第4話
図書局員の私が、いつものようにカウンターで本の受け渡しをしていたら、青柳くんが借りていた本を返しに来た。
実は、青柳くんが図書室で本を借りることは滅多にない。
普段からどんな本を読んでいるのか気になっていた私は、その本を借りた。
これだけ聞くとストーカーみたいだけど、前から読んでみたいなと思っていた本だったから……って言い訳っぽいね。
その本は『義経記』といって、源義経について書かれた本だった。
内容についてはここでは省くけど、本を読んでいる途中に栞が挟まっていた。
そこは、神泉苑で義経が静御前と出会うシーンだった。
私は、その栞を青柳くんに返すついでに聞いてみた。
まだ読んでいる途中だったのかと。
すると彼は答えた。
本は全部読んだ、読み終わって、適当なところに栞を挟んだまま忘れていたと。
「それじゃあ、たまたまなんじゃないの」
「うん、私もそうかと思ったんだけど、その後……」
青柳くんが隣のクラスの女の子に告られたという噂を耳にした。
私は、それだけでもショックを受けたけど、それ以上に青柳くんの返答を聞いて更に頭を悩ませた。
『君が静御前で、俺が義経だったらね』
「え、どういう意味?」
「私もわかんないんだけど、それを聞いた相手の女子は、馬鹿にしないでって言って平手打ちしたらしい」
「は? ますます訳わかんない」
源義経と静御前の恋物語は有名だが、実は義経には本妻がおり、静御前は妾という立場なのだ。
それを告った女子は、自分のことを本命ではなく遊び相手としてなら良いよ、と言う意味に受け取ったらしい。
「うーん……そう取れなくもない、か?
いやでも、かなり屈折して受け取ってる気が」
「私もそう思う。
でも、何となく青柳くんにとってここが特別な場所なんじゃないかなって気がして……」
ふーん、と頭を捻っていた由梨が何かを思いついたかのように、にやりと笑った。
「愛の力ってやつね」
「そ、そんなんじゃないよ」
でも結局、青柳くんは見つからなかった。
私は、班員たちに謝って、皆で次に向かう予定だった金閣寺へと向かうことにした。
ちょうどバス停に金閣寺行きのバスが停まっていたので、皆慌てて駆け乗った。
青柳くんが見つからなかったことで落ち込んでいた私は、ぼーっとしていてそれに気付くのが遅れた。
はっと気づいた時には、もう皆バスに乗っていて、慌ててバスへ駆け寄ったけど、突然後ろから誰かに腕を掴まれてつんのめった。
ぷしゅーっと音を立ててバスの扉が閉まる。
窓から由梨の驚く顔が見えた。
私が振り返ると、私の腕を掴んでいたのは、青柳くんだった。
「な、なななな」
「七×七=四十九?」
真面目な顔で冗談を言う青柳くんに、私は開いた口が塞がらない。
竜神様が私の願いを叶えてくれたのだろうか。
「あ、バス」
はっと気付いて振り戻るも、バスはとっくに出発して、車の波に飲み込まれていた。
「どうしよう、皆とはぐれちゃう」
「スケジュールは知ってるだろう。後で合流できるよ」
しれっと言いのけて次のバスを待つ青柳くんに、私はだんだん腹が立ってきた。
「誰の所為だと思ってるのよ、みんな青柳くんのことを心配して探してたんだよ」
「知ってる。さっき聞いてた」
ということは、やはり神泉苑に居たということか。
知っていて隠れていたということでもある。
「どうしてこんなこと……ってか、どこに行くのよ」
目の前に来たバスに乗ろうとする青柳くんに声を掛けると、彼は振り返って言った。
「こいよ」
(なんで、どうして、こうなった?)
バスに乗って空いている席に座ってから、青柳くんは一言も喋らない。
皆を追って金閣寺へ向かうなら路線が違う。
京都内は幾本もの路線が入り乱れていて、一本違う路線に乗ってしまうと目的地に着くことが出来ない。
青柳くんは京都に住んでいたというから、それを知らない筈はない。
そもそも青柳くんは2班なので、4班の行先なんて知る筈がないのだけど、そもそも2班と別行動をとった理由もまだわからないままだ。
青柳くんは、先程から私がどこで降りるのか尋ねても、口に人差し指を当てて黙ってしまう。
今は、窓の外を流れて行く景色をただ眺めている。
その表情からは何を考えているのか分からないが、懐かしい故郷へ帰ってきて嬉しいという顔ではないことだけは確かだ。
そもそも青柳くんがはしゃいでいるところを想像できない。
私は諦めて、窓の外の景色を眺めることにした。
由梨は心配しているだろうか……いや、彼女が居た位置からなら私の後ろにいた青柳君の姿が見ていただろう。
後で根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
むしろ心配なのは、湯川さんだ。
私が青柳くんといることを知ったら、激怒して引き返してくるだろう。
その様子を想像して寒気がした。
今は、彼女に会いたくない。
熊本は、先生に連絡するだろうか。
生徒会長らしくない生徒会長だけど、班員が行方不明となったら少しくらい責任を感じているかもしれない。
そうなったら、何て言い訳しよう……そんなことを私が考えていると、青柳くんが降下ボタンを押した。
どうやら次の停留所が目的地らしい。
(ええい、なるがままよ)
私は、腹をくくった。
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