第28話 出国の準備


「セーラ様。明日はいよいよ人の国を出て、ドワーフの国に向かいます。そのため今日はもう一度、旅の準備をいたします」

「でもジェノ、それなら今日の間に準備も出発もしてしまわないんですか?」

「セーラ様。長旅の場合は、1日2日無理をしたところで、全体の日数は然程かわりません。そのため体のことを考えて、できるだけ余裕をもって進みます。もし、無理をしたことで病気やケガをすれば、無理をした日数以上の時間を取られてしまいます」

「そうなんですね……魔王討伐の旅では、ジェノやまわりの人達が旅の行程を考えてくれていたので気づきませんでした。なら、今日は旅の準備をゆっくりして、疲れをとりましょう」


「はい、セーラ様。よろしくお願いします」


 二人は話がまとまると、魔道具に魔力を流し、ゼラとジェノとして宿をでる。




 旅の準備がひと段落して、昼食を取ろうと店を探していると、セーラの目に雑貨屋がとまる。


「ジェノさん、少し小物を見てもいいですか?」

「ああ、かまわない。中に入ろうか」


二人が入った雑貨は、コップや花瓶、財布など様々な小物が並べられていた。


「ジェノさん、このブローチかわいいですね」


 様々な小物が並ぶ中セーラが手に取ったのは、花の形をしたブローチ。二人の視線はセーラが手に取った、ブローチに集まる。


 そのブローチを見たジェノは、セーラがブローチをつけて、自分に似合うかどうか尋ねる想像する。


(セーラ様は何をつけてもお似合いです!)


 ジェノが心の中で叫んでる間に、ブローチを見ていたセーラは言う。


「鏡を使って見てみましょう」


 ブローチに集中するあまりに、セーラの口調が元に戻っていることに気づかない二人。


「きっとセーラ様にお似合いです」


 セーラにつられて、ジェノの言葉も戻るが気づかない。

 セーラが鏡を手に取り、その後ろからジェノも覗き込む。


 ピシリ!


 二人には、そう音が鳴ったように聞こえた。


 実際、そんな音はなっていないが、二人は石になり、その石像に亀裂がはいる。

 セーラが手に持った鏡に映ったのは、容姿端麗な二人の男性の片方がブローチを付け、もう一人の男性がそれを後ろから見るという構図であった。


 女性同士であれば問題ない姿であっても、今二人の姿は女性が思わず振り返るような眉目秀麗な男性。

 二人は気づいていなかったが、少し前から、店内には何ともいえない雰囲気が流れていた。


 たまたま店に居合わせた女性は、その男性二人に気づくと舐める様な視線で二人の様子を見ており、女性店員はもっと似合うアクセサリーがあったはずと、在庫をおさめた箱を片っ端から開け閉めしていた。


 鏡をのぞき、さらに店の異様な雰囲気に気づいたセーラは、泣きそうになりながら、ジェノに小声でたずねる。


「ジェ、ジェノさんどうしましょう」

「セ、ゼー、ゼラ落ち着きついて、これか言う事を少し大きめの声で言ってください」


 そう言ってジェノはセーラに耳打ちする。ジェノの言葉にうなずくと、セーラがわざとらしく大きめの声で尋ねる。


「ジェ、ジェノ! このブローチは良く似合うかな?」


 ピシリ!


 再び二体の石像ができ、ひび割れる。ジェノに、言うように言われた言葉を、混乱したセーラが言い間違える、しかもさらに悪い方向に。


(だめ、落ち着いて、落ち着いて! こんな時はシュウダの事を考えて……)


 これで大丈夫と思ったセーラは、改めて言う。


は、お礼を喜んでくれるかな?」


 彼女は、お礼を喜んでくれるかな? 本来言おうとしたのはこっち、落ち着くためにシュウダの事を考えたのは失敗であった。


 店内の雰囲気は、火の魔石に魔力を流したように燃え上がる。

 もちろん、シュウダと言う名に、誰もがまさか本人とは思わない、だが名前は完全に男性のもの。


 その言葉を聞いた女性達はこう思う。


(あの、はシュウダと言って、何かのお礼にブローチを送るんだわ!)

(んほぉ)

(んほぉ んほぉ)

(んほぉ んほぉ んほぉ!)


 皆が心の中で喜びの声をあげる中、ひときわ心の大きな叫び声が上がる。


 バタン!


 突然、店内で何かが倒れる音がして、二人が視線を向けると、そこには一人の女性が倒れていた。


「だ、大丈夫ですか⁉」


 思わずセーラがかけより抱きおこそうとするが、肩をつかまれる。振り向くと、セーラの肩をつかんだのはジェノであった。

 驚いた表情のセーラに、ジェノはただ黙って首を横に振る。

 セーラが女性の顔を見ると、恍惚とし満足した表情で涎をたらしていた。


 そんな中、セーラ達のそばに女性がたつ。女性は、倒れた女性のそばにしゃがみ込み、持っていたハンカチを女性の顔にそっと被せるとセーラに言う。


「彼女は大丈夫……でも今の顔は見ないで上げて」


 そう言った、女性の顔も頬に赤みがさし、息も荒かった。


「よろしくお願いします」


 怖くなったセーラはそれだけ言うとジェノと、店を出る。

 なお、ブローチはあの異様な雰囲気の中、セーラは買うことができなかった。




 その後、二人は気を取り直して、食事をする店を再び探しはじめると、ある店から流れてくる香りにつられて店に入る。

 中に入ると、店は昼飯時のため店はこんでおり、空いている席はない。どうしたものかと、二人が様子をみていると店員が叫ぶ。


「お二人さん相席でもいいかい⁉」


 店員の声に二人は答える。


「「ああ、大丈夫だ!」」

「ならこっちの席に」


 そう言って案内された机の上は、半分が酒瓶で埋まっていた。


「すまんな、忙しいらしくビンの回収もままならようだ」


 そう言った男は、小さな背丈だが、筋骨隆々で髭をはやしていた。驚いた表情で見る二人に男が尋ねる。


「なんだ? ドワーフはめずらしいか?」


 セーラとジェノが相席することになった男はドワーフであった。

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