第69話 ダメですよ

 その後、私たちはゆきさんが手配した車に乗せてもらって、空港に向かう。


 私たちの住む地域は、空港がそこまで近くにある場所ではない。だから、結構な移動時間がかかってしまう。


 その時間が、私を冷静にさせる。これから私が知るであろう真相について考えたり、これまでの私の人生を考えたり、これからの私の人生について考えた。


 そんな思考に意味はない。どうせ未来なんてどうなるかわからない。今回の一件で、それがよくわかった。未来のことを悲観している暇があるなら、今のことを考えるべきなのだ。それ以外にできることはない。そうしないと、辛くて仕方がない。


 日差しが強い日だった。曇っていて雨でも降ってくれたら、今の私の心とピッタリ合うのに。


 私は主人公なんかじゃない。私の心情に合わせて天気が動いたりしない。きっとこの青空は、どこか他の場所にいる主人公のためのものなのだ。その主人公は今、晴れやかな気持ちで、ハッピーエンドを迎えているのだろう。


 私は主人公じゃない。それでいい。主人公じゃなくても、さくらさんの死の真相を知ることはできる。今の私には、それだけでいい。


 しばらく車に揺られて、そして空港にたどり着いた。私は利用したことがない、立派な空港。


「社長……まだ車の中にいるってさ」

 

 ゆきさんが言う。


「車……? なんで? もう着いてるのに?」

「……運転手さんを口説いてるってさ。一緒に来ないかって。適当にはぐらかして時間を稼いでくれてるみたいだから、今から私たちも行こうか」

「……」


 社長……この状況でまだ女性を口説く余裕があるのか。なかなか大物だな。そこまでブレないと、もはや好感が持てる。完全に悪役として尊敬できる。同じ悪役として、尊敬しよう。


 ゆきさんに案内されて、駐車場を歩く。そしてとある高級な車の中に、


「いた……」


 私の会社の社長がいた。運転席には女性が1人……おそらくあの人が風音かざねグループの人なのだろう。なるほど、たしかに美人だ。ゆきさんとか赤星あかほしさんとは違うタイプの美人だ。曲者っぽい雰囲気が醸し出されていて、危険な魅力があるタイプの美女だ。


 その隣で、社長がニヤついていた。運転手の女性にボディタッチしようとしているが、巧みにかわされている、どうやら運転手の女性の方が一枚上手らしいな。


 その車の後部座席の扉を、ゆきさんが無造作に開けて、


「お疲れ様です。為人ひととなりさん」

「お……ゆきさん」為人ひととなり……というのが運転手さんの名前らしい。「もういいの?」

「はい。助かりました。今度報酬は渡すので……今日はもう大丈夫です」

「そっか」そこで為人ひととなりさんは運転席の扉を開けて立ち上がる。そして社長に向かって、「じゃあ社長。今度から、運転手を信用したらダメですよ」


 そんなことを言い残して、為人ひととなりさんは去っていった。どうやら本当に社長の足止めだけをしていてくれたらしい。ありがたいことだ。


「な……」社長はゆきさんと為人ひととなりさんのやりとりを呆然と眺めてから、「なんだお前ら……それに為人ひととなりは……」


 なかなかの混乱っぷりだった。見ていて滑稽だ。鼻で笑いたくなってくる。どうせなら最後まで大物然とした態度でいてほしかった。


「最初から説明しましょう」ゆきさんは後部座席に乗り込みながら、「さっきの運転手さんは……私たちの味方です。つまり社長、騙されたんですよ」

「な……」社長は助手席の扉を開けようとするが、「……!」


 どうやら開かないらしい。為人ひととなりさんが扉にロックをかけていたのだろう。内側からも開かないとは……なんとも物騒な車だ。

 

「警察を買収して逃げようとしたんでしょうけど……その計画は失敗に終わりそうですね。警察より怖い組織を、敵に回しちゃったので」


 風音かざねグループを敵に回した。風音かざねグループと取引をして、悪事を働いた時点で社長は詰んでいた。本当に……風音かざねグループに逆らうのはやめよう。道で会ったら頭を下げよう。


「さて……」ゆきさんは私を見て、「笑美えみ

「……わかった……」私はゆっくりと、車の助手席に乗り込んだ。社長の隣に座って、小さく深呼吸。そして、「社長……1つ、どうしても聞きたいことがあったので、こうやって会いに来ました」

「あ……青鬼あおき……?」社長からすれば、私がここにいることすら驚きだろう。「なんだ……お前の窃盗は……」

「そんなことどうでもいいんです」私が冤罪を食らったとしても、それはもうどうでもいい。「私が聞きたいのは、さくらさんのことです」

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