第4話 夜は死んでいる③(終)
夜更け、いや、もう朝が近い頃だ。
おれは目を覚ました。酒が入っていたせいかトイレが近かった。おれは扉を開けて、自分の部屋を出た。猫をたくさん飼っているせいか、それぞれの部屋を荒らされないように、(カギこそついてないものの)しっかり引き戸の扉が閉まるようになっている。いちおうおれの部屋には、てまどんとフラッシュが暮らしており、出てくると他の猫とケンカになるのでちゃんと扉を閉めるようにしている。
おれの部屋は二階にある。だから、二階の客間、というかリョウタが寝ているだろう部屋の引き戸が開いているのは分かった。
それでちょっと嫌な感じがした。
もちろん、猫が入り込んで荒らしているんじゃないかってことだ。
気になって扉にそっと顔を近づけたとき、猫が入っていないことは分かった。代わりに、もっとなにか別のことが起きていることに気づいた。
扉の隙間から見えるリョウタが、変な姿勢で寝ていた。それはいいんだが、それがピクリとも動かないのが妙だな、と思った。
母さんがそうだけど、死んだように寝ていても大体人間は上下左右に揺れている。ところがリョウタは片腕を持ち上げて、おでこに当てたまま、まったく揺れていない。
おれは気になったけども、一旦トイレに行くことを思い出した。引き戸を閉めて、一階に降り、トイレに入る。
スマホを取り出したとき、ふだんやっているソシャゲを立ち上げようとして、やめた。ふっと思い浮かんだのは、リョウタが昨日の夜に言っていた、健康診断の話だった。
(ええと、症状……症候群……なんだっけ………)
健康診断で見つかる病気で検索する。
何もピンとこない。
階段を二段のぼったところで、リョウタの顔が真っ白になっていることを思い出した。思い出したのは親父の死に顔だ。死ぬときは青白いというか、顔が真っ白になる。
おれは引き戸を開いて、リョウタの寝ている部屋に踏み込んだ。
足で持ち上がった腕を蹴った。反応がない。
「おい」
おれは足で揺すぶってみた。
足先でもわかるくらい、ひやりと冷たい。
すーっと息を飲み込んだ。
「寝てるのか?」
声をかけても、がくりと倒れた腕を下ろした体勢、リョウタは動かなかった。おれは頭に顔を近づけて、肩に手をかけた。揺れていない理由が分かった。
落ち着こう、落ち着こう、と考えた時だった。
家の外を、バイクがバアアーっと音を立てて通り過ぎていくのが聞こえた。その音に反応したわけではないだろうが、リョウタの顔が白からやや赤みを帯びていくのがわかった。こいつ、生きている。
うめき声も聞こえた。
おれが見守っていると、我に返ったように、リョウタがおれの足首に視線を向け、だんだんと持ち上げていく。
「……なにしてんだ?」
「こっちのセリフだ」
「ダスク?」
「ダルクだっけ。ダスクで良かったと思うけどな。睡眠時に無呼吸状態が続いたりして、急激に仮死状態とか仮死性の反応になるっていう病気なんだけど」
リビングに降りたところで、おれらはお茶を飲んでいた。温かい飲み物がないと言ったら、リョウタが「ガキかよ」と笑ってお茶を温めた。
「健康診断で見つかったって……それ?」
「ああ。急に眠くなるんだよな」
ちょっと思い出して、おれは聞いてみた。
「車が運転できなくなったってそれのことだったんか」
「ああ、そうそう。それよ。ってか、事故起こしちゃってさ。健康診断でも引っかかって、精密検査してみたらダスクだったわけ。……ま、うちじゃ亡くなった人もいるからな。眠ってるうちに、仮死状態のまま……って感じよ」
眠ってるうちに、と言われてもあまり納得いかない。リョウタは……息をしていなかったと思う。あんなのを寝るたびにやってたら、そりゃたしかに死ぬだろうけど、そもそも毎日生き帰る方がおかしい。
おれがなんとなく言葉を探してモヤモヤしていると、リョウタが話しかけてきた。
「おまえ、宅配ドライバーだろ? 発病したらいかんだろうし、近親者に出たって報告しとけよ」
「……あー、ダメダメ、うちの会社、そういうの隠すから。コロナのときだってクラスター出たのに、一人だけ勝手に陽性でしたってことにしたし」
「宅配なのに?」
「そう」
リョウタは引きつったように笑った。それで、まあ健康診断には気を付けるんだなと、数値についてまたごちゃごちゃ講釈を言い始めていた。自分の方が不健康だってのに。
じきに初日が昇り始めていた。こんなにめでたくない新年も初めてだった。
それで、新年は初詣にもどこへも行かず、三人で親父の墓参りにだけ行った。
リョウタが死んだって話はあれからまだ聞かない。ただ、なにしろほとんどの夜は死んでいるんだから、あまり変わりないのかもしれない。(終)
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