第11話 迫る窮地
突如奇襲を仕掛けてきた二人の同僚へ対抗すべく、エリアスは自身に振り下ろされている剣を押しのけて半歩下がり剣を抜いた。
「公式試合以外での騎士同士の決闘は禁止されている。まさか知らないわけではないですよね?」
「くそ……っ」
「早くやれ! 誰かに気付かれる前に!」
「あーあ! ほんっと、話聞いてくれない人達だな!」
剣をはじき返された騎士は短く言葉を吐き捨て、もう一人が追撃を指示しながらエリアスとの距離を詰めて剣を振り上げる。
相手に対話の意志がない以上、まずは相手の戦意を奪わなければならない。決闘に応じた言い訳を考えながらエリアスは重心を落として一歩、大きく前進した。
狭い路地裏は剣を奮うのに不釣り合い。互いにリスクを背負うことになる場所を選ぶのは適切な選択とは言えない。
味方が複数、相手が格上の場合は特にだ。
予想外だったのだろう。振り下ろされる剣に向かって真っ向から突っ込んでくるエリアスに対し、剣を振り下ろした騎士が一瞬怯む。
「騎士が剣振るうのに躊躇ってちゃ駄目だろ」
一方でエリアス自身は冷静に剣の軌道を読み取っていた。
襲い掛かる切っ先が自身の脳天へ触れる直前に体を大きくねじって身を翻し、剣先をすれすれで回避する。代わりに騎士の剣が捉えたのは回避の勢いを利用して大きく振り上げられたエリアスの剣。
その力に押し負けた騎士の剣は弾き上げられた拍子に手元から離れて後方へ飛んでいき、地面へと深く突き刺さる。
勿論武器を拾いに行く余裕を与えるつもりはない。無理矢理な体勢で回避行動を取ったのにも拘らず即座に体勢を立て直したエリアスは彼の足を引っかけ、剣を握っていない手で相手を押し倒しその場に転倒させる。
更に一息つく余裕すら与えずエリアスの左脇目掛けて銀の刃が突き立てられる。
エリアスはそれを視界の端に捉えたかと思えば相手の剣に働いた力を無理に堰き止めることなく自身の手首を返していとも容易く受け流した。
予想通りの手ごたえを得られなかった騎士は体勢を大きく崩し、咄嗟に動きを止めて転倒を回避する。しかしそれだけの隙があればエリアスが付け入るには十分だ。
彼は瞬時に相手の間合いへ入り込み、剣の鍔で顎を殴りつける。鈍く大きな振動に脳を揺さぶられた騎士は平衡感覚を失いその場で尻餅をつくことしかできない。
「両手挙げて。……そっちも」
地面に座り込んで目を回す騎士は敗北を悟ったのか、剣を手放して大人しくその言葉に従う。
一方で先に転倒していた騎士はエリアスの隙を窺って反撃の機会を窺っていたようで地面に這いつくばりながらも己の剣との距離を詰めていた。
「動いたら……殺しはしないけどどっかしら燃やすからな」
エリアスが炎の魔法を使えることは周知の事実である。だからこの言葉が決してはったりではないということは相手もよくわかっているはずだ。
案の定、身の危険を察したもう一人の騎士も悪足搔きをやめてその場で両手を挙げた。
「まー、聞きたいことは色々あるけどさぁ。まず、誰からの指示なわけ」
エリアスの問いに驚きを顕わにする二人の騎士。
その様子に深く息を吐きながら彼は続けた。
「あのさぁ、いくらオレが頭良くないからって流石にわかるからな。気に入らないからって理由だけでほいほい暗殺を企むような騎士がいてたまるかっての。……それも無関係ってわけではないかもだけど」
自分で言いながら虚しさを感じてしまう。
自身が嫌われ者であることを肯定しながら話をするのはなかなか精神に来る作業だ。
「オレ、ここに配属されてからまだ半年しか経ってねーし。その短期間で命狙われる程の何かをした覚えもねーよ。だからオレ個人の命が狙われてるってより条件満たしてりゃあ誰でもよかったんじゃねーかって思ったんだけど……」
難しいことを考えることは苦手だが、この場に味方が誰もいない以上ない頭を必死に働かせるしかないのが現状だ。剣を握っていない方の手で雑に頭を掻きながらエリアスは二人の騎士の様子を窺う。
