第20話 ゼラとジェノ


「あまり眠れなかった……」


 そう呟いたセーラの目には隈ができていた。


「セーラ様。昨日は、色々あったから仕方がありません」


 セーラはジェノにそう言われて、昨日一日を思い出す。


 セーラは昨日ジェノに、悩んでいたムダ毛が処理できない事を打ち明けると、呪いなのではないかと言われ、ジェノの知り合いに鑑定を受けることとなった。その結果、鑑定ではセーラが呪いにかかっていない事がわかり、残る可能性として魔法がかけられているかもしれないと推測する。その後、セーラはジェノの提案で、勇者シュウダの聖剣で魔法を撃ち消そうと試みた。


 だが、その試みは思ってもいない事件を引き起こす。


 セーラは聖剣で自らの手を傷つけ、これで魔法がかかっていれば、打ち消されたはずと、そのまま聖剣でムダ毛の処理をしようとするが、聖剣が弾かれる。セーラは、そのまま支援魔法を自分にかけ、何度もムダ毛を処理しようと聖剣で斬りつけた。


 セーラが聖剣を何度か斬りつけた所で嫌な音が鳴り、二人が慌てて聖剣を確認すると、聖剣が欠けていた。

 

 慌てるセーラにジェノが一つの提案をする。それは、ドワーフの国に向かい聖剣を修復すること。

 そこからセーラとジェノは急いで王宮からでると、冒険者ギルドで五百枚の金貨を下ろし、姿を変え新人冒険者としてギルドに登録後、今受けている依頼に参加したのであった。


 セーラは聖剣が欠けてから、怒涛の勢いで行動し続けている間は気づかなかったが、野宿の準備をし夕食を食べ、火の番の後、眠りに着こうとしたところで、罪悪感と後悔の念に襲われた。


(やはりセーラ様はあまり眠れなかったようですね……無理もありません。……これは、お薬を用意した方が良いかもしれませんね……)


 ジェノが眠たそうにしているセーラを心配していると、突然二人にテントの外から声がかけられる。


「ジェノ、ゼラ起きてるか?」


 冒険者はそう言って、セーラとジェノが起きているか確認するために声をかけたのだが。


「はい、起きています……っ⁉」

「っ⁉」


(しまった! ああ、起きてると答えるべきだった!)


 セーラは冒険者達とできるだけ話さないようにしていた。それは、男性に変相している間、口調の間違いふせぐため。だがセーラは起きぬけで気が抜けていた事と、昨日あまり眠れなかった疲れから、いつもの口調で思わず返事をしてしまう。ジェノもセーラの言葉に焦るが、冒険者は特に気にした様子もなく返事をする。


「起きてるようだが、まだ寝ぼけているようだな。朝食を食ったら次の目的地に向けて出発するから、目を覚まして準備もしておいてくれ」

「ああ、わかった」

「ゼラを頼むぞジェノ」


 セーラに変わって返事をしたジェノの言葉を聞き、冒険者はテントから離れる。セーラとジェノは冒険者の気配が離れたのを確認すると、同時にため息を吐く。


「「……はぁ」」


 セーラはため息を吐いた後、ジェノの方を向き、申し訳なさそうに謝罪する。


「すいません、ジェノ。気がぬけていました」

「大丈夫ですセーラ様。彼に気づかれなかったようですし、それに昨日はあまり眠れなかったのでは?」

「わかりますか?」

「ええ、その……申し上げにくいのですが、目に隈が」

「そうですか……確かに昨日はあまり眠れませんでした……」

「今日は、村の宿に泊まる予定ですし、早めに眠りましょう」

「はい……」


 セーラはジェノの言葉に返事をすると、出発に向けての準備をはじめる。


 二日目は、初日の様に魔物に魔物に襲われる事もなく、夕方目的地の村に着く。

 一行は村に着くとすぐに宿に向かう。


「皆さん今日も特に問題もなく、村に着くことができました。ここは何度も来たことがある村で、村の中は安全です。私は、宿でゆっくりしているので、皆さんは自由にしてください。この村には酒場もありますが、くれぐれも明日に残るような飲み方はしないでください」


 商人の言葉に全員が頷く。


「俺達は、少し酒場に行くがジェノ、お前達はどうする?」


 商人の言葉の後、冒険者がセーラとジェノに尋ねる。


「いや、俺達は、村で少し買いたいものがある。悪いが酒場には行かない」

「そうか、わかった」


 そう言ってジェノはセーラを連れて村の中を歩き、薬屋を探す。


「宿の主人の話ではここだな……」


 ジェノはそう言って一軒の建物の扉をあける。


「いらっしゃい」


 ジェノが扉を開けると、店の奥から老婆で出てくる。


「すいまない、眠れない時に飲む薬はあるか?」

「それなら、これじゃな……」

「では、これで……」


 そう言ってジェノは、薬の代金を老婆に渡す。


「毎度あり」


 ジェノが老婆から薬を受け取ると、セーラと一緒に店を後にする。


「ジェノさん、いまの薬はもしかして……」

「ああ、ゼラが眠れなさそうにしていたからな」


 ジェノはそう言って、ニコリと笑う。


「……ありがとうございます、ジェノさん」


 ジェノの笑顔を見て、セーラは思わず頬を赤らめ視線をそらす。


 魔道具で姿を男性に変えているセーラとジェノ。この変化させた男性の姿は、元の二人の美貌を変化させているために、女性から見て非常に魅力的に見える。それこそ、振り返らない女性がいないほどに。

 そのため、心の中にシュウダがいるセーラでも、先ほどのジェノの笑顔で思わず頬を赤らめるのも仕方がない。


 だが、今二人は男性二人の姿であることを忘れていた。


 二人がいるのは、町と町の間にある小さな村だが、今回のセーラ達の様に冒険者が来ることは、特別珍しくはない、ただいつもと違う部分があった。


 それは、村に来た冒険者の二人が驚くほどの美形であった。その情報は小さな村ですぐにまわり、村の女性はその二人を一目見ようと、家の外で様子を見ていた。


 そんな中で、さっきの二人の行動は、村の女性をこれでもかと言うほど喜ばせた。

 まさに貴族が見る、ミュージカルの様に。


 その日、セーラ達が泊る宿には、村の女性から大量の差し入れが送られた。

 それを受け取った宿の料理番は、その差し入れを受け取ると、自分の腕によりをかけて豪華な食事を作って出した。


 この夜の夕食時、よくこの村に来ている商人は首を傾げていた。

 いつものと同じ宿、いつもと同じ料金。

 だが、今日の夕食は、これほどの料理を作る腕があったのかと、驚くほどのものであった。


 夕食後、商人が宿の女将に今日の料理が豪華であった理由を聞くも、宿の女将はニコニコとするだけで、決して理由を教える事はなかったらしい。

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