第2話 接触
魔術——それは、概念である魔力を使用して現在に影響を与えるもの。代償の大きい科学と比喩できるようだ。
例えば、画用紙を切断することを目的に考えてみよう。方法はいくらでもある。手を使って破く、ハサミを使って切断する、ナイフを使って裂く。この過程を経て、目的である画用紙の切断が達成される。
これを魔術を用いて行う場合、この過程がいくらか伸びてしまうらしい。それは詠唱や印や式や文字等々。
概念のカタチを自由自在に操作する技能を得ることができれば、魔術師にも不可能なことは一部を除けばないに等しい。
慣れないうちは非常に手間で面倒なのだが、それなりに知識を詰め込み応用できるようになればとても便利なものだそうだ。
こうした過程を必要とする魔術師に対し、魔法使いは結果だけを求める。一般人や魔術師から見ても、魔法使いはいわゆる超能力と見ても大差ないらしい。それほどにぶっ飛んでいる人種とは是非とも関わりたくないものだ。
そもそも、魔術師とは先祖代々から受け継がれた魔術因子の有無によって判断される。僕のように『突如として』魔眼が覚醒する人間には、なかなかに不明な点が多いらしい。先祖が魔術師であることを教えてもらわずに生きた結果、無意識に魔力を操作しているというのがよくあるらしいのだけれど。
「……僕の両親はどうなんだろうな」
考えたところで分かるはずもなかった。
魔術についてひたすらに困惑していた僕を哀れんだのか、或いはただの優しさか、七十代後半くらいのスキンヘッドおじいさんがご教授してくださった。
『難しく考えることはないのだ。例えば人殺しを目的に置いたとしよう。一般人ならば、既存の道具——または知識で対応するだろう。ナイフで頸を切れば死ぬ。素手で首を絞めれば死ぬ。これらを魔術師にさせるとなっても大差はない。魔力を切断の概念へと変貌させ、首を切る。魔力で布を具現化させ、それで首を絞める。結果、人が死ぬ。つまりは過程に魔力があるか否かの差異なのだよ。ま、一番手っ取り早いのは銃で頭をぶち抜くことだがね。ほっほっほ』
画用紙の話となんも変わってねえよ。そう言う勇気が僕にもあれば、もう少し理解できただろうに。
ところで、魔法使いはこの世界に十七人ほど居たらしいのだが、今となっては四人に減り……そのうち二人が行方を晦ませているらしい。
「……………………………………………………………………」
潜入一日目。
頭がパンク寸前だった。意味不明。意味不明というか意味不明。意味不明ってどういう意味だっけってなるレベルには意味不明。何が言いたいって、とにかく意味不明ってこと。
なぜ僕がこの教室で頭を抱えなければならなくなったのか、経緯を説明しよう。
四月二十日月曜日に、僕は
燈明学園……妻城市南部の山奥にある魔術師育成学校。魔術界の名家である
広大な敷地といい施設の充実さといい、高校というよりは大学に近いだろう。基本は高校と同じ学年分けをしているが、場合によっては幼い子も、あるいは年老いた人間も入学可能だとか。それもまた大学っぽさがあるし、金と才能があればどうにでもなるのはどこの世界でも共通しているらしい。
多少の規則はあるものの、私服オーケーなのはありがたかった。
一日目は学園をざっと案内してもらって終わり、それから敷地内の寮で夜を過ごし、そして二日目の今である。
本来ならばとうに終えている基礎中の基礎を授業の冒頭に教えてもらったのだが、まあ……意味不明だった。理解できても実感するのには時間がかかるかもしれない。
因みにクラスは実力順に分けられており、僕は何故か一番優秀なAクラスにぶち込まれた。……なに考えてんだ、授戒は。
とにかく、まずは馴染むことから始めなくては。いきなり最難関な気もするが、このクラスには桜内も居ることだし問題ないだろう。
