喉を伝う心地良い感触と、ミード独特の甘い香りの余韻を楽しむ。
「あぁ・・・癒されるうぅぅぅ・・・
あ、もう一杯よろしくぅ!」
「ねぇちゃん、イケる口だねぇ。」
女が上機嫌で次の一杯を要求すると、大男は先ほどの無愛想とは打って変わり落ち着いた口調で言いながら片方の口角を少しあげ空いたグラスに酒を注ぐ。
しばらくして、女が何杯目かの酒をゆっくりと味わっていると、席を1つあけた左隣の男が連れの男と何やら話をしているのが耳に入ってきた。
女は盗み聞き自体感心出来ないがこれも情報収集と思えば良心の呵責も感じなくて済むと、ぼんやり自問自答しながら、聞き耳を立てる。
「・・・・・・ッ!!!」
女は、二人の男が話す話の内容に耳を疑った。
酒で口を潤そうと唇に付けたグラスをカウンターに打ち付ける様に置くと、席を立ちそのまま話す二人の間に割って入る女。
「その話!確かでしょうねっ!?」
「な、何なんだよ!?この女は!?」
突然の女の乱入に男の一人は持ったグラスを落としそうになりながら、連れの男に意見を求める様に声を荒げる。
「巡回中の公安の奴から聞いた話だから、間違いないはずだが・・・」
状況を瞬時に察した連れの男が、女に返答をした。
「そう、ありがとう・・・
悪かったわね・・・
ねぇ!ここに代金置いておくから!!」
男の答えに納得した女は二人に礼をしてすぐ、一連の流れを横目で伺っていた主人に向かって言い放つとカウンターに金を叩きつけ荷物片手に店を飛び出す。
大急ぎで店を出た女は、全速力でダレスと落ちあう宿に向かった。
通りを行き交う人々を華麗なドリブルよろしくかわしていく女ではあるが、酒のせいもあり疲労感が足の運びの邪魔をする。
酒場から宿まではさほど距離はなく、すぐに通りの奥に宿の看板が見えてきた。
最後の力を振り絞るように女は、宿のエントランスを抜け流れるように部屋の確認をし、ダレスの待つ部屋までほぼノンストップで駆け抜ける。
そして、そのままの勢いで部屋のドアへ体当たりをお見舞いした。
ダアァァンッ!!
「ダレスいる!?大変なんだよ!!」
「・・・・・・っ!!!」
勢いよく扉を押し開けると、ダレスが床に転がっていた。
その顔はまさに、豆鉄砲を食らったかのような顔をしている。
「ダレス、何やってるのよっ!?」
「な、何って・・・
ねぇさんがとんでもねぇ勢いで、扉を開けるからでしょうが!!」
「しょうもない事してないで、早く立ちなさいよっ!」
女は言いながら、ダレスに手を伸ばす。
ダレスは、首を左右にストレッチしながら半身を起こすと女の手を取り、引っ張り合う様にしてようやく立ち上がろうとしていた。
「ねぇさんまた飲んでたんっすか?
スキさえありゃぁ、これだからなぁ・・・」
立ち上がるやダレスは鼻を突く女から発せられるアルコール臭に、またかと言わんばかりに女に愚痴るが、それを制止するかの如く女が切り返す。
「ハ、ハートランドが、死んだって!!」
一瞬理解不能な顔をしていたダレスの顔色がみるみる青ざめ、事態を理解した様子が手に取るように伝わってくる。
「ねぇさん。ハートランドって・・・
あ、あの、あの英雄の・・・?」
「そう、英雄ハートランドよ。
そのハートランドが死んだの。」
女は次第に落ち着きを取り戻した様子だが、話を聞いたばかりのダレスは言葉がスムーズに出ないほどの動揺が窺えた。
それは無理もない話で、ダレスはハートランドの事を尊敬し、今まで目標としてきたいわゆる大ファンだったのである。
「う、嘘だろ・・・
なんで、そんな、いきなり・・・」
頭を抱えて膝から崩れ落ちそうになるダレス。
「ほら、しっかりしなさいよ。
そんなんじゃ、死んだ方も浮かばれないわよ。」
女は言いながらダレスを支え、部屋に備え付けられたテーブルまで誘導すると椅子に座らせ、自分も向かいの椅子に腰を下ろす。
ダレスが落ち着いたのを見計らって女は、自分の頭の中を整理する様に話し始めた。
「又聞きだから詳しい話は分からないけど、四階層の大部屋で亡くなっているのを5階層から戻ってきた探索者の一人が、今日発見したらしいわ。
それで、この後献花台がその大部屋に設置されるらしいの。
それから、献花台が設置されるまでの間は、ここの4階層への関所は封鎖されるみたい。」
「何があって、こんなことに・・・?」
ダレスがぼそっと発した言葉に、努めて冷静に女が答える。
「正直分からない。
分かるのは、今は情報が錯綜したりして、噂レベルの疑わしい情報も出回っていると思うし、しばらく静観するのがセオリーね。」
普段気丈なダレスが始終テーブルの上の一点を見つめたまま、相槌も打たず話を聞いているありさまを見ると、精神的に応えているのが痛いほど女にも伝わって来る。
しばらく、二人の時間が止まったかと思えるほど沈黙が続く───
一方、女が乱暴に部屋に入ったその騒音で、ベットの上の少年は意識を取り戻していた。
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