口を閉ざしたままではあるが目が泳いでいる様(一名は脳震盪のせいかもしれないが)を見たところ、概ね予想は外れていないようだ。
「誰かに嗾けられたとかなら自白しとけば減刑されるかもー……だけど? 詳しい話知らないから絶対じゃねーけどさぁ、話しとく気ねーの?」
剣術ばかり極めて来たエリアスは生憎正しい尋問の方法などというものは知らない。
これでも話す様子が見られなければ班長に引き渡して処遇は丸投げしてしまおうと思考停止をした時。脳震盪で目を回していた騎士が重々しく口を開いた。
「……わかった、話す。話せばいいんだろう」
「お」
「おい……!」
「失敗したんだしどうせ罪には問われるんだ。なら少しでも素直に話しておいた方がいい」
意外な進展だ。
エリアス這いつくばっている騎士を制するように睨みつけてから話を切り出した方の騎士へ視線を移し、話の先を促す。
その視線に従うように彼は声を絞り出した。
「そうだ、確かに俺達は依頼されたし標的は騎士団の人間なら誰でもよかった。俺達に話を持ち掛けたのは――」
結論から言うと、エリアスは依頼主の正体を聞くことが出来なかった。
ぴしゃり。
エリアスは唐突に鮮血を浴びる。
「……は?」
何が起こったのか理解できずに暫し呆けるエリアスの目の前で騎士が地面に突っ伏して絶命する。その頭は鼻の頂点から上を横一直線に切り離され、べちゃりと不快感を伴う音と共に地面へ滑り落ちた。
一瞬の出来事に脳内処理が追い付かず思考停止を許してしまったエリアスはしかし、未だ且つて感じたことのない程の危機感から無理矢理意識を現実へ引き戻した。
「っ、は……!」
同時に酸素供給が再開し、状況を認識し始める。
(突っ立ってる場合じゃねーだろ……! 何秒経った? もう一人は……!)
滲む汗をよそにもう一人の安否を確認する。
這いつくばっていた騎士も遅れて状況を理解したのか、悲鳴を上げて体を起こす。
生存していることに安堵しながらエリアスは周囲へ視線を巡らせる。
(目の前に立っていたのにも拘らず動きが見えなかった。ってことは十中八九魔法……遠距離か、少なくとも中距離か。剣では分が悪い)
気配に気付くことが出来なかったということは自分より格上の存在である可能性がある。むやみに応戦すべきではない。
まずは撤退し、敵の出方を窺う。追撃がある様ならば合流し戦力を底上げした上で迎撃、追いかけてくる様子がないのならすぐに報告し指示を仰ぐ……。
それがこの短時間に出したエリアスの結論であった。
しかし事態は更に悪化する。
生存している騎士へ指示を出そうとしたエリアスは背後から忍び寄る尋常ではない重圧感に体を震わせる。
もう何年と感じたことのなかった、緊張ともまた違った感情をエリアスは思い出されることになる。
恐怖。
圧倒的な力を前にした時に感じる、何をしても意味がないのではと思えるほどの無力感。
口の中はからからに乾き、柄に添えられた手は小刻みに震え、それを自覚すると同時に再び思考が白く塗りつぶされそうになるがそれでも彼の体は背後に迫る危機に対して咄嗟に動いていた。
エリアスは剣を抜きながら振り返った。
自身の正面に来るように剣を構えると同時、突風が吹き、髪を後方へ巻き込んだかと思えば彼の両の頬に亀裂が入る。
否、それだけではない。
まるでエリアスを中心に世界を上下に断裂させたかのように道を形成している両脇の壁に亀裂が入り、周囲のものが全て上下真っ二つに切り裂かれる。
どうやらエリアスが振り返ったと同時に再度魔法が放たれたようであり、咄嗟に垂直に構えた剣が地面と平行に放たれたそれを切り裂いて事なきを得た様だ。背後にいた騎士も無事である。
しかしそれは単なる偶然に過ぎない。
彼は攻撃が見えていたわけでもなければ自分が狙われていることを理解していたわけでもない。
長年洗練された基本動作が自然と現れていただけ。相手は確実に自分より格上である。
「っ、逃げろ! 応援を呼べ!」
「ひっ……!」
