第26話 最硬の拳
「俺にまかせてください!」
そう叫んだのはセーラ。今、セーラ達は、次の目的地への移動途中に魔物に襲われていた。セーラ達を襲っているのは猪の魔物のビッグボア。ビッグボアは普通の猪よりはるかに大きく、もし戦うすべを持たない一般人が襲われた場合、まず助かる事はない。
そんなビッグボアはセーラを見て、鼻息を荒くし、後ろ足で地面を蹴り突撃の準備をする。一般人なら即逃げ出しそうな様子のビッグボアの姿を見ても、セーラはリラックスした様子でかまえを取り、ビッグボアが向って来る瞬間をとらえようと、じっと見つめる。
ビッグボアが数回後ろ足で地面を蹴った後、地面が爆発しビッグボアが弾丸の様に突進する。
ジェノや他の冒険者が見守る中、ビッグボアとセーラの距離はどんどん短くなり、その影が交差する。
ドカン!
そんな衝突音がしたにもかかわらず、その二つの影はピタリと止まり動かくなる。
だれかがゴクリとのどを鳴らした瞬間に、ビッグボアがくずれ落ちる。
「まじか⁉ ビッグボアの突進に真正面からのストレートで倒しちまった!」
冒険者達はセーラが倒したビッグボアに近づくと、興奮した様子で騒ぎはじめる。
彼等が騒ぐのも無理もなく。ビッグボアの突進は本来、壁役を担うものが大きな盾でそらすか、もしくは標的にされた者が避けるしかない。
多くの者達がその二つのどちらかを選び、誰もセーラのように真正面からストレートで倒そうとなど考えもしない。セーラも以前なら、ビックボアを魔法で弱らせても突進を受けようなどと考える事はなかった。
だが、今セーラの両腕は、聖剣でも斬れない腕毛でガッチリと守られている。
ビッグボアと向かい合った時、セーラは自分なら突進を受けるような事はないと考えた。だが、セーラはもしも、自分が突進をそらしたり、避けたりしたら、後ろの彼等も同じことができるのかと考える。
たまたま、依頼で一緒になった冒険者達、彼等のケガは彼ら自身の責任。彼等のケガをセーラが心配するような事ではないのだが、彼等に一緒に魔王討伐を果たしたシュウダ達の姿を重ねてしまったセーラは、割り切ることができなかった。
そこでセーラが思い出したのが、聖剣でも処理できなくなった毛の硬度。セーラは突進のタイミングを見極めストレートを叩きこむ、その結果はビッグボアが崩れ落ちた。
セーラは自分の両腕に目を落とす。セーラの目には包帯が巻かれた自分の腕がうつる。
(毛があって、少しだけ良かったと思う……)
セーラが自分の腕を見ながらそう思っていると、冒険者達が声をあげる。
「ゼラ、肉にしちまうが良いよな⁉」
「ああ! 解体は頼んだ!」
「なら、さっさと血抜きしたら解体して肉にするぞ! ゼラは1人で仕留めくれたんだ、おかげで誰もケガをしなかった。これはゼラのものになるが、解体は俺達がさせてもらうぜ!」
セーラの答えに礼だと言い、冒険者達は大騒ぎしながらビッグボアの解体をはじめる。彼等を見てセーラは思う。
(やっぱりケガがなくてよかった……)
セーラがそう思いながら、解体をはじめた冒険者達を見ていると、後ろから声をかけられる。
「ゼラ、ケガはないか?」
「はい、ジェノさん。ケガはありません」
「……そうか、あまり心配させるな……私はお前がケガをしないか心配したぞ」
「すいません。でも、痛みや手がしびれるようなこともありませんでした」
「さすがだな……」
セーラのムダ毛の硬さを知っているジェノは、何がとは言わない。セーラの言葉にほっとしたジェノは、解体している冒険者達のもとに向かって歩いていく。
冒険者達が解体している場には商人もおり、ビッグボアの大きさを近くで確認すると、目を輝かせセーラに叫ぶ。
「ゼラさん! ゼラさんが倒したビッグボアの毛皮を買わせてください! この間の狼の時は、言えませんでしたが今回はお願いします!」
今回もセーラは一撃のもとにビッグボアを倒したため、そのビッグボアにはほとんど傷がない。そんなビッグボアの毛皮を、今度こそは売ってもらおうと商人が叫んだ。
「ああ、かまいません!」
商人の言葉にセーラは、冒険者ギルドで目立ちたくない思いから、二つ返事で答える。
セーラの答えに商人は気を良くし、さらに続ける。
「ビッグボアの肉も私が買わせていただきます! ですが、肉は皆さんでご自由にお使いください!」
商人のその言葉を聞いた冒険者達は声をそろえる。
「「ならジェノ、料理をしてもらえないか?」」
冒険者達はジェノの顔をじっと見つめ返事を待つ。彼等のの目には、ジェノへの期待がこれでもかと言うほど込められていた。
そんな彼等の目を見てジェノはクスリと笑い答える。
「ああ、料理は任せておけ!」
その夜、野営の準備をする間、ジェノだけは皆とは別に、ビックボアの肉をふんだんに使った料理の準備をしていた。
そして、野営の準備がおわると夕食になる。
火のまわりをかこむセーラ達の前には、レアに焼かれたビッグボアの肉の塊ステーキがあった。
全員がステーキをフォークで刺し厚めにナイフで切ると、涎があふれる口を開き、一口でほおばる。ステーキを口に入れると、全員が無言で噛み続け、それを飲み込む。
「「美味い!」」
ステーキをほおばると、セーラ達の口内にジビエをさらに濃くした様な野性味あふれる味わいが広がる。全員がその味に酔いしれる中、商人がステーキを飲み込むと口を開く。
「いつもなら少し臭みがあったりするのですが、これからは全く感じないですね」
そう言った、商人はジェノをじっと見詰める。するとジェノは小さな容器をマジックバッグから出しながら口を開く。
「あんたが言う通り、ビッグボアの肉には少し臭みがあるんだが、それは彼等がすぐに血抜きをして解体してくれたから抑えられていた。だが、それでも残ったわずかな臭みをこれで緩和したからな、ほとんど感じないだろう?」
そう言ったジェノは先ほど出した容器を全員に見せる。
「これは、俺が独自に手に入れたスパイスだ。これで僅かに残った臭みをけしたんだ」
ジェノがそう言うと、商人はさらにステーキにかぶりつき、それを飲み込む
「さすが、ジェノさん素晴らしい調理です。一度食べた事のある王宮の料理にも勝るお味です」
商人は、ジェノの料理に最大の賛辞送るが、セーラとジェノ以外の冒険者他たちはステーキに夢中で誰も聞いていなかった。その事に気づくと気まずそうにする商人。
そんな商人にセーラが助け舟をだす。
「さすがジェノさん! とっても美味しいです! さぁ、我々も冷めないうちに食べましょう!」
セーラがそう言うと、ジェノと商人もステーキを切るのを再開するのであった。
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