第6話 戯言
「はあん……じゃあ、一人は捕まえたんだな」
「はい。そういうことです」
光野さんは腕を組んで柩ちゃんを眺めていた。彼女は気にせず(というか見えていないのか、なんだか曖昧だ)カップに口をつけていた。
「柩よお……ひょっとしてお前、また色奈にちょっかい出したんじゃねえだろうなあ?」
「……………………」
「はいはい。話しかけて悪かったよ」
光野さんもお手上げといった感じだ。いかついお兄さんを困らせることができるなんて……見た目じゃ力関係は分からないもんだなあ。
人は見た目じゃ本質は見極められないってことか。『髪が染まっているから遊び人ってわけじゃない』と誰かが言っていたか。
思えばそれも頷ける話だ。黒髪が基本だからといって髪を染めた人を軽蔑の眼差しで見る人は少なくない。
『そういう人って多いよね! とにかく個人を嫌うこと! 自分が団体の中の一部であることを好み、その中の常識以外を極端に軽蔑するの!』
あいつがこう言っていたか。
僅かな回想の終了にタイミングよく東条さんが帰ってきた。僕の隣に座り、小さく息を吐いてから「いつものちょーだい」と可愛げに言った。
「彼に引き渡したよ。残りが捕まるのも時間の問題」
東条さんは光野さんから視線を僕に移した。
「君の安全は保証できるんじゃないかな。魔眼コレクターを捕らえた以上、もう厄介なことにはならない。君は未来を見る力が人一倍ってだけなんだし、よっぽどの変人集団に目をつけられなければ問題はないからね」
そのよっぽどの変人集団が捕まったというのならたしかに安心だ。
未来が見えると言うだけで僕の命を狙う輩はそう現れはしないだろう。
「しっかしあの時は驚いたなあ。まさか姫乃くんが命を捨てようとするなんて」
「言い方が悪すぎる。命の恩人が死ぬ未来が見えたら、どれだけのクズでも体は動くって」
人間関係はあくまで対等でないと気持ちが悪い。その意思を抜きにしたって、命の恩人が目の前で死んだら寝覚が悪くなるに違いないのだから……僕のやったことは正しいだろう。
「しっかしさすがは未来視だぜ」光野さんが言った。「お前さんは自身の未来ではなく、他人の未来を見たってのか? 無意識のうちに?」
「ええ、まあ……そういうことですね」
「そうかいそうかい」
愉快そうに微笑む光野さん。感情をそのまま表情にできることは便利だろうな。羨ましい限りだ。
「なあ、姫乃」
「…………なんでしょう」
「せっかくの魔眼だ。有効活用して金を稼ごうとはおもわねえか?」
柩ちゃんの言い方とは違うが、その意味は同じだ。だからとくに聞き返すようなことはせず、僕は黙っていた。
「ちょっと、光野さん」
「ちゃんと学生してるんだろ? なら色奈と同じで問題なし。あったとしても、俺がなんとかするさ」
「嘘くさ」
「なんでだよ」
二人のやりとりを片耳に僕は考え込む。
この選択は間違いだろうか。
こんな時、彼女ならなんと言う——? 僕は瞳を閉じて思考した。
“そんなことで迷うなんて、お前は本当に子供だな”
違いない。十六歳なんてただのガキだ。だから決断を迷うくらい許される。
“都合の良い時は子供扱いするなってほざくくせにな。はは。お前、本当に捻くれてるのな”
それはあなたがよく知っているでしょう。僕の自殺を止めたあなたが、いちばん。僕がこうなったのはあなたが原因でもあるんだ。だから、聞かせてください。僕は正しい選択をしようとしていますか?
“他人に流されるって考えりゃあ、お前らしくないと言える。だれかを救うのもお前らしくない。ただ、心の奥底でもう一人のお前が望んでいるのかもしれないな”
何を?
“さてね”
僕は東条さんと光野さんが言い合ってる間に入ろうと喉を鳴らした。すると二人はいがみ合うことを止め、僕に顔を合わせる。
「分かりました。バイトみたいなもんですよね?」
「いやいや、軽く決めすぎでしょ」
「お前さんは本当に読めねえなあ。まあ、助かるぜ。こっちもちょうど人手不足でよ。穴埋めが未来視所有者ってんなら稼ぎも増えるってもんだ」
真逆の反応をする二人。柩ちゃんは相変わらずの無表情で、その心理を読み取ることは不可能だった。
もしも本当に何かを望んでいるのだとしたら、それはきっと僕の意思ではない。
でも、それを拒否せずに受け入れたのだとしたら。
きっと僕にとっても意味がある。
どれだけの価値があるかは分からないけれど、後悔はしないだろう。
——虚勢だけれどね。
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