第72話 悩まされてます、とか

 曇り空の下で、ゆきさんが言う。


「……終わったね」

「うん……」ちょっとだけ、晴れやかな気分だった。「……これから私、どうしよう……」

「それなんだけどさ……忠告と、提案がある」

「……忠告?」

「おうよ。消去法はオススメしないって話」……消去法? 「笑美えみは今回の一件で……大切な後輩と仕事場、それから未来への希望とか……いろんなものを失ったでしょ。それで、元々好きだった人……みなとさん、だっけ? そのみなとさんしか残ってないと思ってしまった」


 ああ……なるほど。消去法ってそういうことか。


 ゆきさんの顔は笑っているけど、本気で言っているのが伝わってくる。そのままの口調で、ゆきさんは言う。


「他になにもないからって理由で人を好きになるのは、オススメしない。他に何があっても、その人が好きだって思えないと……その行動は重いね」睡眠薬を飲ませて監禁しようとする行動。「まぁ……私も人のことは言えんが……とにかく、ストーカーの先輩としての忠告だよ。心に留めておいて」

「……ありがとう……」


 たしかに、消去法は良くないな。私はみなとさん以外のすべてを失ったから、みなとさんを手に入れようとした。そんなものは愛じゃない。


「それからさぁ……提案なんだけど」

「なに?」

「マジでさ……私と探偵やらない?」

「え……?」なんとも意外な提案だった。「……探偵……?」

「そうそう。私はね……暇つぶしと資金稼ぎを兼ねて、探偵でもやろっかなって思ってるんだ。笑美えみなら戦力になりそうだし、手伝ってくれない?」

「戦力って……」

みなとさんの生活圏内を予想してたんでしょ?」

「……してたけど……」

「その能力を貸してほしいの」

「そんなの……ゆきさんのほうが得意でしょ」

「それはそうだけど」そうなんかい。「まぁあれだ……ちょっとした助手とか……荷物運びとか……そんなんでもいいの。風音かざねの力はあんまり借りたくないから……手伝ってくれると嬉しいな」


 ……わかっている。ゆきさんの狙いなんてわかっている。


 私のために、誘ってくれているのだ。仕事をなくして、さくらさんも亡くした。そんな私に生きる希望を与えてくれているのだろう。本当はもっと優秀な人材を手に入れられるはずなのに……


 ……そういえば、私はまだ仕事をクビになったわけじゃないんだよな……まぁ、辞めるだろうから同じか。


「……ありがとう……考えとく」

「うん。じゃあ……決めたら連絡して。あ……客としての依頼でもいいよ? ストーカーに悩まされてます、とか」

「ストーカーで悩ませてます、でしょ」

「そうかもね」ゆきさんは肩をすくめてから、「でもね笑美えみ……もしかしたら、笑美えみ自身が狙われる可能性だってあるんだよ?」

「……私……? そんなこと……」

「可能性は考慮しておけって話。なにかに夢中になってる女性は魅力的なもんだし……それに、世の中にはどんな性癖を持った人間がいるかわからないでしょ? 笑美えみのなにかにビビッときてる人が、どこかにいるかもよ。病的な愛は、病的な愛を引き寄せるの」

「そう……かな……」ゆきさんが言うならそうかもしれないが……「でもまぁ……もしそうなったとしても、自分でなんとかするよ。自業自得、だし」


 みなとさんのストーカーをしておいて、自分がされて困るのはおかしいだろう。監禁くらいされたって、受け入れないといけない。自分の力でなんとかしないといけない。


 そこまで病的に私のことを愛してくれる人なんて、いるとは思えないけど。


 ストーカー……ストーカーか。

 その言葉で、思い出した。


 みなとさんに……なんて謝ろう。

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