第37話 恐怖と恐れ


「何があったんだ?」


 つぶやいたハーゲンの視線の先にはシュウダの姿があった。

 そのシュウダは今、床に両手をついて、涙までながしているがラーンの魔法でハーゲンには会話の内容は聞こえない。


(魔王の旅でも、泣き言を言わなかったシュウダが涙を流すとは、よほどつらい事なんだろう……きっと俺が聞けないのだから、セーラに関係したことなんだろう……)


 ハーゲンがそう思っているとラーンの魔法が解除される。


「ハーゲン。私達はギルドの掲示板を見に行こう、そこならセーラ達が部屋から出てきたらわかる」

「はい、師匠」

「サイドちゃんもね」

「はい」

「シュウダ。ギルドのホールで待っているから、落ち着いたらでてきて」


 ラーンはシュウダの返事を待たずに部屋の扉を開ける。

 ハーゲンとサイドはシュウダの事を気にしつつも、ラーンの後につづき部屋を出る。


「大丈夫。シュウはすぐにでてくる」

「そうですね」


 ラーンの言葉にサイドは答えるが、視線は部屋のドアに向いていた。


「ラン、サイ、私は先に掲示板を見ている」

「ああ、頼むハーン」


 ホールに向かっていくハーゲンの後姿に返事をすると、ラーンは視線をサイドにおとす。

 ラーンは、しゃがみ込むとサイドの頭を優しくなでる。

 サイドがラーンを見ると、ラーンは何も言わずにニコリと笑う。

 心配されて頭をなでられたサイドは、子供扱いされて不服なのだが、温かく見つめてくるラーンに何言えない。

 そんなサイドは、状況を変えようと声を上げる。


「ラン。私達も行きましょう」

「ああ、そうしよう」


 そう言って歩き出すラーン。サイドは最後にもう一度部屋の扉を見て、歩きはじめた。




 部屋に残ったシュウダは、考える。


(セーラを思って送ったスキルが、逆にセーラを苦しめていたなんて……今までも他の事でセーラを傷つけていいたのだろうか? 僕は、何もしない方が良いのだろうか……もし、スキルを願ったのが僕だと知ったら、セーラは僕を嫌うのだろうか? 嫌だ! セーラに嫌われたくない! どうすれば良いんだ……)


 そこまで考え、シュウダは、はっとする。


(ダメだ……僕はまた自分の事しか考えていなかった……もし、セーラに嫌われてもしょうがない……セーラの事をよく考えて行動しよう。今は幸いラーンもいるんだ。もし、僕がまたセーラを傷つけそうなら、教えてくれるだろう。セーラと話す事ができた時には、全てを話そう。もし、それで嫌われることになったとしても……)


「ははっ……魔王よりも、セーラに嫌われる事の方がこわいや……」


 シュウダは拳をぐっと握るがその力は弱弱しい。


「でも、きちんと清算しなきゃ、これ以上セーラを苦しめることが無いように」


 そう言ったシュウダの表情は今にも泣きそうなものだった。




「シュウ!」


 ギルドのホールでラーン達が待っていると、部屋からシュウダがでてくる。

 ラーン達が見たシュウダの表情は、憔悴しきっており、サイドが思わず声をかけるが、何を言ったらいいかわからず言葉が続かない。


「シュウ彼等は、まだ部屋からできていない。後は私達が見ておくから、君は先に宿に戻っていなさい」


 そう言ったハーゲンはサイドを見てうなずく。サイドもハーゲンにうなずき返すと、シュウダの袖をつかみ、ギルドを出ていく。


「シュウダは憔悴しきっていたな……きっと、今までの事を考えていたんだろう……」


 シュウダとサイドを見送るとラーンが話しはじめる。


「いや、違う。あれは、恐れと恐怖です」

「恐れと恐怖?」


 ラーンはハーゲンから返ってきた言葉に驚く。


「ええ……もう、全てをセーラに話そうと思い、その結果を想像したのでしょう。話す事に恐怖し、その話の後どうなるかを想像して恐れているのです」

「まるで自分みたいに? 俺はずっと言っているだろう? 愛していると、師匠と弟子、大賢者と賢者、そんな事は気にしなくていいんだ」


 そういってラーンはハーゲンの肩をだく。ハーゲンはラーンに肩を抱かれたまま、ラーンは見つめ話しはじめる。


「私はランとの関係に恐れも恐怖もありません」

「ならなんで?」

「俺が恐怖しているのはランの未来の心と、その心が選んだ結果です」

「何が怖いのさ、俺は絶対に心変わりなんてしないさ」

「ラン、私はあなたが好きです、好きで好きでたまらない」

「⁉」


 思わずラーンは笑顔になる。だが、ハーゲンの表情は暗い。


「だからこそ怖いのです。もし、ランが心変わりしたらと思うと……だから、あなたより優れた存在になり、あなたに必要とされる存在になりたい。あなたの心を縛り尽くしたい、そう思っているのです」


 ハーゲンの言葉にあっけに取られるラーン。そんな中、セーラ、ジェノ、ドワーフの三人が部屋から出てくる。


「ラン。でてきましよ。さぁ、三人はこれからどうするのか……」

「あ、ああ。そうだね。彼等の今後の行動を知らないと……」


 二人がそう話している間に、ドワーフのビルが受付に向かう。

 しばらくして、受付嬢が依頼の紙を掲示板に張ると、その依頼をセーラとジェノがはがす。

 セーラとジェノが依頼書を受付に持っていくのを見て、ハーゲンとラーンはすぐに依頼書を見る。


「ちょうど良い人数ですね」

「ああ、そうだな」


 二人はそう言うと、残りの4枚の依頼書をはがす。


「六人で護衛か……二人で十分だろう?」

「ええ。ですが、私達の目に気をつけているのでしょう」

「ああ、たしかに駆け出しとCランクの二人で護衛なんかしたら目立つか」

「二人が受付を済ましたら、私達も行きましょうラン」

「ああ、そうだな」


 その後、受け付けをすました二人は、宿に戻る前に声をかけられるのであった。

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