第71話 罪

 もう、私の知りたいことはわかった。さくらさんの自殺理由。それはわかった。私を苦しめるために、間接的にさくらさんは狙われた。そしてその首謀者は、社長だった。


 私が社長の愛人になることを拒んだから……だから。それだけの理由。その行為が社長にどれくらいのダメージを与えたのかは不明だけど……社長にとっては耐え難い恥辱だったのかもしれない。


「さて……」私の話が終わったのを見て、ゆきさんが言う。「もうすぐ……ここに警察が来ます。今度は社長の息がかかった人間じゃないんで、もう逃げることはできませんよ」

「なにを言っている……私は――」

「仮にさくらさんへ嫌がらせの指示をしたことが証明されなくても……他の罪がボロボロ出てきますよ」

「……警察はな……」

「金で転びますか?」ゆきさんは鼻で笑って、「そんなに警察組織って、甘くないですよ。警察を金で買うには……ちょっと社長では財力不足です」


 それからゆきさんは、間髪入れずに続ける。


「それで……もしも社長が警察から逃げたとしても……私があなたを逃さない。私の唯一の友達を傷つけた罪は、重い」ゆきさんは不意に威圧感を解いて、「って……まぁ私が復讐とか……そんな言葉を口にする権利がないのはわかってるけど……とにかく社長がムカつくんで。逃さないことに変わりはないです」


 ゆきさんの復讐か……今回の社長を追い詰める騒動で……ゆきさんが手慣れているのは伝わってきた。つまり、ゆきさんは多くの人間を追い詰めてきた。そして、多くの人間を制裁してきたのだろう。

 そんなゆきさんが復讐というのは、似合わない。私のために怒ってくれるのは嬉しいけれど……たしかにゆきさんっぽくない。


 ……まだ私には、友達がいたんだな。すべてを失ったというのは、私の勘違いだった。なんでもっと早く、気が付かなかったのだろう。


「……」


 車の中は沈黙に包まれた。そしてしばらくして、パトカーのサイレンが聞こえ始める。社長はすべてを諦めたようにうなだれていた。


 私は……ただ窓から空を見上げていた。


 ……もう、私のやりたいことは終わってしまった。さくらさんの自殺の理由も聞いてしまった。これからの私に、生きる目標なんてあるのだろうか。


「じゃあ……あとはお願いします」私がボーッとしているうちに、ゆきさんが警察官と話し込んでいた。もう警察が到着していたらしい。「日本の警察は無能じゃないって、信じてますから」

 

 そんな忠告をして、ゆきさんは笑っていた。冗談に見せかけた脅し。

 

 ……警察……ちゃんと社長を裁いてくれよ。そうじゃないと、社長がもっと危ない状態になってしまう。たぶんゆきさんが刑を執行してしまう。そしてそれは、警察の執行する刑より重いだろう。


 社長を乗せて、パトカーが発進した。あまりにもあっけなく、あっさりとした最後だった。


 もう、社長と会うこともないだろう。お互いが、お互いに関わる理由がない。


 空港の駐車場。パトカーを見送ってから、そこにしばらく突っ立っていた。なにを話すでもなく、なにをするでもなく、どこに行くでもなく、ただただそこに立っていた。


 風が私の髪を揺らす。天気はようやく曇ってきて、今にも雨が降り出しそうな天気になっていた。風が冷たくて、やっと私の心情を表すような曇天になっていた。


 ……


 全部……全部終わってしまった。私の冤罪事件はゆきさんが解決してくれて、さくらさんの自殺理由もわかった。もう私の目的は、すべて達成された。


 もう、みなとさんを追いかけることも叶わないだろう。これ以上やれば、通報されることは確実。だからもう、みなとさんも諦めないといけない。


 ……これから私は、どうすればいいのだろう。どんな希望を持って、生きればいいのだろう。

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