第6話 双子の姉

「こんにちは。……ごめんなさいね、不注意だったわ」

「いいえ。こちらこそ」


 アリシア・レディング。クリスティーナの双子の姉に当たる彼女に対し、クリスティーナは社交の場で他人と接する時と同じ様に一礼する。


 母親譲りの銀髪は同じものをもらい受けた身だが、彼女達は二卵性双生児故に見目が瓜二つということはない。

 アリシアの瞳が父親譲りの翡翠色であるのに対し、クリスティーナは母親譲りの空色の瞳を持っていた。また、クリスティーナが冷たい雰囲気を与えるような釣り上がった目つきに対し、アリシアの下がった目尻は穏やかで優しげな雰囲気を与える。


 兄と義弟の優秀さもさることながら、アリシアの魔法の才能に関する噂は群を抜いて有名だ。


 魔法には火、水、風、氷、雷、土の六つの属性が基盤となり、属性には適正というものが存在する。適性の有無により、個人の使用できる魔法の種類が決まると言っても過言ではない。そして個人の魔法適正は平均で一から二種、三つ以上所持していれば十分優秀な人材であると言えるのが世の常識である。


 それにもかかわらずアリシアの魔法適性は六……つまり全ての属性の魔法適性を得ているのだ。魔法に置いてどのような分野であっても伸ばすことが出来る彼女は間違いなく類稀なる才能を持った存在と言えるだろう。


 また、社交的で人当たりの良い性格である彼女は人から好かれやすい上に、イニティウム皇国の皇太子とは婚約関係にある。アリシア個人に注目をするのであればまさにどこをとっても文句の付けようがない完璧な人間と言えるだろう。


 そこで彼女の輝かしい経歴を汚すことのできる存在として選ばれるのがクリスティーナである。

 クリスティーナの魔力量は常人離れしているものの、魔法適性は氷の一種のみ。また、社交界ではブーイングの嵐を巻き起こす問題児。


 そこに付け入ってアリシアの、ひいてはレディング家全体の評判を落とそうと裏で暗躍する輩や逆にアリシア達へ媚びを売るべく比較対象としてクリスティーナを引き合いに出す者達は揃ってクリスティーナの悪名を広めた。それによってクリスティーナの立場は現在のような形で確立されてしまったのであった。


「それでは、失礼します」


 クリスティーナは世間話一つすることなくその場から立ち去ることを選択する。

 しかしそれをアリシアが引き留めた。


「そういえば、クリス」

「……はい、お姉様」

「最近、貴女がグレンヴィル伯爵令嬢を虐めたのではという噂が広まっているのだけれど」

「そのようですね」


 アリシアは持ち歩いていた扇子で口元を隠しながら眉を下げた。

 その表情は呆れているというよりも妹を心から心配しているのだと言いたげなものだ。


「勿論事実だなんて思ってはいないけれど、貴女は昔から誤解されやすいから……。何か事情があったとしても、きちんと分かり合えるように話し合わなければ貴女が損をしてしまうわ」

「……ご忠告ありがとうございます」


 クリスティーナは改めて一礼してから今度こそその場を速足で去った。

 その後に続くリオがアリシアの横を通り抜ける際、穏やかな口調で彼女が一言添える。


「妹がいつも迷惑を掛けているみたいでごめんなさいね」

「……いいえ」


 声を掛けられ、その足を止めたリオは薄く笑みを浮かべる。


「クリスティーナ様は、アリシア様が考えていらっしゃるよりも賢いお方ですよ」

「……そう。それを聞いて安心したわ」


 双方笑みを湛えているのにも拘らず、冷めたような感情の灯らない瞳で視線を交わす。

 リオはアリシアに一礼してからクリスティーナの後を追った。




 クリスティーナは幼少期から自身の感情を表に出すことが苦手な性格であった。

 それに加えて口数は多くなく、口を開けば必ず棘のある物言いをしてしまうことからよく誤解をされることが多く、本人もそれが性分だからと交友関係を広げることに対しては早々に諦めを付けていた。


 しかし棘のある物言いで他人から距離を取ってしまうという特性は本来、公爵令嬢であるクリスティーナの家名や人脈に目を付けた人々が下心を持って幼い彼女と距離を詰めようとしたことがきっかけで生まれた産物である。 結果として他者への警戒心が高まった彼女は円滑にコミュニケーションを図る能力と引き換えに他者の心情をその表情から読み取り、推し量ることが得意となったのだ。


 速足で廊下を進みながらクリスティーナはアリシアとのやり取りを思い返す。

 優しく助言を与える彼女の表情ははたから見れば不出来な妹を思いやる出来の良い姉に映ることだろう。


 しかしその翡翠の瞳が冷たく光っていたことをクリスティーナは見逃さなかった。無関心よりも嫌悪に近い感情を含んだ冷たい視線……。

 アリシアはクリスティーナと顔を合わせる時、決まって同じ目をしている。少なくとも良い感情を抱いていないだろうことが明白である故に自分に優しく接する彼女の態度の意図がわからず不信感が募ってしまう。


(やはり、苦手だわ……)


 クリスティーナは深く息を吐いた。

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