第3話

 2日目は、京都で1日自由行動。

 各班で事前に決めたルートを回る。

 私たち4班は、まず平安神宮へ行った後で、京都御所を目指した。


 京都御所は、昔、天皇陛下が住んでいた場所だ。

 平安時代の建築様式で、今でも天皇の即位礼に使われている。

 事前に、2班も同じタイミングで京都御所を回ると宏美から聞いていたので、私は、青柳くんの姿が見えないものかと始終そわそわしていた。


 そして、ちょうど尚美館に差し掛かった頃、2班の宏美たちと遭遇した。でも、そこに青柳くんの姿はない。


「あれ、尊くんは?」


 湯川さんが尋ねると、2班の全員が困ったように顔を見合わせる。


「それが……途中で俺は抜ける、とか言ってどこかに行っちゃって……」


「えぇ?! それって行方不明ってこと?

 もちろん先生には連絡したでしょうね」


「先生には言うなって、夕方までには戻るからってさ」


「何言ってるのよ、そんなの放っておいちゃダメじゃない。

 何かあったらどうするのよ」


 怒った湯川さんを2班の川田くんが宥める。


「まぁ、あいつ元々京都に住んでたって言うから、土地勘はあるんじゃないかな。

 そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 青柳くんと仲の良い川田くんがそう言うものだから、皆それで納得してしまったらしい。


(そっか、青柳くん、京都に住んでたんだ)


 私は急に、青柳くんのことを何も知らない自分に悲しくなった。

 私が知っている青柳くんは、いつも休憩中に本を読んでいて、社会が得意で、たまに図書室でも歴史の本を借りて行くことくらいで……。


(……あ。もしかして、あそこに居るかも)


 私は、青柳くんが京都で行きそうな場所をたった一つだけ思い付いた。


 2班と別れて京都御所を出た後、4班は、そのままお昼を食べに行く予定だったけど、私は自分の思い付いたことを試してみたくて仕方なかった。

 思い切って皆に、私も行きたいところがあるから別行動させて欲しいと伝えると、その場に微妙な空気が流れた。

 青柳くんのことがあるから、皆承諾しづらいのだ。

 中でも特に湯川さんが猛反対した。


「どうせ尊くんを探しに行くんでしょ。

 抜け駆けなんて絶対にさせないから」


 そういうわけじゃないんだけど、と言ってみても全く聞き耳を持たない。

 そもそも青柳くんがそこに居るという確証もない。


「で、どこに行きたいんだよ」


 熊本に聞かれて私が答えると、元々西陣織体験に興味のなかった男子勢が賛成してくれた。

 生徒会長として予定を変えることはどうなの、と私が聞くと、熊本はふんぞり返って答えた。


「ふん、〝予定〟は〝未定〟だからな」


 私たちはバスに乗って目的の場所へと向かった。

 そこは、二条城の向かいにある小さな禁苑で、清らかな泉が常に沸くことから《神泉苑》と名付けられたそうだ。


 禁苑とは、天皇御遊のための庭園で、かつて苑内には、大池、泉、小川、小山、森林などの自然を取り込んだ大規模な庭園が造られていた。

 そして、歴代の天皇たちが行幸されては、節会行事や花見、詩会、避暑など宮中行事や宴遊が盛んに催されていたという。

 長い年月の間に災害と再興を繰り返し、当時の広大な敷地は大幅に縮小されてしまってはいるものの、竜神が住むと呼ばれる大きな池と、朱塗りの湾曲した美しい橋が見る者の目を奪う。

 かつて平安時代の天皇たちがこの池に船を浮かべて管弦遊びを楽しんだのだろう。

 池の周囲には、生い茂る緑の木々が視界を狭め、青柳くんが居るかどうかは分からない。


 とりあえず、手分けをして探そうということになり、集合時間を決めて各々好きな場所を見て回ることにした。

 私は、本殿で御朱印帳に記帳してもらった後、法成橋へと足を向けた。

 池の真ん中にある善女龍神社へと続くこの橋には、願いを一つだけ念じて橋を渡り、善如竜王にお参りすれば、願いが成就するという言い伝えがある。


 私は祈った。


(青柳くんと会えますように)


 神泉苑は、古来より日照りの際に祈雨(雨乞い)が行われたり、疫病が流行った際に御霊会が行われたりする霊場としても使われていた。

 白拍子の静御前が舞って雨を降らせたという逸話も有名だ。


 尊くーん、と湯川さんがどこかで叫んでいる声が聞こえた。

 私には、彼女みたいに声に出す勇気はない。

 いつも気が強く女王様気取りであまり好きになれないけれど、彼女のそういうところは素直に羨ましいと思う。


「どうしてここに青柳くんがいるって思ったの?」


 橋を戻ったところで由梨に聞かれた。

 私は、本当にただのカンなんだけど、と初めに断ってから話し始めた。

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