Ⅲm:ジュエルの原石

「最初に曲のアドバイス、ということでよかったよね」

「は、はいっ」

 あたしがそう答える横で、ミオンさんは椅子に腰かけて足を組んだ。

 そのまま、彼女はモニター画面にあたしの曲のデータを表示し、クリアファイルからガサゴソとメモ用紙を取り出した。

「それじゃあ、言っていくね。ソプラさんの曲は、良く言えば初々しい。でも裏を返せば、初心者っぽさが目立つということ」

 ミオンさんは、手元のメモ用紙を見つめたまま、そう言い放った。

「はい……」

「まずは、曲が平坦で強弱がない。どこかを強くして、弱くして、っていうメリハリのない展開だから、聞き手は飽きるかも。どこを一番見せ場にしたいのか、を意識した方がいい」

 二人だけのスタジオに、ミオンさんの淡々とした声が響く。透き通るように美しいけど、どことなくひんやりとした感じもする。

「音色の選び方も見直すべきかな。安っぽい音が多いから。今、使ってる音源は?」

「DAWの中に入ってる、無料のやつです」

「そっか。それだったら、有料の音源を一回試してみてほしい。後で私の機材を一緒に使ってみよう。触りながら説明する」

「わ、わかりました。ありがとうございます」

「音作りについては……」

 ミオンさんは、目を伏せ、かすかにため息を漏らした。

「正直、すごくもったいない。周波数帯域がぶつかってて……なんていうかな、いろんな楽器の音同士が喧嘩してるの。だからゴロゴロして聴きづらい」

「音同士が、喧嘩」

「そう。そこが最大の改善点かな。こればかりは、時間をかけてコツを掴んでいくしかないけれど。でも、イコライザで周波数を見て、ぶつかっているところを確認するくらいはやってほしい」

「周波数を見る……」

「そう、音楽は耳だけじゃない。目で見て、体で響きを感じて。全身で心地よいバランスを探していくものだから」

 あたしは、ぎゅっと唇を嚙み締めた。

 ――まずは、曲について正直なアドバイスがほしいです。

 そうお願いしたのは、あたしの方だ。

(いざ指摘されると、ちょっと凹むな……)

 でも、同時にすごく嬉しかった。ミオンさんはどこが良くないのかをとことん分析し、具体的な改善策も添えてくれるからだ。

「あはは……ダメなとこばっか。いろいろと、直さなきゃですね」

 あたしが頭をかいて笑うと、ミオンさんは顔を上げ、あたしを見据えた。そこには、きらきらと輝く瞳があった。

「だけどね、ソプラさんの曲は、すごく良い。今言った部分を凌ぐぐらい、素晴らしさに溢れてる」

「えっ」

 すごくいい。その言葉を聞いた途端、自分でも自然と笑みがこぼれたのがわかった。それに気づいたのか、ミオンさんは組んでいた足を解いて、椅子にもたれていた体を起こした。

「こんな曲、聞いたことなかったの。コード進行、メロディー、全体の構成。何から何まで、初めての感覚で」

「そ、それはいろんな曲を聴いて参考にしてるから……」

 あたしが慌ててそう言うと、ミオンさんは両方の拳を握りしめ、身を乗り出した。

「そうだとしても! ソプラさんは吸収して自分のものにできているんだよ!」

 ミオンさんはそう大きな声で言ったあと、マウスに手をかけ、モニターの再生ボタンを押した。すぐに、あたしの曲が流れ出す。ミオンさんがこちらに向き直った。子供のように、無邪気な笑顔だ。

「これ……Cメジャーから長三度で循環してるからコルトレーン・チェンジかと思ったけど、それは下行で、ソプラさんのは上行なの。長三度循環の上行って、違和感なく使うのがすごく難しいんだよ! でも、ドミナントモーションを入れたおかげで自然に聞こえるからすごい。そのうえ、五拍子と三拍子のポリリズムになってて……」

 呪文のような言葉を嬉々としてまくし立てたあと、ミオンさんはふいに口ごもった。ふっとため息をつき、力なく笑った。

「って、理屈で聴こうとするから、だめなんだよね」

 そう呟いたあと、ミオンさんはすっくと立ち上がった。

「あの、あたし……全然そんな大したことやってなくて。ほんとに、なんとなく音を置いていっただけなんです。さっきのミオンさんの言ってたことも、全く分からなかったし」

「ううん、それでいい。理屈に縛られず、感覚で音楽を紡いでいけるのが、ソプラさんの強みなんだ」

 ――あたしの、強み。

 そう思うと、心の底から嬉しさがこみあげてきた。この人は、性別や身分じゃなくて、ちゃんとあたしのことを見てくれているんだ。

「すごい、本当にすごいの……こんなに自由で、わくわくする音楽があるんだって、びっくりした」

 ミオンさんは大きな身振り手振りとともに、そう語った。恥ずかしさのあまり、体じゅうが火照る。

「……海の底に眠っていた、誰も見たことないジュエルの原石を見つけた、って感じ」

 ミオンさんはまっすぐとあたしを見つめた。

「だから、もっともっと、世界に届けよう。ソプラさんの作品の輝きが伝わるよう、丁寧に磨くから。どうか、リミックスさせてください」

 あたしを捉える瞳は、嘘偽りなく澄んでいるように思える。

 こんなに真剣にあたしを見てくれる人と、音楽をできたらどんなに幸せだろうか。心から、そう思った。

「は、はいっ!」

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