第10話 赤髪の騎士と対立

 弱冠十六で騎士爵という称号を手に入れたエリアス・リンドバーグの出自はイニティウム皇国ではない。

 彼は大陸の端の小さな村で生まれ育った。彼の村は決して裕福ではなかったが衣食住はきちんと備わっていたし村全体の団結力は強く、皆仲が良かった。


 そんな村で穏やかな生活を送っていた彼が剣を握ることを決意したのは、幼く未熟であった彼が村全体を巻き込んだとある失態を犯した時のことだった。

 彼は肩身の狭い思いから逃れるように村を出た彼は備え持っていた高い身体能力を活かして騎士となる選択をした。


 そこからの流れは怒涛であった。

 彼は村を出てすぐに母国の騎士団に転がり込んで剣術の教えを請うた。

 幸いにも彼の行動力や性格を買われ、面白いと指導者に名乗りを上げた騎士のおかげでエリアスの目標は潰えることなく着実に実力を伸ばし、終いには大陸全土の規模を誇る剣術大会で優勝することになる。


 そこで彼はイニティウム皇国の王室により設立された皇国騎士団へスカウトされ、平民以上の権力――騎士爵の受勲を条件に皇国騎士団への入団を果たした。

 資金も得られる程の十分な出世を果たした彼はしかしそれでは満足できなかった。


 幼い頃から彼の内に秘められた野望。それは一平民である自分の声に貴族達の耳を傾かせること――身分という柵と不自由から逃れることであった。


 騎士爵というのは貴族という扱いを受けることが出来るものの、階級自体は一番下に当たる。爵位こそ持てど彼の声に耳を傾ける貴族達は殆どいないし、上を見上げれば自分を見下す無数の目がある。それでは意味がないのだ。

 故にエリアスは更なる出世の機会を探りながら皇国の騎士として勤めを果たすことになる。


 エリアスが王室からレディング公爵家へ異動となったのは丁度半年ほど前のことだった。

 異動を進言された時、王族に仕えることが出世への一番の近道であると考えていたエリアスはやんわりと拒否しようとしたが相手が王族と公爵家となっては頷く外がないというものだ。


 そうして渋々異動を受け入れ、レディング公爵家へやってきたのだが――。




***




(……どーにも嫌われてるんだよなぁ)


 時は少し遡り、クリスティーナとリオが祭りへ出立した頃の事。

二人と別れたエリアスは建国祭の見回りの為に派遣されている騎士達と交代する為に騎士団の訓練用の広場へ集まっていた。


 他にも収拾された騎士が数十人おり、その先頭でレディング騎士団の団長が見回りの手順を指示している最中なのだが、明らかに敵意を持った視線がいくつか自分へ向けられていることにエリアスは居心地の悪さを感じていた。


 最年少であるのにも拘らず公爵騎士団内で元皇国騎士団員という屈指の経歴を持つことが災いしてか、入団当初から今日に至るまでエリアスに対して当たりの強い騎士や実際に嫌味を言われる機会というのは残念ながら少なくなかった。


 騎士団に所属しているとは言え皆が爵位をもらえるわけではないこともあって、騎士団の中でも爵位を持つ者達とそうでない者達の立場の差は目立ちやすい。


 若輩者で、尚且つレディング騎士団に在籍してから日も浅いエリアスに対し身分相応の対応を強いられることは、時に騎士としての誇りを持つ彼らの自尊心を傷つけることにも繋がる様である。

 故にエリアスは騎士団の中でも悪目立ちしやすい人間であった。


(はー……帰りてぇ)


 故郷にまでとは言わない。せめて皇宮という出世コースに帰らせて欲しい。

 団長の話に耳を傾けながらエリアスは青い空を仰いだのだった。




 建国祭中の見回りではレディング領を細かくエリア分けし、通常六人編成の班を更に二手に分けて騎士が巡回する。


 領地の広さに対して一か所に割り当てられる人数が少ないのは騎士団の人数に制限があるという問題の為でもあるし、そもそもこの見回りは大通りの交通整理や治安維持という目的で行われているものだという理由がある。

