【コント】フライング父

鵜川 龍史

【コント】フライング父

〔登場人物〕

息:息子 父に付きまとわれる

父:父 息子に構ってほしい


息:(食事の支度をしている)

父:(息子の周りをうろついたり、ふと立ち止まって手をこすり合わせたりしている)なあ、ミツルー。父さん、いいことあったんだよ。

息:(無視する。食事の支度を終えて、席に座る)

父:(息子をつつきながら、付きまとう)ミツルー。聞いてくれよー。

息:うるさいんだよ! くそオヤジ!

父:ミツルー、いいことがあったんだよー!

息:(怒鳴りつける)俺はミツルじゃない!

父:あらあら? 息子ちゃん、反抗期?

息:話を聞け! 名前が違うんだよ!

父:分かる分かる。何の理由もなくイライラするのが、思春期というやつなんだよ。そう、あれは三十年前……。

息:語るな!

父:ある日、何の理由もなくイライラしていた父さんは……。

息:だから! 俺のイライラの理由はあるんだよ!

父:分かったよ。そんなにまで言うなら、その理由、父さんが一緒に探してやろう!

息:あんただよ!

父:ミツル! 父さんの何が原因だって言うんだ。

息:だから! ミツルじゃないって言ってんだろ! いい加減、名前、覚えろよ!

父:ミツルじゃない? じゃあ、俺の息子はどこへ行ったんだ。

息:息子は俺だけど、名前が違うんだよ。

父:あー、なるほど。

息:なるほどじゃないだろ。

父:父さん、名前覚えるの、苦手なんだ。

息:一人息子の名前ぐらい、覚えろよ!

父:苦手なんだから、しょうがないだろ! あっ、じゃあ、お前の名前、「息子」にしよう!

息:そんな父親、どこにいるんだよ!

父:ここにいるぞ、息子さん!

息:それじゃ、他人の息子だろ!

父:めんどくさいな。お前だって、父さんのこと「父さん」って呼ぶだろ。

息:呼んでねえだろ! この、くそオヤジ!

父:はっはーん。さてはお前も、父さんの名前、忘れたなー?

息:うっせーな! タケシだろ。

父:おお! すごい! さすが我が息子。

息:我が息子って、あんたは忘れてんじゃないかよ!

父:考えてもみろ。名前付けたの、もう十五年も前だぞ。そういうお前は、十五年前のこと覚えてるのかよ。

息:覚えてねえよ!

父:ほらみろ!

息:十五年前に産まれたんだよ!

父:あー、なるほど。

息:都合悪くなると「なるほど」って言うの、やめてくんない。すげー、むかつく。

父:(無言で目を見開く)

息:気持ち悪い! いいから、どっか行けよ。(食事に戻る)

父:なあー、ヒロシー。

息:(無視する)

父;ヒロシー。

息:(ぞんざいにあしらう)ヒロシじゃない。

父:タカシ、タキシ、タクシ、タケシ、タコシー。

息:当てずっぽう、やめろ。だいたい、タケシは自分の名前だろ。

父:アタシ、アチシ、アツシ、アテシ、アトシー。

息:アツシ以外、何なんだよ! そうやって適当なことやってるから、母さんも逃げてっちゃうんだよ。

父:母さんは逃げたんじゃない。……星になったんだ。

息:勝手に殺すな! だいたい、あんたのせいで、俺まで置いて行かれたんだからな。

父:どうしてだろうな。

息:自由に生きていくには、邪魔だったんだろ。

父:確かに、お前がいても、何の役にも立たないもんな。

息:あんた、ほんと、人でなしだよ。

父:まあ、そうだな。

息:この、人でなし!

父:どうも。

息:食事してる時に限って、ブンブンブンブン、飛びまわりやがって。

父:しょうがないだろ。……ハエなんだから。

息:なんで食べ物にたかるんだよ!

父:習性なんだよー。

息:だったらせめて、トイレについて来るのは、やめてくれ!

父:トイレに来るな? なんて冷たい息子……。父さんのこと、何だと思ってるんだよ!

息:ハエだろ! だからこそ、来るなって言ってんだよ!(言いながら、立ち上がってコップに飲み物を注ぐ)

父:(息子が見ていない隙を突いて、食事に手を付ける)

息:何、触ってんだよ!

父:ちゃんと手は洗ったぞ!(手をこすっているのをアピール)

息:嘘つけ!(手を指さす)それ、手洗いじゃないだろ。単なるハエの習性だよ!

父:違う! 父さんは、人間だった時から、わりとこうだぞ!

息:それは、サラリーマンの習性だろ。

父:そんな父さんですが、仕事が見つかりました! はい。パチパチパチパチ!(手を激しくこすり合わせる)

息:え? 仕事? 何するんだよ。

父:運び屋。

息:はあ? あんた、その体でどうやって運ぶんだよ!

父:手で掴んで運ぶんだよ。

息:そんな体で、何が運べるんだよ。

父:知らないよ。運び屋は何を運ぶか、知らされないんだ。

息:やばいもの、運んでんじゃないだろうな。……ぐっ(突然、息苦しそうに胸をかきむしる)

父:どうした?

息:だから……触るなって……言った……のに(机に突っ伏す)

父:(息子をつついて反応がないことを確かめる。両手を見て、大きくうなずく)なるほど。……手、洗ってこよーっと。

(幕)

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【コント】フライング父 鵜川 龍史 @julie_hanekawa

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