【短編】好きです。
風雅ありす
第1話
好きでした。あなたのことが。
とてもとても、好きでした。
学活の時間。
いつもより騒がしい教室の中で、私は全身全霊を掛けて神様に祈っている。
普段は神様なんて信じていないけど、今だけは例外だ。
私の運命が懸かっているのだから。
クラスメイトが一人一人、先生に名前を呼ばれて前へ行き、教卓に乗せられた白い箱の中から小さく折りたたまれた紙を取り出して、自分の席へと戻って行く。
「
どきん、と心臓が大きく撥ねた。
私の番だ。深呼吸をして前に出る。
皆から、こんな紙切れ一枚に必死になっていると思われたくはないので、あまり時間を掛けないようさっと箱の中から紙を一枚引く。
(ああ、神様お願いです。
もう学校の帰り道に買い食いしたりしません。
家のお手伝いも進んでやります。
塾長の悪口も言いません。
何でもやるから、このお願いだけは……)
自分の席に戻ると、深呼吸を一つ。
我ながら見事な女優っぷりだと思う。
内心では戦々恐々としながら紙を開くと、そこには“4”という数字が書かれていた。
(何て縁起の悪い数字!)
周りでは、何班だった、とお互いの引いた番号を確かめ合う声が飛び交っている。
私も近くの席の友達と見せ合いながら、こっそり教室の一角を見た。
賑やかな他のクラスメイトとは一線を画すように、彼の席だけ大人びた沈着さが漂っている。
隣の席の女の子が彼に声を掛けると、何か短く答えているようだったが、周りの声がうるさくて聞こえない。
全員がくじを引き終わり、先生の指示で席移動が始まる。
そう、これは新しい班を決めるためのくじ引きだ。
でも、ただの班決めではない。
なぜなら、今度の班は、修学旅行の班でもあるからだ。
修学旅行。
それは、中学生最後の思い出を飾る大イベントだ。
思春期を迎える男女が親元を離れて2泊3日の寝食を共にする。
それだけでも何だか胸がどきどきするというのに、いつもの学校生活では決して味わえない、非現実な環境で初めての経験を共有し、仲間意識と自身の成長を深める特別な時間。
そんな状況下で、想いを寄せている人と少しでも近づきたいと思っているのは、きっと私だけではないだろう。
修学旅行は、学年全体で行うが、基本的には班行動となる。
事前に回る観光名所とルートを決めるのも、食事の席や旅館の部屋割りまで班単位で行う。
修学旅行中、最も長く一緒に行動を共にする仲間が班員なのだ。
つまり、修学旅行が楽しく有意義なものになるかどうかは、班決めに全てが懸かっていると言っても過言ではない。
ぎぃぎぃ、がたがたと大きな音を立てて机ごと移動を開始する。
私も、自分の引いた4班へと移動した。
4班に集まったメンバーは、次の6人。
【加美長 隆二】
いわゆる三枚目。本人はイケメンだと思っている痛いやつ。
サッカー部所属。
【熊本 勝】
生徒会長。いわゆるオタク。
私は、心の中で“モアイ像” と呼んでいる。
【井上 航】
可もなく不可もなく。
あまり喋ったことがないので良くわからないけど、悪いやつではなさそう。
【湯川 亜沙美】
どっかの会社の社長令嬢らしい。
美人でスタイルも良く、男子にもてる。
【若槻 未央奈】
可憐で見目麗しい……って、自分で言えるほど痛くない。
無類の本好き、図書局長。
【藤田 由梨】
一見、大人しそうに見えて実は毒舌。
私の親友。
「はぁ~…………」
私は、演技も忘れて盛大なため息を吐く。
「どしたの、大丈夫?」
由梨が首を傾げて聞いてくる。
これは、一見友達を心配して声を掛けているように見えて、内心何か面白いことがないかと探っている顔だ。
「Gくんと離れ離れになっちゃったね」
周りに聞こえないようこっそり耳打ちしてくるあたり、判ってて聞いている。
私が神様に必死になって祈っていた彼は、2班だった。
【
すらっとした長身に、キリっとした一重、一見近寄りがたい空気を持っている彼は、勉強もできてテニス部の副キャプテン、ときたら女子にモテない筈がない。
ただ、性格に難ありで、将来の夢は、教祖になって青柳教を広めることだ、とかぬかすものだから、大半の女子は引いてしまう。
教祖になる夢が冗談か本気かは分からないけど、私は、そんな変わったところも良いと思っている。
学活が終わった後、2班になった山中 宏美が私の席まで来て、修学旅行の班行動で回る場所が決まったら教えるからねと言ってくれた。
決まった後で知っても意味がないのだけど、気持ちは嬉しいので、ありがとうと答えた。
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