第3話 種、植えられる。

 黒石さんはにこにこしながら僕の肩を叩く。黒石さんの周りだけ、いつも気温が0.5℃高いような気がするのだが気のせいだろうか。

 黒石さんは半年ほど前、うちに飛び込みでやってきた大手魔法道具商社の営業マンだ。童顔と低めの身長、あとこのハイテンションで、スーツを着ていてもかなりお若く見える。しかしうちに入り込もうとするガッツは新人のそれではなく、年齢不詳だ。

「白川先生、それにしても何か発注ありません? あっ、そういえばこの間、萌黄先生の研究室は特注ゴーレムの発注したそうですよ! 10体! 先生のとこはどうです?」

「いやあ…」

 僕が言葉を濁していると、黒石さんの向こうで吹山さんがさらに険悪な視線を向けているのがわかった。

「じゃあ私はこれで」

 しれっと去っていく紺谷さん。このカオスを放置か。ナイス判断。

「あー、えーっと、吹山さん、僕が担当教員になる白川です。じゃあ研究室と校内の案内をするから…」

「…はい」

「あ、赤間くん!」

「うい?」

「吹山さんに、食堂とかトイレとか購買とか、一通り説明してあげて!」

「ういーっす」

 そう言って腰をあげた赤間くんは、立ち上がって吹山さんを見た。吹山さんの不機嫌な視線と、赤間くんの視線がぱちりとぶつかる。赤間くんが一瞬固まったように見えた。慌てて赤間くんは髪に手をやり、洋服のすそを所在なげに整える。

 これはこれはもしかしたら──赤間くんも、吹山さんを少し苦手に思ったのかもしれない。

「青井さん、赤間くんの隣のデスク、空いてるでしょ。赤間くんが校内案内してる間に、片付けてくれるかな?」

「はい、わかりました。じゃ、じゃあこっちに…」

 赤間くんはたどたどしく話しかけながら、仏頂面の吹山さんを連れて部屋を出ていった。

「先生、じゃあ、私とちょっとコーヒーブレイク行きません?」

「えっ?」

「青井さん、あなたのせんせ、ちょっと借りてくね♡」

「…なんで私に言うんですか?」

「うふ、別に!」

 ウエーブした豊かな黒髪を揺らすと、そう言って黒石さんは青井さんにウインクした。

「あっ、そーだそーだ!」

 黒石さんはバッグから何かを取り出した。細身の口紅のようだ。僕のデスクの隣、窓に近寄るとリップを繰り出し、さっと下の窓枠に小さな魔法陣を描いた。

「あっ、ちょっと…」

 そのままポケットから何かを取り出し、魔法陣の真ん中に置き、手をかざす。

『みどりく、みどりご、やどりき、やどりぎ』

 小さく呪文を詠唱した。魔法にはいくつか起動のパターンがある。魔法陣で起動するもの、呪文で起動するもの、そのどちらをも必要とするもの、それから、そのどちらをも必要としないもの。

 そしてそのどれもに、本人の魔力を必要とする。

 黒石さんがくるりと魔法陣の上で手を回すと、魔法陣の中心に置いたそれから、小さな芽が出た。

「これ…種?」

「ご名答! うちの新しい販促品なんです。かわいいでしょ」

「いやかわいいでしょ、じゃないですよ。こんなとこに…えっ、これどうなるんですか? もう、困りますよ…これ消えるかな…」

 僕が魔法陣に手を触れようとすると、黒石さんが叫んだ。

「だー!!! 触っちゃだめ! 毒あるよ!」

「えっ、めちゃめちゃ迷惑」

「とにかく、花が咲くまで私だと思ってかわいがってくださいね♡ とくに世話はいらないんで!」

「えっ、いま毒あるって言いましたよね、かわいがりたくないですよね」

「とにかくとにかく、コーヒーブレイクっ!」

 そういうと、黒石さんは僕の白衣の背中に飛びつくように、僕を研究室から押し出した。

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