自分を殺そうとしていた相手が信用できるかといえば答えは否だが、互いに背を向けて逃げれば今度は間違いなく首を刎ねられることだろう。全滅してしまえば騎士団へ危険な存在を知らせることもできなくなる。
果たしてどれだけ時間を稼げるかはわからないが、もう一人より腕が立つ以上この場に残るべきは自分であろう。エリアスの言葉に我に返ったらしい騎士はどうにか立ち上がったようだ。その場を離れていく気配を感じる。
「――わぁ、やり過ぎちゃったと思ったけどちゃんと生きてるねぇ。よかったよかった」
剣を構えた先、宵闇を纏いながら姿を現した青年はゆったりとした拍手を送る。
彼が地を踏むたびに揺れる一つに纏められた深緑の髪。闇の中でも鮮やかに輝く赤い瞳は心底愉快そうに細められ興味深げにエリアスを見た。
「うんうん、驕らず自分の立場を弁えて最善を尽くす。実に立派な心掛けだ」
いつどのタイミングで先程のような攻撃が放たれるかわからない以上、エリアスは自ら動くことが出来ない。
青年の出方を注意深く窺い、いつでも回避に徹することが出来るよう常に精神を研ぎ澄ませる。
エリアスの様子を意にも留めない青年は片手を持ち上げる。
「けれど……駄目だね。――君は駄目だ」
その姿勢を保ったまま青年はぱちんとフィンガースナップをきかせた。
それに反応してエリアスは身構えるが、数秒待っても何も起こる様子がない。
(――まさか……っ)
彼が異変に気が付くのと背後から悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。
振り返り状況を確認するよりも先にエリアスは地面を蹴る。
「たっ、助けてくれ……!」
逃亡を試みた騎士は逃走経路の途中に突き刺さっていた剣を引き抜いたらしく、それを両手に握っていた。
しかしその切っ先が向けられている箇所は異常だった。
彼は、彼自身の首筋にそれを添えながら半泣きになって命乞いをしている。
その状況から浮かぶ疑問は尽きない。けれどそれらの解答を探す余裕は勿論ない。
彼は刃を自身の首へゆっくり埋めていく。
そしてそれが皮膚だけではなく肉までも抉ろうとした時、エリアスは彼の元へ辿り着きその手を掴んで動きを止めた。
「くっ……」
しかし騎士の意図とは関係なしに自死を遂げようとする彼の両手はとても強く、エリアスの力と拮抗するに留まり、完全な阻止には至らない。
緩やかに肉の内側へ食い込んでいく刃。死に怯えて泣き喚く声。
「おおっ、すごいすごい。君、足速いねぇ」
――どうにか止めなければ。
そんな思考はすぐに絡めとられた。
穏やかでいて、ゾッとする程の冷たさを含む声がすぐ耳元で囁く。
真冬に冷水を浴びたかのようにエリアスの背筋は凍り付いた。
そこで漸く自身の失態に気付くがそれももう意味のないことだ。
自死を止める手はそのままに、視線だけを声のする方へ向ける。
青年は死亡した騎士の剣を握ったままエリアスの傍らに立っていた。
彼は貼り付けた醜悪な笑みを崩すことなくそれを持ち上げ、エリアスの背中へ深々と振り下ろした。
意識が酩酊する。
肩や背中が燃えるように痛む一方で急速に体温が冷え切っていく。
(……駄目だ、まだ死ねない)
国を出てまで騎士になり、爵位を手に入れたのにも拘らずろくに名を遺すことができない。それどころか、騎士として国に迫る危険を知らせるという責務を全うすることすらままならない。
結局のところ自分が騎士になったことに意味はあったのだろうか。彼の強い野心はそのまま心残りへと変貌した。
――死ねない。せめてこの努力の先に意味を見出すまでは。
そう強く思うのにも拘らず体の機能はその全てを停止してしまいたいと、そうすべきであると持ち主の意志に報いようとはしない。
やがて彼は眠れという体からの命令に逆らうことが出来ずに彼はその意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます