第2話
修学旅行の当日。
まずは、新幹線で京都へ向かう。
新幹線の中で座る席順は、班ごとで固まって座る。
分かっていたとは言え、青柳くんと何も接点がないことに溜め息しか出ない。
せっかくの楽しい修学旅行なのに、あんまりだ。
せめて座っている青柳くんの姿だけでも拝められれば救われるのだけど、私の席から見えるのは、座席をくるりと反転させてこちらを向いている3班の女子3人と、隣に座っている2班の女子2人。
通路を挟んだ向かいの2列席は、一般のお客さんが座っているため、先ほどから先生たちが静かにするよう言っているけど、誰も聞いていない。
皆、家から持ち寄ったお菓子を食べながらトランプに興じたり、バカ騒ぎをして学年主任に怒られる男子らの声で溢れていた。
私は、昨夜なかなか寝付けなかった所為で、いつの間にか女子トークを子守歌代わりに眠ってしまっていた。
ふと目を覚ますと、何故か目の前に青柳くんが座っていた。
私は、慌てて口に手を当てて、涎が出ていないかチェックする。
うん、たぶん大丈夫。
すると、読んでいた文庫本から顔を上げずに青柳くんが呟いた。
「口開けて寝てたぞ」
「うそっ」
ふっと青柳くんが笑みを漏らした。
それだけで恥ずかしい気持ちよりも嬉しい気持ちの方が勝るのだから恋って不思議だ。
「ってか、なんで青柳くんがここに……由梨たちは?」
ん、と青柳くんが無言で背後(進行方向で言うと前方)を指さす。
立ち上がって2班の席あたりを見ると、皆で集まって大富豪をしているようだった。
「ここが一番静かだったから」
そう言いながら青柳くんがページを捲る。
文庫本にはカバーが掛かっていて、タイトルは見えない。
本好きの私としては、何の本を読んでいるのかとても気になる。
邪魔しちゃ悪いかなとも思ったけど、青柳くんと喋れる機会は今しかないと決心して、口を開いた。
「何の本を読んでるの?」
「ひみつ」
私の葛藤と決心を一蹴するかのように、にこりともせずに言うものだから、私はそれ以上聞くことが出来なくなった。
青柳くんと話したいことはたくさんあったけど、今はただ静かにしていようと思った。
青柳くんがどこかへ行ってしまわないように。
私は、手持ちのリュックから読みかけの文庫本を出して読むことにした。
青柳くんは、ちらりともこちらを見ないで自分の本を読み耽っている。
まるで、ここに私の存在はないかのようだ。
それでも私は、彼と同じ時間を共有できているようで嬉しかった。
読んでいる本の内容は、全く頭に入ってこなかったけれど。
私が青柳くんのことを意識し始めたのは、中学二年生の時。
クラスは違ったけど、たまたま友達に用事があって訪れた教室で、ただ一人静かに本を読む青柳くんの姿が目に留まった。
同級生で休み時間に本を読んでいる男の子なんて見たことがなかったから、それ以来、私の中で青柳くんは特別な人となった。
時々、廊下ですれ違うだけで、どきどきして顔を伏せた。
中学三年生になって同じクラスになるまで言葉を交わしたことはなかったけど、いつの間にか彼を目で追うようになっていた。彼の周りだけ空気が、色が違って見えた。
それが恋なのだと、私は生まれて初めて知った。
それまで私がいた恋愛が全部ただのママゴトだったのだと判った。
目的地の京都駅が近づくと、先生の呼びかけで皆が自分の元の席へと戻って行く。
青柳くんも、まだ本を読みたそうだったけど、渋々自分の席へと戻って行った。
その理由が私にないことは判っていたけど、それでも私と同じ気持ちでいてくれるようで嬉しかった。
席に戻って来た由梨が私に耳打ちした。
「青柳くんと何か話せた?」
私は苦笑しながら肩をすくめて見せた。どうやら由梨が宏美と一緒になって気を効かせてくれたらしい。
持つべきものは友達だ。宏美にも後でお礼を言おう。
その後は、1日団体行動で、並ぶ順番も班別だから青柳くんとの接点は全くなかった。
夜、宿泊先のホテルで夕食を済ませ、大浴場から部屋へと戻る途中、湯川さんに声を掛けられた。
「若槻さんって、尊くんのことが好きなの?」
あまりにも単刀直入だったのと、湯川さんの威圧感に気圧されて、私は答えられなかった。
すると、それを肯定と受け取った湯川さんが私をきっと睨んだ。
「あなたには負けないから」
どうやら湯川さんも青柳くんを好きらしい。
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