第3話
僕は中学生のころ、文学部に所属していた。
立派な文学少年で、小説を年に百冊以上読破しているほどだった。部員数は少なかったが、少ないからこそ親しく話せるし、自分たちの作品を忌憚なく批評し合えた。
僕たちは、主に小説を執筆していた。
それほど上手なわけではないが、楽しく読めるぐらいのものは書いていた。そのころにしか書けない、生活の中の懊悩、恋愛、希望、それらを皆が皆の視点で執筆するということは、今から考えても唯一無二のものだった。
しかし、学校内での文学部という響きは、暗鬱な人間の集まり、というものに直結しているらしく、新入部員もままならず、廃部寸前の状態であった。
実際はそんなことはまったくなく、とても明るい部活であったのに、だ。
このときから、なんとなく文学部というものに対して、僕は劣等感を抱くようになってしまっていた。
中学三年のころ、僕は先生の勧めで、ある新聞社が主催する文学賞に応募することになった。青少年の部という部門が設けられていたので、僕はそちらに属することになった。中学校の文学生活の集大成とばかりに、僕はその文学賞に作品を送ることを決意し、創作に励んだ。
その甲斐もあってか、優秀賞という二番目にいい賞を受賞することができた。
頑張ったという自負はあったから、やった、という驚きや喜びよりも、充実感や満足感のほうが大きかった。新聞にも載り、僕は一躍時の人となった。もちろん、主催者である新聞社の記事の隅に載ったぐらいのことだから、誰でも知っているわけではなかったが、時折親戚や友人から賞賛の言葉をもらったりして、僕はそのたびに謙遜して見せるのだった。
自然にほころんでしまう笑みを抑えるのに苦労したことは、いい思い出である。
「それで、篠崎、文学部への入部は考えてくれたかね?」
僕は、学年主任の前で苦笑いを浮かべていた。
「君は、中学校時代に文学賞を受賞しているし、文学部の顧問としては、よりよい部を築いていくためにも、とてもいいと思うんだが」
「は、はぁ…」
文学部の評判は、やはり高校に入学してからも、変わってはいなかった。
暗鬱のイメージは払拭できていない。
入学したての僕にとっては、それはお世辞にもいい先入観ではない。僕にとってもそうであるように、他人に対してもそうだ。自己紹介のときに文学部であることを公表してしまえば、僕のイメージに、暗鬱のレッテルが例外なく貼られてしまう。
高校に入学してもそれでは、とても耐えられない。
「何が君をそう渋らせるのかね?」
「その、勉強とか忙しいのもありますし、二足のわらじはなかなか…」
胸のうちでは、僕も文学部に入りたかった。
この高校は文学部にも伝統があり、数々の賞を受賞しているほど全国でも有名だった。
しかし、それゆえにイメージの伝播率も高く、僕にすれば、リスクが大きいというわけだ。それに加え、満足のできる文学生活を送れるという保証もない。
「それは言い訳ではないかな? いいかい、私の頃は、文学部といえば野球部と並んで部活動の花形だったんだ。それは、もてはやされたよ。もちろん、女生徒からもな。それが今は…」
話が長くなりそうな予感が漂い始める。
「あの、先生、時間がないので…」
「待ちたまえ、話はまだ…」
僕はそそくさと職員室を出てきてしまった。
学年主任は、話が長いので有名な先生だ。授業中にひとたび話が脱線すると、二十分は脱線したままだ。それだけなら救いようがあるが、脱線した時間を取り戻そうと、休み時間まで平気で使い始めてしまうから、生徒にしてみれば憤懣やるかたない。だから、学年主任の時間にはなるべく私語や、不用意な質問をしてはならない、というのが生徒たちの暗黙の了解となっている。
僕は廊下で嘆息した。
まだ日が沈む気配はなく、蝉の合唱もかげる様子がない。学年主任の前世はきっと蝉に違いないと、僕は中庭の巨木にとまった油蝉を恨めしそうに眺めた。
職員室前廊下の壁には、過去の栄光が所狭しと並べられている。
その中には、伝統ある文学部のものも多数展示されていた。ガラスケースに収まった賞状は、多少色褪せてしまっても、その栄光は少しも色褪せることはない。脈々と受け継がれる文学部の受賞の歴史の中には、学年主任の名前が書かれたものもあった。
学年主任の言う、もてはやされた、というのも、あながち嘘偽りではないようだ。
僕は、蝉の作り出す喧騒の中、飾られた賞状の上に、過去の思い出を見ていた。
中学時代、最後の年、文学賞の授賞式のこと。
そこで邂逅した、一人の少女のことを――
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