第79話 良い答え

 少しずつ、意識が覚醒してきた。

 ……上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。私の部屋、ではないようだ。ここは……

 

 ……そうだ……たしか女の子に渡されたペットボトルに睡眠薬が入っていて、それで……


「……!」


 急速に、私の意識が覚醒した。重いまぶたを無理やり押し開けて、目を覚ます。


「あ、笑美えみさん。おはようございます」目の前にいたのは……あの女の子だ。私に睡眠薬を飲ませた女の子が、笑顔で、「痛いところとか、ないですか?」

「ない……けど……」私は自分の手足を見て、「……なんで縛られてるのかな……?」


 そう。私はロープで手足を縛られていた。みなとさんに縛られて以来だな。となると、かなりの短期間で二度拘束されたことになる。って、そんなことはどうでもいい。なんで私は、この女の子に縛られている? そしてなぜ、この子は私の名前を知っている?


「だって笑美えみさん……縛らないと逃げちゃうじゃないですか」

「……逃げたらダメ?」

「ダメです」良い笑顔だな。「笑美えみさんには……しばらくここにいてもらいます」

「……ここって、どこ?」


 薄暗い場所だった。なにやら荷物にホコリがかぶっているところを見ると、物置だろうか。


「うちの家の物置です。最近は誰も使ってないので……誰にも見つからないと思います」

「ああ……そう……」監禁場所にはうってつけだな……って、違う。「つまり……あなたはこの場所に、私を監禁しようってこと?」

「そうですね」即答しないで。小学生の女の子がする表情じゃないのよ。「もうしばらくして私がお金を稼げるようになったら……もっと広い場所にいきましょうね」


 お金が稼げるようになったらって……何年監禁するつもりだ。まだキミは小学生だろう。


 ……なんだこれ……なんだこの状況……意味がわからん。


「……なんで? なんで私を監禁しようと思ったの?」

「ああ……そうですよね。笑美えみさんからすれば、わかりませんよね。だから、最初から説明してあげます」

「そうしてくれると、ありがたいな」

 

 意味もわからず監禁されるのは嫌だ。しようとしていた私が言うのもなんだが。


「監禁理由ですか……」女の子は棚の中から何かを取り出して、「いいですよ。私と笑美えみさんの運命の出会いを……教えてあげます」

「……そのナイフをしまってから語ってほしいな……」


 女の子が棚から取り出したのはナイフだ。百均とかで見るやつじゃない……なんとも切れ味が良さそうなナイフだった。


 女の子はニコッと笑って、ナイフを持ったまま続けた。


「あのとき……ランドセルを取り戻してもらって、私はとても嬉しかったんです。自分の危険を顧みずに私のランドセルを木の上から取ってくれた笑美えみさん……それだけで私が惚れる理由には十分だったんですけど……」

「……惚れる?」

「そうです」女の子が近づいてくる。小さい体なのに、威圧感がすごい。「私はあなたに惚れています。大好きです。何があっても私のものにしたい」

「……ちょっとキャラ被りが……」ヤンデレストーカーは私とゆきさんだけで十分だよ。「……それで……なに?」


 自分でも何を聞いたのかわからないが、とりあえず聞いてみた。すると女の子が続けてくれた。


「あのときの笑美えみさん……カッコよかったなぁ……」恍惚の表情をされても困る。「何度も木に登って落ちて……ボロボロになっていく年上のお姉さん……私の性癖を目覚めさせるには十分でした」


 あなたが気づかせてくれたんです、と女の子は興奮気味に近づいてくる。


「私は……年上のお姉さんが傷つくのが好きです。ボロボロになって歯を食いしばっているのが好きです。それを眺めていたい。だから……」

「……ああ……だからナイフを持ってるんだ……」

「そういうことです」女の子はナイフの先端を私の目の前に突きつける。「私の手であなたを傷つけて……ああ……! 想像するだけでよだれが止まりません!」

「お、おう……」


 ……おや……これは大ピンチなのでは? 目の前のナイフが数センチ進めば、私の顔は傷つけられる。そして、女の子の目的はそれだ。


 まったく……せっかく平穏な人生を歩もうとした途端にこれだよ……たしかにちょっとくらいスリルがあったほうが楽しいかもしれない、みたいなことは思ったけどさぁ……


「……」女の子は私を見下ろして、「冷静なんですね。もっと……泣きわめくと思っていました」

「泣きわめいたほうが、キミの好み?」

「どうでしょう……クールなあなたも、素敵です」

「ありがとう」たしかに自分でも驚くくらい、今の私は冷静だ。「まぁ……その……決意しちゃったからね」

「決意……?」

「うん。幸せになるって、決意したの。それに……私も似たようなことやろうとしたし……狙われても自分の力でなんとかするって言っちゃったし」


 仮に私自身がストーカーに遭っても、誰にも相談できない。だって私もストーカーなのだから。私だって異常者なのだから。


「ねぇ……」私は言う。なんだか楽しくなってきて、笑顔が溢れてしまった。「キミは日常と非日常、どっちが好き?」

「……あなたがいれば、どちらでも」

「良い答え」やはりこの子はヤンデレの素質がある。「私はね……非日常が好きみたい。今までいろいろと揉めてきて……それにようやく気がついた」


 前言撤回だ。平和な日常なんていらない。やはり私には非日常が似合っている。今まで平穏に生きようとしていたから困っていたのだ。


 非日常を生きて、それでいて幸せになる。死を隣り合わせに生き続ける。それが私の幸せ。トラブルメイカー青鬼あおき笑美えみの、本領発揮である。


「一応言っておくけれど……今の私は、ちょっとやそっとのことじゃ非日常を感じないよ」

 

 今の私は、いろいろありすぎた。冤罪事件も後輩の死も、ブラック企業も無能な自分も社長のセクハラも同僚の嫌がらせも……私は経験してきた。


 今の私に非日常を感じさせるには、ナイフくらいじゃ足りないよ。


 思えば私もたくましくなったものだなぁ……自分でも感慨深い。なにもないのに押しつぶされそうになっていたのが嘘みたいだ。

 今の私は……なにがあっても潰されない。絶対に幸せに生き延びると誓ったから。


「さぁ……キミは私にどんな非日常を与えてくれるの?」期待を込めて、笑顔を送ってあげる。「なんでもいいよ……なにをされても、私は絶対に生き残って……幸せになってみせるから」


 もう覚悟はできているし、謎の自信もある。私はこの窮地から絶対に生き残ってみせるという自信がある。


 さて……どうやって切り抜けようか。どうやって幸せになろうか。この私のことを好きになってくれた女の子と、どうやったら仲良くなれるだろうか。考えるだけで楽しくなってきた。


 きっとこの監禁騒動の主人公は私じゃない。おそらく目の前にいる女の子が主人公だ。もしも探偵物なら、ゆきさんやみなとさんが主人公かもしれない。


 これからはじまるのは、きっと語られることのない誰かの物語。私はヒロイン役かもしれない。


 この後、私がどうなったのかなんて、語るまでもない。幸せになると決まっている物語なんて、誰も語りたがらないのだ。


 ああ……


 生きててよかった。

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