第68話 師匠

「とにかく……さくらさんのことだよね」ゆきさんは不意に真剣な表情になって。「……そのことを調べ始めるとね……笑美えみにとって辛い情報がたくさん出てくると思う。このまま……なにも調べないで終わるというのも選択肢の一つだと思う。あるいは……私だけが調べるってこともできるから……」

「私も調べる」もう覚悟はできている。「どんな残酷な真実が明らかになっても……私は、私自身の手で真相を知りたい。どうしてさくらさんが自殺してしまったのか……その理由が知りたい」

「……」ゆきさんは私の言葉をしっかり咀嚼して、「わかったよ。じゃあ……私の推測は心の中にしまっておく」「推測……?」

「なんとなく……理由は推測できてるよ。でも……それは笑美えみ自身の手で知るべきだと思う」


 ……私の手で知るべき真実……ゆきさんの推測。


 それを、今この場で聞くことは簡単だ。だけど……それでは意味がないのだと思う。私の冤罪事件くらいならゆきさんに解決してもらって問題ないけど、さくらさんは違う。

 

 私自身の手で、行き着くべきなのだ。


 そして……


「本当はね……私も、なんとなく想像できてる。ゆきさんと同じことを想像してるかは、わからないけど……」

「ヘぇ……私の推測によると、結構……残酷だよ? それも、笑美えみにとって残酷な話になる」

「……じゃあ、当たってるかな」


 私だって、本当だと思いたくない。もっと別の理由があってほしいと思う。だから、今まで気が付かないフリをしていた。だけど冷静になって……この結論が正しいと思えるようになった。


 ゆきさんは言う。


「それを確かめるには……どうしたらいい?」

「……直接聞くしかないよ。社長に」

「そうだね……」それからゆきさんはノートパソコンの画面を眺めて、「今、連絡が来た。社長……逃げる気みたいだよ」

「……逃げる?」

「うん。空港に向かってるってさ。国外逃亡する気みたいだね」ゆきさんはパソコンを操作する。連絡に返信しているのかもしれない。「社長……どうして自分の罪が暴かれて、あんなに余裕なんだろうと思ってたけど……なるほどね、警察に内通者がいたわけだ。金で人間を買ったのかな? それで今回も……空港まで逃してもらった」


 ……社長は私に冤罪をふっかけたことと、脱税やらその他のことで警察に追われているはずだ。なんなら、もう捕まっていてもおかしくない。その状況で空港まで逃げるとなると、警察関係者が協力していると考えるのが自然だ。


 だから、社長には余裕があった。警察に捕まっても国外逃亡できる自信があるから、余裕だった。


 しかし……


「その……社長が空港に向かったっていうのは……どこから仕入れた情報なの? ずっと見張ってたの?」

「見張りもいたけど……警察内部にはいられるとさすがに監視できないからね。だから、今回は見張りじゃない」

「……じゃあ、なんで……」

「簡単だよ。社長が空港に向かうために呼んだ車……その運転手が風音かざねの……私たち側の人間なの」

「えぇ……」そんなアホな……「……」

「なにその顔。社長が空港まで逃げるとなったら、車を使うでしょ。そして追われている状況で公共交通機関は使いづらい。電車だってタクシーだって怖い。だったら、誰か信用できる人を呼んで送ってもらうしかないよ。まぁ……その信用できる人が裏切り者だったわけだけど」


 怖い。この人怖い。風音かざねグループ怖い。社長が不憫に思えてくる。


 ……そういえばいつだったか……社長が新しい運転手を雇ったって聞いたな。その人が、どうやらゆきさんサイドの人間だったらしい。

 その頃から社長は風音かざねグループに狙われていたのか……まぁ脱税とかブラック企業とか……そういうことを考えると狙われるのも当然か。


 ……追い詰められた社長が国外逃亡する。信用できる人を呼んで車で逃げる……そこまで読み切った上で、先んじて内通者となる運転手を送り込んでおく。


 ……怖すぎる。絶対にゆきさんおよび風音かざねグループは敵に回さないようにしよう。魚の餌にされてしまう。


「さて、追いかけようか」ゆきさんはノートパソコンを閉じて、「今なら間に合うよ。なんか偶然にも車の調子が悪くて、空港に到着するまで時間かかるってさ」

「……」なにが偶然だ。白々しい。「……私たちも車で?」

「うん。すでに呼んである。こっちの運転手は裏切り者じゃないから、安心してね」別に運転手に恐怖は感じてないよ。ゆきさんに感じてるんだよ。この人怖すぎるよ。「どうしたの? いかないの?」


 ゆきさんはさっさと飲食代を支払って、扉の前まで移動していた。なんとも行動力がある人だった。


 私の隣で、みなとさんが、


「……あの人……何者なんですか?」

「……私の、ストーカーの師匠」

「……」私の言葉を聞いて、みなとさんは頭を軽く振って、「なんだか……とんでもない人たちと関わり合いになってしまったようだ……」


 ご愁傷さまである。本当に気の毒だ。だからといってみなとさんを諦める気は、まったくないけれど。


 今になって考えれば……なかなかみなとさんも不幸な人だ。いつものように仕事をしていたら、気がついたら私に狙われ……そして気がつけばゆきさんという危険人物とも関わりを持ってしまった。


 ……これに関しては、完全に私のせいだな。弁明の余地はまったくない。完全に私が悪い。とはいえみなとさんを諦めることはできないので……


 ……さくらさんの死の真相を知ったあと……私はどうしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る