Ⅵm:いちばんやりたいこと
あれから『
「よしっ、ソプラっち、今度はアイドルのコンペに挑戦してみよう!あの『新宿ファンタジアガールズ』が楽曲を募集しててさあ。若い子の感性が欲しいからって。ソプラっちにぴったりだと思うな、俺」
打ち合わせを終えて歩く繁華街。隣にいるマネージャーが、大きく両手を広げて嬉しそうにそう語りかけた。
「あははっ、でもあたし、歌詞書いたことないんで……」
「いやー、そこはトライっしょ! なんでもやってみないとさ」
少し前まで将来に悩んでいたのが嘘みたい。今のあたしは、きっと音楽で成功したといえるのだろう。でも……。
ちっとも幸せじゃない。
あたしは、一番会いたい人に会えていない。
ミオンさんとは、あの時カフェで会ったのが最後だった。あれから「歌詞の書き方を教えてほしいです」とか、「おしゃれなお店を見つけたので、お茶でもどうですか」とか、何度かメールを送ってみた。
でも、返信は全く来ないまま。そのうち、例の動画のことも引っかかって、連絡を取るのをあきらめてしまったのだった。
「そういえば、ミ……、シオミシンヤって、どうしてるんですかね」
そんな疑問が、自然と口をついて出た。
「シンヤくんかあ。あー、なんか最近行き詰まってるみたいね。新規の楽曲依頼も受けてないとか」
マネージャーの言葉に、あたしは目を見開いた。
「それ、本当なんですかっ」
「まあ、よくわかんないんだけどねえ。いわゆるスランプってやつかもしれんなあ。って、ソプラっち急になんなん!」
マネージャーは、がははっ、と大きな声で笑った。あたしはそっぽを向き、体の前でぎゅっと両手を組んだ。
「い、いや。なんとなく、気になっただけですけど」
「あー、そかそか。一緒に仕事したことあるんだっけ。……シンヤくんって、俺は会ったことないけど、気難しい、って感じ? 神経質とか言われてるしさー」
「……」
「まっ、いろいろ大変なんじゃないの」
分かったようなこと、言わないでよ。
喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。
ミオンさんのことを分かっていないのは、むしろあたしの方。少し一緒に仕事をして、たわいもない話をして。それだけで分かった気になっている。本当に、バカみたいだ。
「だいじょぶだいじょぶ。ソプラっちは今、超いい感じなんだからさ。自分の仕事のことだけに集中しなね」
マネージャーはそう言うと、歯を見せて笑った。
「は、はい……」
あっけらかんとしていて、なんとなくあたしとは波長が合わない人だ。でも、あたしの不安を和らげて、やる気を引き出そうとしてくれているのはわかった。
「そんじゃ、ここで。俺は別の打ち合わせがあるから。もう夜遅いし、気を付けて帰ってね」
「はいっ、お疲れ様です。ありがとうございました」
前を向くと、地下鉄の駅が見えた。だけど、出入り口は横断歩道を挟んだ向こうにあった。
しかも、歩行者用信号は青く点滅している!
「やばっ、信号変わっちゃうっ」
あたしは慌てて走り出す。でも途中で、足がもつれて転んでしまった。
「いった……」
バサバサっと音を立てて、トートバッグの中身がこぼれる。プリントが散らばってしまった。その中で、学校で渡された「進路希望調査」の用紙が目についた。そっか、もうそんな時期なんだ。
(……進路希望調査、書かなきゃな)
あたし、今なにがしたいんだろう。
どうやったら、幸せになれるんだろう。
ふと頭の中に、人魚のように幻想的に歌うミオンさんの姿が浮かんだ。
第一志望、人魚姫を助けにいく!
第二志望、人魚姫と一緒に、幸せの海を渡る!
第三志望、第三志望は……。
人魚姫のために、竜宮城を百軒建てる、アッハァン! ……とか?
なにそれ。なんだかおかしくて、とっても空しくて悲しいな。不思議と、笑いが込み上げてきた。
ふいに目の前が真っ白な光に照らされ、キイイイ、というブレーキ音が響く。
――やばい。そう思って目を閉じようとしたとき、視界に見慣れた亜麻色が見えた、気がした。
「ソプラさん、危ない……!」
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