僕は一番手前に座る桜内を見る。三十人ほどがバラバいる状況だが、桜内の両隣が埋まっていることだし、あいつはそれなりに上手く立ち回っているのかもしれない。
それから時計に視線を移して、ため息を吐く。
早く講義終わらないかな……。
×
昼食は食堂でとることにした。トレイにペペロンチーノを乗せ、人の少ない窓際の席に座る。
景色は花で装飾するなどの手入れがされているので退屈はしない。
……と、僕の正面に桜内が座った。トレイにはカツ丼と味噌汁に山盛りサラダ、加えてデザートが。金持ちかな? ……金持ちってなんだっけか。
「よっす。収穫はどーよ」
食いながら喋る桜内。まさに動物って感じだ。食うか喋るか、または僕の前から消え失せるかして欲しいものだが。
「収穫も何も……そもそもまだ馴染めてないからな。調査しようにも今の段階じゃあ不自然すぎる」
「ほーん。だっさ」
「…………」
こんな奴でも、クラスではみんなと仲良くできてるんだよな。スタートダッシュが少し早いからってのもあるんだろうけど……。
「……で、お前の方はどうだ?」
「まだ始めてない。明日から」
そっか、と言って無言で食事を進める。
意外なことに、僕よりも桜内の方が完食が早かった。
「学校にはなんて言ったの?」
僕はわずかに残っているペペロンチーノを見て答える。
「肺炎になったって」
「ふーん」
会話が止まったと思うと、桜内は爪楊枝を口にして窓の外を眺めていた。
勝手な奴だ。
残り一口を食べ終え、水を飲む。
「いい機会だから聞くけどさ」
「……?」
「あんたって友達居ないの?」
「……、……いや、超いるよ。ぶっちゃけ減らしてもいいなって思うくらいには」
さすがに盛りすぎただろうか。いや、別に盛らなくても嘘だってことはバレるだろう。実際、桜内が僕のことを哀れんでいるような視線を送ってきているし。
「あんたって友達居ないの?」
同じ口調で同じ質問を繰り返された。どんだけ性格悪いんだこいつ……。
ああ、そっか。思えば、僕の周りに現れる人間は全員どこか異常だった。良くも悪くも常軌を逸していた。ただ一人として普通の人が現れることなどなかった。
なら、この桜内もそういうタイプの人間か。
僕は探るような視線を送って、無感動に言った。
「——全員死んだよ」
「ふーん。……? ふ、ん…………? んん?」
さすがに動揺しまくっていた。僕が思っていたよりは人の心があるらしい。その事実に安堵し、ため息が漏れる。
「…………なんてね。友達はいる。片手で数えられるくらいには」
「なんだ……脅かさないでよ」
「悪い」
まったく悪いとは思っていないが、とりあえず謝っておいた。これくらいのスキルは僕にでもある。
「なんとかしてよ。友達作らないと調査が進まないしさあ」
「そんなことを言われてもな……」
沈んだ表情をしているであろう僕に対して、桜内は謎の微笑みを浮かべている。
「なんだよ」
「あんたさ、こうしてあたしとは普通に話せてるじゃん。別にコミュ障ってわけでもないんだから、友達なんて作ろうと思えば作れるでしょ?」
「どうだか……」
桜内なんて特にそうだが、僕が未来視を宿していなかったら確実に関わらないタイプの人間だし。
そもそも僕は他人のことが——
「他人が嫌い?」
「まさか」
そんなわけがなかった。
人間として生きているのに人間を嫌いになろうだなんて何様のつもりだ。それが許される人がいたとしても、少なくともそれは僕じゃない。
「ただまあ、苦手ではある」
答えると、ふーんと桜内はそっぽ向く。
自分でも驚くほどに珍しく素直に答えたってのにこの始末。だから嫌なんだよ、お前みたいな人間は。
「じゃ、またそのうちにコンタクトを取ろ」
トレイを持って片手をひらひらとさせ、桜内は去って行った。
もしかすると気遣いかもしれないが、その線は薄いだろう。ああいうのはただの気分屋だ。
