第3話 夜は死んでいる②
家に着くと、リョウタは率先してカギを開け、荷物を運んだ。
「ただいま~」
リョウタはにこやかにあいさつしたが、すぐさま扉を閉めて猫が外へ脱出するのを防いでくれた。
ところが猫の出迎えにも関わらず、リョウタは猫には邪険に振る舞った。どういう理屈かわからないが、リョウタはうちにいる猫がキライらしい。「数が多すぎる」とか「しつけが悪い」とか、そういう理由だったと思う。近寄ったらなでるし、猫と目があえばあいさつするのだが。
おれは外へ飛び出そうとしたユキを捕まえて持ち上げた。
「ほら、ユキだぞ」
「やめんか。毛がつくだろ」
おれがリョウタにユキを持ち上げておしつけると、心底いやそうな顔をした。
リョウタはリビングに向かうと、母さんに「ただいま」と声をかけた。
「おかえり。どうしたの?」
「年末は帰るって言ったじゃない」
「そうだっけ……」
「ちょっと上着脱いでくる」
そういって、リョウタは二階の客間(という名の物置部屋)に向かって階段をのぼっていった。年に数回、返ってくるリョウタのために、物置部屋にはベッドが置いてあるのだ。
ズボンを脱いで身軽になっていると、母さんが話しかけた。
「おかえり。そば、あるよ」
「ああ、そうなんだ」
「なにか買ってくるの? お酒とか」
「もう買ってあるからいいでしょ」
「リョウタの分のお酒はいいの?」
おれは渋い顔をした。どのみち酒を買い足しに行くのならおれが車を出さなくちゃいけない。リョウタは最近、なんとかいう病気で車を運転できないらしい。帰ってくるときに買い物があるか、確かめればよかったな。
「嫌ならいいけど……二人で決めれば」
そのとき、上からリョウタが「なんの話?」と降りてきた。
「おまえ、なんか買いたいものある? 酒とか」
「ああー、いいよ。一通り着替えも持ってきてるし」
「あ、そう」
「じゃあ、おそば作ってあるから、食べな」
母さんが言って、奥へ引っ込もうとした。
「母さんは? 食べたの?」
「わたしはもう食べた」
それでおれも着替えてから、食事をすることになった。
「俺、健康診断の結果が悪くてさ、酒飲んでらんないのよ」
わはは、とリョウタが笑った。
母さんは年越しそばとか、おせち料理とか、そういう季節ものにこだわるタイプの人間だった。自分で料理を細かく作るわけじゃなく、おせちだってセットものを買って、お重箱に詰め替えるだけ。それでもそういう季節ものが好きな人はいる。
おれは宅配サービスのドライバーをやっているから、そういうのが好きな人がいるってことはわかる。需要があれば供給をしなけりゃいけない。
もう紅白歌合戦を見ながらベッドで寝る気満々の母さんを俺たちは引っ張りだした。温め直したそばに、酒のつまみに準備した天ぷら(そばに載せる用だったかもしれない)。その他の食事の支度は、母さんから聞き出して、リョウタが整えていた。すでに明日のお節料理も詰め始めて、準備しつつある。
こういうところもリョウタの嫌なところだ。なんというか、母さんの前で得点を稼ごうとするところがある。
「明日はもちを汁に突っ込めば雑煮もできるよ」
「助かるわ」
「おう」
「二階の部屋は、寒くない? 一応、暖房入れ始めたんだけど」
「ああ、大丈夫。今住んでるところみたいにすきま風があるわけじゃないから」
「そんな寒いの?」
おれは二人の会話を目に、そばをすすりながら、ぬあん、と鳴いて近寄るマコを膝の上に載せた。ユキ、マコ、マイケル、フラッシュ、てまどん、サンナ、ミンミの7匹がいま家にいる。これでも最盛期に比べれば減った方だ。
おれはいつマコをリョウタの背中か膝に押し付けるか考えた。猫が引っ付いているままだとうまく酒が飲めない。
「おい、リョウタ……」
「なに?」
「ほら、マコ。マコだぞ」
「ああ……」
半笑いになってリョウタは手を振った。やはりいらないらしい。
おれたちに構わず、リョウタは母さんと話している。
「健康診断さ、数値が悪かっただけじゃなかったのよな。ちょっと症状みたいなのも出て」
「症状?」
「ダスクっていうやつ……大したやつじゃないんだけど、あー、大した症状じゃないんだけどな。ねむくなるっていうかさ。でも会社ではなくなった人もいるから、そりゃもう大騒ぎよ。女子社員なんか辞めちゃった人もいるし」
「そうなの?」
おれはあきらめて、マコを床に下ろした。
立ち上がって二人に告げる。
「風呂入ってくるわ。そんで、自分の部屋で飲んでる」
「ん? ああ、わかった」
リョウタは笑ってこたえる。
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