『邂逅』
静かなほの暗いダンジョンの通路に、ランタンに照らされ二人の姿が浮かび上がる。
「なぁ、ねぇさん。
今、あの英雄ハートランドがこのダンジョンに来てるんっすよ!」
狭い通路をランタン片手に先頭を歩く身長180㎝程の黒髪短髪の男。
手にはガントレット、両足には足先から膝までを覆う金属製の装備をしているが、その他は比較的軽装のいでたちだった。
その男が後を着いて来ている「ねぇさん」と呼ぶ女に、この場にそぐわない妙に明るい表情と高い声で興奮気味に話しかける。
「あんた、またその話?
来る日も来る日も、ハートランド、ハートランド・・・」
それを聞いて「ねぇさん」と呼ばれる赤毛の長髪を後ろで団子状に縛ったその女は、呆れたという表情で宙を仰いだ。
女は前を行く男と同様、所々に金属製の防具を付けた軽装の装備をしていたが、ポーチやリュックサックなどのいわゆる、道具袋が目に入る格好をしている。
「だってさぁ、あの英雄様っすよ?
俺、ずっと昔から尊敬してるんっすよ?
ねぇさんも知ってんでしょ?」
「・・・・・・」
欲しいものをねだる為にごねる子供を嫌々嗜める母親のような顔をしながら腕を組み、下を向き黙って歩く女。
「そんな人が近くにいるってだけで、テンション上がっちまいますよ!!」
「はいはい、わかったわかった・・・
わかったから、ちょっとは静かにしなさいよ・・・
そこら辺にいるモンスターが寄って来るでしょうが・・・」
仕方なくというより、自分の身を守るために渋々相手をしたといった感じの女。それでも男の興奮は収まらない様子だった。
しばらく続いた狭い一本道を進むとランタンの光に照らされ微かに右への曲がり角が見えてきた。
その曲がり角に差し掛かろうとした、その時。
「ダレス・・・」
「何か」の気配を感じ突然足を止めた男の様子を見て、女は押さえ気味の声で反射的に声を掛ける。
その声に応えるように、無言でダレスは首を縦に一度振った。
同時に男はランタンを左の壁際の床に置き即応出来るようにファイティングポーズを取ると、それに続き後ろの女は背面の腰のあたりからナイフを抜いて腰を落とした。
ダレスは曲がり角の向こうから徐々にこちらに近づく気配が紛れもなく「何者か」、間違いなく生物と確信していた。
「何者か」との距離が近づきランタンの照らす光源の範囲内に入ってくる。
次第にランタンの光源が、近づく対象の一部の影を曲がり角の奥の壁に映し出す。
「ゴブリン・・・?」
「・・・・・・」
映し出された一部から、人影の様なシルエットだと判断した女が静かにダレスに確認を取るが、ダレスはいよいよだと覚悟したか無言で角の先の敵に意識を集中していた。
近づく「何者か」は猫背で両腕をだらりとたらしながら角からゆっくりと姿を表し、二人の方へ振り向く。
「・・・ッ!!」
敵と判断したダレスは「何者か」が振り向くと同時に、地面を蹴り一気に間合いを詰める。
「ダレス!!待ったあぁ!!!」
ダレスの身体が加速し始めると同時に、女が叫んだ。
声を聞いてダレスは体制を崩しながら何とか「何者か」の一歩手前で止まり、前のめりにバランスを崩しながらも反射的に顔をあげ「何者か」を確認する。
『こぉ、子どもおぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!』
二人の声がほとんど同時に、ダンジョン内に響き渡る。
極度の緊張感からの解放と思いもよらない展開に、思わず二人とも大声で叫んでしまっていた。
角から姿を表したのは、身長150㎝前後の年の頃は12歳前後で褐色の肌が印象的な黒髪の少年だった。
その少年は二人の方に顔をやったまま、ゆらりゆらりと体を小刻みに揺らし、その場に倒れ込む。
「・・・っと」
少年が冷たい床に体を打ち付ける前に、ダレスが反射的に抱きかかえた。
「なに、どうしたのこの子!?
全身、血だらけじゃない!」
「目に見える傷は無さそうっすね。
大丈夫、気を失っているだけみたいっす。
それにしても、なんで血だらけなんだよ、コイツ・・・」
女は素早く駆け寄りダレスに抱えられている少年を見るや、純粋な心配と「何故ここに子どもが一人で」といった疑問で頭の中が整理出来ないでいる。
すかさずダレスは、少年の体を素早く探り傷の確認をするが、自分の装備についた血を見て怪訝そうな表情を女に見せた。
しかし、次の瞬間には神妙な顔を付きになり顎で少年の背を指す。
「それにしてもなんだ、コイツの背負ってる剣は・・・
コイツの獲物か?それとも・・・」
「同行者の物か・・・
それにこの血は・・・?」
少年の背にはその身長にそぐわない刀身の長さを持つ片刃の大きなナイフのような形をした剣だった。
ダレスが言うと女もそれに続いて思った事を口にする。
女は言いながら、あたりの気配に気を張る素振りを見せるが、すぐにハッと気付いたかのようにダレスに強い口調で指示を出す。
「ダレス!この子を担いで、三階層まで戻るよ!」
「マジっすか!?
