第2話 夜は死んでいる①

 年末年始に兄が帰ってきた。リョウタは東京に暮らしていて、たまに帰ってくる。今は車を運転できないらしく、俺に迎えを頼んでくる。

 駅のロータリーで待っていると、車の窓を叩いて声をかけてきた。

「よお、待ったか?」

「早くしろよ」

 扉をあけて、リョウタが荷物を抱えたまま座席に身体を滑り込ませる。俺はスマホでプレイしていたゲームを閉じて、代わりに音楽プレイヤー替わりにトランスミッターをぶっさした。車を発進させると、リョウタはあくびをしながら「母さんはもう帰ってる?」と聞いてきた。そんなの直接聞けばいいのに。

「もう帰ってきてるよ」

「姉ちゃんたちは」

「クリスマスに来たからしばらくは来ねえ。向こうの実家に行ってるよ」

「そうか」

 そっけなく返したが、家族なんてこんなものだ。

 迎えに来させているのにありがとうも言わない。リョウタは自分のことばかり中心に考えてる。親父が亡くなった時もそうだった。あの時は、俺だけ就職してなかったから、俺が家族全員に連絡したのだが、最後の最後までリョウタの返事が遅れた。姉の旦那さんよりもやってくるのが遅かった。東京からなんて、すぐそこだっていうのに。

 別に怒っているわけじゃない。呆れているというか、まあ、ちゃんとしてねえなあって思うだけだ。

 そのくせ兄貴風を吹かせようとしてくるから困る。

 家に帰る途中、どうしてこうなったのか、自転車の話になってひとしきり盛り上がった。俺が自転車に乗ってるやつらはマナーが悪いから免許制にしろって言うと、リョウタが突っかかってきた。

「そうじゃねえ、そうじゃねえって……だから、車はずっと道路のカクチョウをやってきたわけよ。何十年も」

「それ関係ある? 自転車で走ってるやつら、マナー悪すぎじゃん。歩道走ってるやつらもいるし、信号無視してるやつもいるし。自転車は歩行者の信号渡っちゃいけないんだよ」

「でもさ、そこの青いレーンとか(指差して)、車がふさいでるだろ」

「ああ……ああいうのは、走れなかったら一時停止すればいいんだよ。おれも自転車で走ってるときはそうしてたわ。だからさ、免許制にしろって思うんだけど。免許にして、ちゃんと交通ルール知らないと」

「そりゃそうだけど、道路の端っこに線を引っかかれても危ないんだよ」

「ルール知らないと意味ないだろ」

 このあたりで、リョウタが顔を赤くした。

「だからあ、車は免許取ったら免許を守れるだけの道路をカクチョウして作ってきたわけよ。何十年もな。いまも俺のところで、家壊して、道路の拡張工事で話になってるよ。でも自転車はそういうのねーだろ? 車道の横に青い線引いてるだけで。そうじゃなくて、ルールと一緒に自転車の道路も作んねーと」

「まあ……そうかもしれないけどさ」

 俺が折れると(というか、運転に集中したくて話を打ち切ると)ようやく満足したように、リョウタは腕を組んだ。

 俺が弟だからか、くだらない話で熱弁を振るってくる。言い負かしたいんだろう。こういうところは親父にそっくりだ。親父と違うところと言えば、親父はなにかあれば外の人にもバンバン言うところがあったが、リョウタは俺にだけ負けず嫌いなのだ。

 しかし、走っているとリョウタがぶつぶつとつぶやいた。

「まあ自転車もヘルメット被んないといけないんだけどな。それが面倒でおれは自転車乗ってられないのよな……」

「あ、そう」

 どうでもよくなり、ハンドルを切る。ごちゃごちゃと自問自答する前に、ちゃんとこっちの話を聞いてもらいたい。

 そうこう言っているうちに、リョウタが目をしばつかせた。どうやら眠いらしい。

 それでさっさと家に帰ってやった。

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