 魔物の襲撃などは想定されていないのだ。


 というのも、そもそも魔物は人が多く行き交う場所へ現れることはめったにない。

 少人数の集落などではたまに目撃されることもあるらしいが、少なくとも皇国のような栄えた国で魔物が人を襲う事例はここ数百年起こっていないはずである。


 日が沈もうとしている頃合い。

 魔物を殲滅したエリアスは班長からのげんこつを食らいながらも事情を説明し、現場へ班員達を誘導した。


「やっぱり妙ですよね」

「そうだな……。森とかならともかく、こんな道の真ん中でってのは」


 エリアスの言葉に同意をするのは長年公爵家の騎士を務める班の長。

 彼は獣の死骸を取り囲み難しい顔をする。彼にとっても街で魔物が暴れるというのはイレギュラーな事態であったようだ。


「しかし行動が早かったな。おかげで被害者はゼロか」

「いやあ、こういう時の勘は働くんですよね」


 賞賛を素直に受け取りながらも感じるのは自身へ向けられた嫌悪だ。

 班員のうち二人がエリアスを睨みつけるように見ていることに彼は気付いていた。

 しかし彼らがエリアスに対して良からぬ感情を抱いていそうなのは何も今日に始まったことではない。既に慣れた光景だ。


「どうしますか? 念の為周辺を確認しますか」

「そうだな。……しかし死骸をこのままにしておくわけにもいくまい。一度二手に分かれよう」


 騒ぎがなければ見回りの為とっくに二手に分かれている頃合いだ。特に異を唱える者もおらず、エリアスの所属する班は魔物の死骸の処理と伝達を行う者と周囲の安全の確保の為偵察へ回る者の二手に分かれることになった。

 しかしその人選を聞かされたエリアスは思わず顔を強張らせることとなる。




 魔物の襲撃によって一般人の気配が殆ど消えた大通りは、すっかり日が沈んだこともあって不気味さを増している。

 班員二人を先導するように歩くエリアスは背後から刺さる冷たい視線に内心泣きたい気持ちであった。


(き、気まずい……)


 偵察へ回されたのはエリアスと、よりによって彼をよく思っていないだろう二人の騎士だ。


 せめて気まずさを紛らわせようと会話を試みたのは数分前。しかし結果は会話不成立。返事一つすらして貰えなかったという玉砕っぷりだ。身分的には自分の方が上なので不敬に当たるのだが、エリアス自身爵位に興味はあってもそれを振りかざすこと自体は得意ではない。故に彼らと友好的に接することは早々に諦めて自身の役目に徹することにした。


 とっとと片を付けて他の班員と合流しようと決めたエリアスは自身の職務に粗が出ないように気を付けつつもなるべく速足で巡回を遂行する。


「……一応一通りは確認できましたかねー。静かだし、大体察してましたけど魔物の姿もなさそうだし」


 もう返事は期待しまいと心に決めつつ、独り言のように巡回の成果を確認する。

 そろそろ戻りましょうか、と二人へ振り返るエリアス。

 すると二人の騎士は互いに物言いたげに視線を交わせる。


「どうかしました?」

「いや……」


 言い淀む二人の様子に首を傾げる。

 未だ二人は互いの様子を窺っていたがやがてそのうちの一人が大通りを外れた路地裏の方向を指さした。


「あっちの方で何か見えたような気がして」

「あっち……?」


 示された方角を見やるが、エリアスは特に何も感じない。

 二人には多少悪いと思いつつもエリアスは自身の実力が彼らより勝っていると自負していた。その為何か異変があれば真っ先に気が付く自信もあった。


「オレは特に気になりませんでしたけど……」

「な、何もないことを確認する為の偵察でしょう? 確認してみて、何もないならそれでいいじゃないですか」

「……それはそうですけど」


 彼らの主張も筋は通っている。

 通ってはいるのだが……。


(――なんだ、この違和感は)


 ひしひしと感じる嫌な予感。ゆっくりと背筋が冷えていくような感覚。

 彼らの言葉の真意が他にあるような、そんな気がしてならない。

 しかしこの場でエリアスが取れる選択は実質一択である。


「……わかりました。念の為」


 彼らが不審なものを見たと主張する以上、エリアスはそれを無視することは出来ない。

 それを確認することが今の自分達の責務であるという彼らの主張は何も間違っていないからである。


 二人の騎士が自分の後に続く気配を確認しつつ、エリアスは路地裏へ入る。

 なるべく足音を立てぬよう気を配り、暫し入り組んだ細道を前進する。街灯のない夜の路地裏は通りから離れれば離れる程視界を暗闇で覆い隠そうとした。


 このままでは例え仮に何かがあったとしても見落としてしまいそうだと判断したエリアスは自身の炎魔法で一時的に灯りを作り出すことを提案しようと二人の騎士の方へ振り返る。


 ――刹那。

 全身の産毛が逆立つような感覚を以て本能が警鐘を鳴らすと同時。エリアスは剣を半身抜いて受け身の姿勢をとった。

 感じたのは明確な殺気だ。

 金属同士の衝突する甲高い音が沈黙を切り裂く。


「チッ……!」

「……っ、何のつもりですか」


 エリアスへ一撃食らわそうと剣を振り下ろしたのは後に続いていた騎士だ。

 傍に立っていたもう一人もまた、躊躇うことなく剣の刀身を晒す。

 味方であるはずの騎士二人は明らかな敵意をエリアスへ向けたのだった。

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