第4話 営業さんのコーヒータイム。

「何飲みます?」

「接待は受けちゃだめなんですけど…」

「あっ、じゃあご自分でどーぞ!」

「引き下がるの早いですよね」

「こっちも経費厳しいんで、売上取れない営業先にそんなに突っ込めないんですよね」

 先に自販機からブラックコーヒーを取り出した黒石さんは、数回手のひらで缶を転がしてからプルタブをあけた。

 ベンチに座ってコーヒーを冷まそうと息を吹きかけている黒石さん。

 何度会っても、学生と言われても信じてしまうような若い、もっと言えば幼い印象を抱いてしまう。

 僕もコーヒーを買う。午後が始まったばかりのラウンジは、誰もいない。どこかの教室の講義の声がかすかにきこえる。 

「というか、ボスがいるときに来てくださいよ。僕、ただの助教なんで、権限ないですよ」

「──ぶっちゃけいいんですよ、別に先生のところで売上作れなくても」

「えっ?」

「あたし、先生に興味あるだけなんで」

 そう言うと、黒石さんはニヤリと笑った。その笑みからびっくりするほど老獪な魅力が垣間見えた気がして、僕は思わず目をそらしながら隣のベンチに腰掛ける。

「先生、大月隠りはお仕事ですか?」

「大月隠り? 大月隠りって…」

「今月末ですよ。世の中の若者はみんな大月隠りの日はパーティするじゃないですか!」

 そう言うと、黒石さんは立ち上がり、芝居がかった調子で続けた。

「…新年の前の日、冥界の扉が一晩中開く夜、魔法使いの夜、大月隠り! 魔法使いの力は強まり、魔力のない人も魑魅魍魎に食われぬよう魔法使いのフリをし、一晩中騒ぐ!」

 黒石さんが決め、とばかりにポーズをする。

「僕、パーティするほど若くないんで…」

「やだなぁ、じじむさいこと言っちゃって。空いてるんなら、あたしとデートします?」

「えっ?」

「うふっ、考えててくださいね! せっかくの魔法使いの夜なんですから!」

「魔法使いの夜、か」

 僕が小さくため息をつくと、黒石さんは再び僕の隣に腰を下ろした。

「僕、普通の人なんで」

「…知ってますよ。営業かける人の情報集めるのは、基本中の基本なので」

「そうでしたか」

「──魔法って、何なんでしょうね」

「藪から棒に何を…」

「魔力のあるなしって、一体なんなのかしら。遺伝でもない、あとから身につけられるものでもない、誰にでもできるわけではない──魔力を持つ人と持たない人の割合、ご存知でしょう?」

「確か、60%くらいがなんらかの魔力を持ってるんじゃありませんでしたっけ」

「そう。しかもその過半数は強い魔法は使えない微力な魔力しか持たない。魔法を活かした職に就けるのは、小学校ひとクラスのうち、一人か二人」

「よく楽器に例えられますよね。過半数の人は、ハーモニカなりピアノなり、楽器を弾くことはできるけれど、それで食べていくことができる人はほんの一握り…というように」

「でも、その一握りが世界の理を司っている。それが、魔法使いなわけです」

「一握りって言っても…」

「有名なジョークがあるでしょう。音楽家が7人集まるとコンサートが始まる、魔道士が7人集まると──滅びが始まるってね」

 魔道士というのは、かつて歴史上に数人いたとされる、偉大な魔法使いのことだ。同時代に7人集まったという史実はないとされる。

「あの、これ、なんの話──」

「と、まあ冗談はこれくらいにしておいて──あの子、ちゃーんと見張ってたほうがいいと思いますよ」

「あの子? それって──」

「じゃ。あたしはこれで!」

 そう言うと、黒石さんは缶を捨て、立ち上がった。窓をあけて、ひらりと窓枠に飛び上がる。

『よばわり、よりきく』

 彼方に向かってそう呟くと、遠くからこちらに向かって飛んでくるものがある。──ホウキだ。遠隔操作、これはかなり複雑な魔法のはず…。

 この人、いったい…。

「じゃあせんせ、またね!」

「あの、次はちゃんとボスにアポ取ってきてくださいね」

 黒石さんは飛んできたホウキに横乗りすると、僕にウインクをして、窓から飛び去っていった。

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