ダンジョン・ワンダラー〜欠けた記憶の真相〜

琴斗 伶

プロローグ

「はぁあああ!!」


 

 ほの暗いダンジョンに、力強い男の声が時の声の様に響き渡る。

 狭い通路を抜けた先、大広間の様な空間にその声の主が巨大なモンスターと対峙していた。

 その男の銀髪の毛先からは汗がはじけ、驚いたように瞳孔の開いた黒い瞳にはモンスターの姿だけが写り込んでいる。

 


「なんでここに、こんな奴が!?」



 男が応戦しているモンスターは、身の丈三メートルはある巨体のミノタウロスだった。

 それの見た目は、頭はバッファロー、体は丸々と今にもはちきれんばかりに発達した、筋肉で身を固めた化物である。

 通常この手の凶暴なモンスターはダンジョン内部でも、いわゆる深層に潜んでいる事が多いのだが、男がモンスターと遭遇したのは、山に例えるとせいぜい二・三合目あたりだ。



「ラスティ!いるか!?」

 

「う・・・うぅん・・・」



「いいか?離れてるんだぞ!」



 男はミノタウロスから目を離さず背後にいる息子に声を掛けるが、完全に身がすくんでしまっている。どうにか這うよにして男から距離を置くのが精一杯のようだった。


 

「クッソッ!この化物がっ!!」


「グモオオオォォォ!!」



 毎回、意を決したような攻撃にミノタウロスも恐ろしい形相で応戦している。人並み以上に腕に覚えがある男だが、今回ばかりは分が悪い。

 ミノタウロスのような凶暴なモンスターの討伐には普通、少なくとも三・四人のパーティーで挑む事が常識だ。しかもこの個体はかなりの巨体の大物だった。



「グオォアアアァ!!」


 

 身の毛もよだつ様な咆哮と共に、ミノタウロスの巨体から振り下ろされる巨大な斧が空を切り唸る。



「もらったあぁぁぁ!!」


 

 その強烈な一撃を男が背中越しに半身でかわすと、そのまま斧は石畳の床に突き刺さる。

 それを見越したかのような男の動きは斧が床に刺さるより早く、かわしたその勢いのまま振りかぶった獲物をミノタウロスの腕めがけて振り下ろす。


 ブゥオォォンッ!


 遠心力のかかった斬撃が音を置き去りにして、ミノタウロスの斧を持つ前腕を捉えた。

 刃が肉塊に滑り込む鈍い感触が手に伝わってくる。



「マジかよ・・・」



 ───伝わっては来たが・・・そこまでだった。

 

 男の斬撃はミノタウロスの腕を切り落とすどころか、骨にすら到達してはいなかった。刃は恐ろしく発達した強靭な筋肉に阻まれている。

 しかも、ミノタウロスが腕に力を込めているのか、刃を抜こうにも抜けない。

 次の瞬間、蚊でも払うかのように腕を振り払い男を吹き飛ばした。



「うぐぅ!」



 優に四・五メートルは吹き飛ばされたか、軽く脳震とうを起こしている頭に手をやりながら立ち上がると、もう片方の手に目をやる。

 吹き飛ばされた時にもろともどこかへ飛ばされたのか、握っていたはずの武器はなかった。

 ミノタウロスは男を睨み今にも追撃しようとしている様子。この状況で武器が無いという事は、確実に死を意味する。

 男は死を意識しながらも、次の手を巡らせていた。


 

 ───刹那。男の横を凄まじいスピードで「何か」が駆け抜けていく。

 その「何か」はミノタウロス目掛けて一直線に突進し、片方の手に握った獲物を振り上げ飛び掛かる。

 突然の伏兵に一瞬たじろぐミノタウロスが反応するよりも早く、「何か」が振り下ろした獲物はミノタウロスの左の鎖骨から右脇腹の辺りへと何の抵抗も無くすり抜けた。

 一拍置いてミノタウロスの上半身は滑り落ちるように、床に転がる。そして上半身を失った下半身はその場に崩れ落ちた。



「なっっ・・・!!」



 一瞬何が起きているのか分からなかった男は、その結果を目にして言葉を失う。

 しかし、その次の瞬間には我が子の事が頭の中を支配し、目の前の惨状を置いて振り返り安否を確認する。



「な、何なんだ・・・」



 そこにラスティの姿は、なかった。

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