「……まったく」
僕もそろそろ移動しようと席を立とうとすると、「ここ、空いてるかい?」と声をかけられた。
顔を上げると、そこには見知らぬ二人組がいた。一人は気の弱そうな平凡系(偏見でしかない)の男子。もう一人はショートヘアの気前の良さそうな女子。
なるほど、カップルか。他にもちらほらと席は空いているけれど、定位置がここなのだろう。転校生の僕は知らずにその正面に座ってしまったというわけだ。まあ、たしかに邪魔になるよな。どちらにせよ移動していたのだが。
「空いてるよ。どうぞ」
言ってトレイを持つと、女子の方があたふたとして、
「待って! そうじゃないの!」
と言った。そして、僕に笑顔を向けてこう言うのだった。
「よかったら一緒に食べない?」
「悪いな。いきなり声かけちゃって」
「…………………………………………」
特に断る理由もなかった僕は、二食目を取ることにした。
×
僕の小さい胃袋に入るかどうか分からない少量の炒飯を見つめていると、正面に座る彼が口を開いた。
「俺は
続いて彼の隣に座る彼女も自己紹介をする。
「
「……よろしく」
二人は僕と同じくAクラスらしい。どうやら転校生の僕をこの食堂で偶然見つけ、興味本位で声をかけたらしい。
理由はなんにせよ、これはチャンスに違いない。ここから友達作りを始めたら、そのうち調査ができるようになる。
『油断するなよ。お前が最初に話しかけた、もしくは話しかけられた奴が犯人に繋がるカギかもだからな』
光野さんはそう忠告していたか。
無限の可能性——……まったく、面倒なものだ。
「僕は藍歌姫乃。……まあ、ご存知だとは思うけど、ただの転校生」
「珍しいよね!」法号さんはどこか嬉しそうに反応した。「どうして今になってここに来たの?」
「とある事件の捜査に」
これはダメな回答だ。頭のおかしい奴だと思われるに違いない。
「ちょっと複雑な事情があってね。そこら辺は聞かないでくれるとありがたい」
僕は誤魔化すように炒飯を口に運んだ。
「ご、ごめんね! 私、つい踏み込みすぎちゃって!」
なんというか……、法号つるぎ……全ての感情をそのまま表情に出してしまうので分かりやすい。一周回って好ましく感じてしまうほどに。
「別に。慣れてるから」
フォローの為の嘘をつけるとは、案外僕は心優しいヤツなのかもしれない。
「だから、お前はそういうところが駄目なんだよ……」
明日川くんが諭すようにすると、法号さんは頬を膨らませて彼を睨んだ。
「むぅ……。そんな知ったようなこと言っちゃって」
「いや、そりゃあ知ってるし……。お前は昔から——」
このまま僕が去ってもバレないんじゃないか、と思うほどの言い合いが始まった。察するに二人は幼なじみ。おてんば娘の法号さんの監視役で明日川くんが隣にいる、と……。
なんだなんだ。良い感じの組み合わせじゃないか。……すごく居心地が悪いぞ、ここ。
「僕って邪魔じゃないかな」
ついそう口にしてしまった。
すると明日川くんが小首を傾げ、微かに怪訝そうな眼差しを僕に向ける。
「どうして?」
「二人は良い関係そうじゃないか」
「へ⁉︎」
と声を大にして反応したのは法号さん。頬を朱色に染めているが、対して明日川くんは法号さんを嘲るように笑うのだった。
「ないない。こいつとはただの腐れ縁だよ」
「あー……なるほど……」
つまりは法号さんの片思いなわけだ。それも報われないタイプの。
そのことに触れることはせず、適当な会話を楽しんだ。僕らしくなく、楽しんだ。
天真爛漫な彼女と博意弱行そうな彼と、凡人の僕が関わったことを後悔することはないだろうな、と思った。
たまには……こうして他人と食事をすることも、悪くない。
……これは誰の意思だろう——。
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