・・・俺も血まみれになっちまうよコレ・・・」
「当たり前でしょ!?このまま放置するつもり!?
それに、早くその子を医者に見せないと、何があるか分からないじゃない!?
アンタ、英雄に憧れてるんでしょ?
英雄様がそんなの気にすると思ってんの?」
女は情けない声を出すダレスの言葉を遮り叱責した後、半分馬鹿にしたような口調でたしなめる。
現在二人がいるのは四階層だった、1つ階を上がり探索者達の為の拠点となっている三階層に戻れば、この少年を安全に保護する事が出来る。
それよりも女は、この異常事態を一度ゆっくり整理したいと考えていた。
─── 三階層 探索者拠点 ───
1つ階を上がるとすぐに二人の守衛の立つ拠点への関所、いわゆる入り口が見えてくる。
「な、何だそれは!」
少年を担いだダレスと女が守衛の前で立ち止まるより早く、守衛の一人が少年に気付き慌てて制止を指示しながら声を掛ける。
「見ればわかるでしょ?病人よ。
早く医者に見せたいの。
分かったらさっさと、そこをどいてくれない?」
女は冷静にそう告げると、片手で虫でも追い払う様な仕草をした。
流石に血まみれの人間を担いだガタイの良い男が、いきなり目の前に現れたら誰でも同じ様な反応をするだろう。
二人の守衛は女の態度にいぶかしげな表情を浮かべながらも、二人を見送る。
「ねぇさん、あの態度はまずいんじゃ・・・」
「あら、そう?
いつも通りじゃない?」
歩きながら男まさりな性格がモロに出てしまっていた女に、ダレスはお伺いを立てるように横目で恐る恐る表情を確認しながら言う。
ダレスの心配をよそに、当の本人は何も意識していない様子だった。
そんなやりとりをしているうちに二人は関所を通り抜け、いくつもの路地に分かれる通りに差し掛かる。
「それよりダレス、その子を連れて医者の所へ行ってくれない?
私は、一応ランタンの油を補充しに行くから。」
「了解。
ねぇさん、その後はいつもの宿で待ち合わせでいいっすよね?」
「ええ、それでいいわ。
じゃ、よろしくね。」
女がダレスに指示を出す。
いつものルーティンの様に二人は淡々と言葉を交わした後、通りを二手に分かれた。
ここはダンジョン内部、探索者の拠点となっている三階層。
以前はこの階も他の階同様、モンスターが潜む場所だったのだが、20年以上前に英雄ハートランドにより、探索者の拠点として開放されたとされている。
拠点としてだけでは無く、外からこれ以上モンスターが潜り込まないようにと防衛策も兼ねていて、二階層と四階層側の関所には常時5人程度の守衛が常駐している。
関所を守る守衛はこの国の公安部隊所属の人間が担っていて、通称「聖騎士」と呼ばれる精鋭揃いという事もあり、低階層に潜んでいるモンスターでは関所を抜けて拠点に入る事はまず不可能だった。
「っしょっと・・・」
少年を医者に見せた後、約束していた宿に女の名前で部屋を取り終えたダレスは、部屋の2つあるダブルベットの片方に少年を寝かせて、掛け布団を掛けてやる。
医者の診察の際、全身にこびり付いていた固まり混じりの血はあらかた拭い取られていた。
ダレスは少年の持っていた剣を壁に無造作に立て掛けると、近くに置いてあった椅子に勢いよく座り込む。
「ふぅ・・・。」
一仕事を終えてやれやれという様子でダレスは息を吐きつつ、装備に付いた固まった血を拭きながら無意識にダンジョンで少年と遭遇した時の事を思い返していた。
そのうちに何かの拍子にスイッチが入った壊れた電灯の様に、ダレスの脳裏に少年の剣がパッと映像化された。
それと同時に、立て掛けられたその剣に目をやるダレス。
ダレスは何かを感じとっている様だったが、それが何なのか本人にも見当がつかなかった。
ダアァァンッ!!
「ダレスいる!?大変なんだよ!!」
「・・・・・・っ!!!」
音が早いか声が早いか、ほぼ同時に大きな音を立て乱暴なほど勢いよく扉が開くと、そこには幽霊にでも出くわしたかの様な顔をした買い出しから戻った女が立っていた。
ボーッと考え事をしていたダレスは突然の騒音と声に驚き、体が弾みそのまま椅子から転げ落ちる。
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