第11話 大賢者ラーン


 女性が2人に近づきながら叫ぶ。


「そこまでだ! 2人とも武器から手を離せ!」


 2人は声の主に視線を向ける。


「大賢者ラーン殿⁉」

「し、師匠⁉」

「2人ともここをどこだと思っている! 王宮内だぞ! 王宮に務める貴族と賢者と呼ばれる者が見るに絶えない喧嘩などして! しかも武器に手をかけるなど恥を知れ!」

「し、しかしラーン殿!」

「で、ですが師匠!」

「うるさい! 2人とも黙れ!」


 ラーンがそう言うと、魔法が発動する。


 本来であれば王宮内で魔法を使った場合、王宮に張られている結界が反応して、警報音が鳴り響くのだが、結界を張った本人がラーンのため、彼女だけは例外であった。


「「……⁉」」


 ラーンが魔法を使った途端、2人の口は開かなくなる。


「「んんんん!」」


 それでも必死に自分の言い分を話そうとするが言葉にならず、2人はうめき声を上げる。

 2人が必死に自分の口を開こうと悪戦苦闘していると、大勢の足音とガチャガチャと金属のすれる音が聞こえてくる。


「ラーン殿ありがとうございます! 我々では2人を止める権限も力もありませんので……」


 そう言って現れたのは王宮内に配備された騎士達。


「ハーゲンは私が預かるがよろしいですか?」

「はい! 問題ありません! 我々ではハーゲン殿を取り押さえる事はできませんので……貴族の方は、我々が預かりますのでよろしくお願いいたします!」


 申し訳なさそうにそう言った騎士達は、ラーンに敬礼すると貴族を連れていく。

 その場に残されるラーンとハーゲン。


「この馬鹿弟子が!」


 そう言ってラーンはハーゲンの頭を杖で叩く。


 ポコーン!


「し、師匠! 頭を叩くのはやめてください! あっ! しゃべれる!」

「騎士達が貴族を連れていくときに魔法は解いた。それすらもわからないとは……」

「師匠の魔法を感知できるものなどこの世界に何人もいないですよ!」

「その何人かはだれだ?」

「えっと……シュウダにセーラ、後は魔王は……我々が倒しましたし……後は探せば数人ではないでしょうか?」

「同じパーティーに2人もいるのにお前はそれでいいのか?」

「すいません……精進します……」

「ああ、励め……」


 そう言って、ラーンはハゲーンの頭頂部から顎の先へと優しく撫でる。


「や、止めてください師匠!」

「なんだ欲情でもしたか?」

「そ、そんなわけないでしょう!」

「なんだ残念だな……」

「そんな恰好でそんな事言われても、信じられるわけがない……」

「何度も言っているだろう。このかっこは好きでしている……それに、欲情したならそれで良い、お前に言った嫁になってやるという言葉は、嘘偽りでもなく真実だ……」

「……」


 賢者ハーゲンと大賢者ラーンの関係。それは、大賢者ラーンが賢者ハーゲンにベタ惚れしているにも関わらず、ハーゲンが断り続けている。


(良い返事をできるわけがない師匠が俺の嫁になってくれることは、嬉しいさ。途轍もなく嬉しい! だが! 師匠に俺が釣り合うのか? 魔法の知識は、未だ足元すら見えない師匠。それに長年の悩みの髪……周りにハゲを増やしてもその劣等感は消えなかった……それに俺は、これまでの人生を全て魔法の研究に費やした色恋沙汰などわかるはずがない)


 そう悩む賢者ハーゲンとは別に大賢者ラーンも思い悩んでいた。


(ああ、今日もいい男じゃないかハーゲン。うっとおしい髪など無くても良いじゃないか。以前私がそんなに気にするなら私も髪を全部剃ってやると言ったら、大慌てで止めたからやっぱり気にするんだな……それとは別にこの格好は、多くの男が欲する私をお前が手に入れた瞬間、全ての羨望をお前が手に入れるのだから良いではないか? 他の男が絶対に手に入れる事の出来ない女がお前のものになるんだぞ? それにどうせ色恋沙汰の経験が乏しい事を気にしているんだろう? 元大遊び人の私がリードしてやるに決まっているじゃないか! そこらにいる凡人どもでは考え付かないほどの事もできるし……)


「「はぁ……」」


 ハーゲンとラーンは思わずため息がそろう。


「もう、いいよ。騎士達も行った事だし」

「そうですか……失礼します師匠」


 そう言ってその場を離れるハーゲンの背中を見つめるラーン。


「大賢者になってもわからない事はあるんだね」


 そう言って、その場から離れるラーンの目は、潤んでいた。


「私も自室にもどって研究でもしようかな……おっとポーズは大切だよね浄化!」


 ハーゲンが見えなくなり、その場を離れるラーンは、周りの者達を安心させるために声を大きくして、浄化の魔法をかけてその場を離れる。




 ガチャリ ガチャリ ガチャリ


 ラーンが居なくなった後、しばらくして近くの扉が少しだけ開かれる。


「静かになりましたけど、喧嘩はおわったのでしょうか?」

「外が静かになったなた……」

「ラーン様が浄化したのだから大丈夫だよな……」


 ラーンの魔法を使う声を聞き、周りの部屋からハーゲンたちの喧嘩を見ていた者達が廊下をのぞきはじいい、誰もいない事を確認すると部屋に戻りそっと扉を閉める。


 ジェノもうつるぞという言葉に一度は部屋の扉を閉めたが、ラーンの言葉を聞き扉の隙間から外を確認すると、そっと扉を閉じた。


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