第1話 見学生、現る。

 僕は手でチャリチャリと将棋の駒をもてあそぶ。

「せんせ、考えてないで早く指してくださいよ。時間切りますよ。誰っすか、昼休みの暇つぶしにやろうって言いだしたの。もう昼休み終わりましたよ」

「思ったより赤間君が強いから悪いんでしょ…ちょっと待っていま考えてるんだから…」

「ええ!? 知らんっスよ! 「僕はまあまあ強いから、すぐ終わるよ」ってせんせーが言ったんスよ? 俺、小学校の時将棋部だったんス。いちおう詰将棋とか近所の教室とか入り口は一通りやったんで、俺も「まあまあ強い」っスよ。」

 そう言うと赤間君はにやりと笑った。ぐうの音も出ない僕は、だがしかしとりあえず、ぐう、と唸って返した。

「だからもう早くしてくださいって…せんせー、いま歩しか持ってないでしょ。もう考えても無駄ですって」

 僕は勝ち誇ったような赤間君の顔を見ないように、将棋盤に目を落とす。

「…しょうがないでしょ。今持ってる力で戦うしかないんだから」

 僕はそうつぶやいて、歩を将棋盤に置いた。強い駒はなくても、しょせん互いに素人将棋。考え方一つでジャイアントキリングが成ることだってある。

「あっ、せんせー、二歩っす」

 ジャイアントキリングは、ならなかった。


 僕がしょんぼりと片づけをしていると、研究室の扉がノックされた。

 ノックの主は、ノックをしながらもう入ってきていた。

「こ、紺谷さん」

「白川先生、13時に見学生さんを迎えにきてくださる約束でしたよね」

「えっ!? あっ、すみません!もうそんな時間でしたか!」

「お昼でしたか?」

「あっ、いえ、その…」

 学生と将棋を指していて時間を忘れたとは言えない。ましてや惨敗したなどと…。

「お越しにならないのでお連れしました」

 そう言うと、紺谷さんは廊下に顔を出した。

「どうぞ」

 そう言われて、彼女は僕の前に姿を現した。すらりと細い体に、地元の進学校の制服を着ている。

「これから3週間、予定のない日は午後から来てもらうようになっています。今日からよろしくお願いいたしますね。吹山さん、こちら、白川先生」

 その言葉に、彼女は顔を上げた。黒髪のショートボブに、日焼けのしていない白い肌。そこからこちらを見る意志の強そうな瞳は。

「…吹山橙子です」

 なぜかひどく、不機嫌そうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る